「もうグチャグチャ…このままでは事故は多発するし、富士山もボロボロになる!」富士登山ガイドが警鐘

富士山が山開きしてひと月半ほど。山開きのときは、老若男女、嬉々として登るようすが報道されたが、今はどうか?
「富士登山は、もうグチャグチャです。このままでは、いつ大きな事故が起きても不思議じゃない」
こう怒りを爆発させるのは、富士登山をガイドして30年のA氏。コロナが収束して、3年ぶりに登れるとあってか、今年は登山人口が爆発。8月上旬時点で10万人に迫る勢いだ。
平日でも山小屋が満員状態だとか。山小屋に泊まらず、夜を徹して歩いて降りる0泊2日の“弾丸登山”が問題になっているが、それには「山小屋に泊まれない」という事情もあるようだ。
「昔はこんなに多くの人は登らなかった。世界遺産に登録される前後から、目に見えて登山客が増えてきました」(A氏・以下同)
富士山が世界文化遺産に登録されたのは’13年。確かにそれまでは20万人前後だった登山客は、’10年ころから30万人を突破するようになったが、
「今年は史上最高の入山者数になるのではないでしょうか」
富士山人気にあやかって、ツアーもたくさん組まれるようになった。
「ツアーの中には問題があるものもあります。海外の登山ツアーではガイド1人が担当する人数が決められていることも多いが、日本ではそういうルールはありません。でも、ガイド1人が責任をもって担当できるのは8~10人。ところが“格安”を謳うツアーの中には40人を1人のガイドが担当するものもある。これでは何かあったとき適切に対応できるとは思えません」
あるツアーでは、山頂まで歩けなくなったツアー客を9合目から1人で返したこともあるという。
「山の事故の99%は下りで起こる。そんなことをするなんて信じられない」
と、A氏の怒りは止まらない。
富士山登山をする場合、大半が5合目から登る。7月、8月はマイカー規制が行われており、許可されたバスなどで行くことになるが、旅行業者として認可を受けていないものもあるという。安全に登ろうと思ってツアーに参加したのに、逆に危険になってしまうことがあるというのだ。
「旅行業者として認められているなら、必ず『観光庁長官登録旅行業第○○○○号』などと登録番号を記すはずです。この番号のないツアーやバスは利用しないこと、また、ツアー人数などを確認して申し込むことが大切です」
今の状態は登山客にとっても、山にとっても、いいことではないとガイドのA氏は言う。
「登頂でご来光を見るのを楽しみに登る人が多いようですが、おかげで山頂までの1劼禄詑攵態。まったく進まなくなってしまいます。そんなとき落石があったら、避けようがない。ご来光は山頂でなくても、どこから見てもきれい。山頂でご来光を見ることにこだわる必要はないと思います」
多くの人が訪れることで、登山道も荒れてきているとか。
「とくに最近は雨の降り方が激しい。ふつうなら、雨が降っても地面に浸透するのですが、最近は浸透する以上に雨が降るから、登山道が川のようになることがあります。石もたくさん転がって、本当に危ない」
だったら、整備すればいいと思うが、ひっきりなしに登山客がやってくるので、整備する時間がとれない。
「入山規制は必要でしょう。入山料をとって、とにかく登山道だけでもしっかり整備してほしい。海外では入山制限をしたり、入山料をとるのはふつうです。台湾では抽選で入山させている。いい山にするためには規制は必要です」
現在、「協力金」という形で1000円の寄付を頼んでいるが、強制ではない。花火観覧も有料となる今日このごろ、入山料をとってもいいのではないか。
「それが富士山は管理関係が入り組んでいて、とてもむずかしいんです」
世界遺産である富士山全体を管理しているのは環境省。8合目から上は頂上に社をもつ浅間神社の管轄、8合目までの登山道は、山梨側は山梨県の土木課、静岡側は静岡県の土木課の管理となり、5合目付近は山梨県富士吉田市と静岡県富士宮市の管轄になっているという。
「もう、どこに何を言ったらいいのかわからないくらい。せめて3000円くらい入山料をとれば、登山道も整備できるし、登山客も減ると思うんですけど」
世界遺産に登録されたことも、環境整備のネックになっているとか。
「とにかく、岩一つ動かしてはいけないと言う。今にも転がり落ちそうな大きな岩をロープで固定しているんです。そんなの、砕いてしまえばいいでしょう」
富士山を荒れた山にしているのは環境省なのか?
「山小屋の増築も許されていないんです。海外の山は数万円も入山料をとるところがあるけれど、山小屋はホテルみたいだし、食事も素晴らしい。富士山もそうすべきです」
槍ヶ岳や剣岳などという山はテクニックがないと登れないし、道に迷うことがある。そんな山と比べると、富士山登山は決してむずかしくない。そのために“登山”というより、“観光”になっているという。
「天候の条件がよければ簡単に登れますが、条件が悪ければ死亡事故も起こる。今は靴もリュックもレンタルでき、だれもが気軽にやってきますが、危険が伴うところだという認識はもってほしい」
富士山には、いつまでも日本が誇れる山でいてほしい。8月11日、山梨県は県側の登山道「吉田ルート」の5合目以上で落石や転倒の危険性が高まったと判断された場合、山梨県警と連携して規制を実施すると発表したが、具体的な方法は決まっていない。というか、落石や転倒事故はすでに起こっている。
国は観光立国を目指していて、観光客が増えるのを喜んでいるようだが、このままの状態が続けば、いつ事故が起こるわからない。知床の観光船の事故のようなことが起こる前に、きちんとしたルール作り、環境作りが必要なのではないだろうか。
取材・文:中川いづみ