「闇バイト」が狙う“金がありそうな家の名簿”はどうやって作られているのか【元暴力団の証言】

ことし1月、東京・狛江で発生した老女強盗殺害事件をきっかけに、フィリピンから指示を出し、「闇バイト」に強盗をさせる犯行グループの存在が浮かび上がった。さらに、その実行役の多くが「闇バイト」の若者と言われる特殊詐欺に関しては、1日あたり9900万円(2022年の統計より)もの被害があるという。日々の脅威を増す「闇バイト」絡みの犯罪だが、彼らはターゲットをどのように探すのか。犯罪社会学者でノンフィクション作家の廣末登氏が、当事者らへの取材をもとに綴った『闇バイト――凶悪化する若者のリアル』(祥伝社)から一部を抜粋して紹介する。
【写真13枚】「タワマン窃盗団」がバールを手にマンションに侵入する瞬間、実行役は「闇バイト」で集められた可能性詐欺や強盗等の実行に欠かせない「闇名簿」の売買実態 特殊詐欺やアポ電強盗、強盗をする上で、重要な役割を果たすツールが闇名簿です。この名簿は、さまざまな種類があり、ランク付けされています。以下、筆者が、闇名簿などの流通に詳しい元暴力団から取材した話を紹介します。「情報買います」SNSで個人情報は売買される(写真はイメージ)(首都圏を中心に全国各地で発生した広域連続強盗の)ターゲットは、名簿からチョイスしたと思います。ただ、現時点では、この名簿の質は分からないし、入手先も分からない。もしかしたら、ダークウェブ(後述)で購入したものかもしれない。 闇名簿はピンキリで、サラピン(一度も犯罪に使われていない)は値が張ります。詳細な名簿なら一件あたり一万円する場合もある。一方、使い古された名簿(出涸らし)は、一件三〇〇円、五〇〇円と安くなる。おそらく、首都圏を中心に全国各地で発生した広域連続強盗事件で使われた名簿は、金を持っている、入ったら金がありそうな家の名簿を使ったと思います。(裏社会の)名簿屋は、情報屋から情報を買います。情報屋はカタギから情報を買うんです。デイサービスや家政婦派遣の情報、学校職員の家族名簿、市会議員や町村会議員の名簿と、いろいろあります。ルフィ・渡邉も役所から入手か この元暴力団員の話を裏付けるような証言があります。広域連続強盗事件の首謀者とされる渡邉優樹容疑者とフィリピンの収容施設で生活していた人物によると、「(闇名簿は)『役所から情報を取るのが一番、大きい。税金いくら納めてるとか。(Q・市役所に協力者がいる)そう。この時代にフロッピーですよ』。役所から渡邉容疑者ら四人の元に、納税情報などを含んだ個人情報が流出していたという」ものです。 さらに、捜査関係者も「自治体からの漏えい、情報の販売は絶対ある。言い切れるレベルで自信ある。場所によっては、セキュリティーチェック体制も緩い。ザルなところなんてたくさんあるよ」とインタビューに答えています(「テレ朝ニュース」二〇二三年三月一四日)。 ツイッターでも「情報買います」というツイートがあります。#名簿、#情報などと引っかかるようにしています。 元暴力団員の証言に戻ります。 名簿屋は、情報屋から名簿を買うとき、安く叩いてナンボ。だから、マスコミさんは相場を知りたがりますが、それは企業秘密です。相場を作らせないためですね。カタギが個人情報をカネにしているのか 一方で、名簿屋や特殊詐欺の実行犯が、直接被害者に電話をかけて情報収集するケースもあります。(名簿の流出は)カタギ個人のケースもありますが、会社ぐるみの場合もあります。たとえば、正規の合法な名簿屋がある。これは、セールスマンのための名簿を扱う会社です。学習教材会社なら、ファミリー名簿を売るんです。しかし、こうしたカタギの名簿屋さんも、名簿のオイシサを知ったら、カネのために悪い方に流れていくケースもあります。 あるいは、ブランドや高級車の購入者名簿が欲しければ、従業員に接触して、カネをチラつかせてデータのコピー取らせるとか、さまざまな方法があります。 あと、カタギさんに「家にカネありそうなところを知らないか。そこに本当にカネがあれば、(儲けの)一〇%あげるから教えてくれ」って言うと、必死で調べてきますよ。こうした生の情報はありがたい。自分がタタキの実行犯(強盗犯)にならなかったとしても、情報自体が売れるんですから。 大体、名簿がカネになるようになったのは、特殊詐欺が始まってからじゃないですか。昔は、名簿なんか捨てていました。パソコンの中の名簿なんか普通に放置されていました。 しかし、これがカネになる現在ですと、わざわざ名簿を盗みに入る者も出てきた。名簿は、貴金属や現金と違って、セキュリティーの甘いところに保管していますから、盗みやすい。さらに、盗まれても、被害者は(個人情報取り扱いの杜撰さを)客に責められるから、被害届を出さないんじゃないですか。名簿から臓器まで取引される裏社会のメルカリ 二〇一三年、アメリカのFBIに潰された“シルクロード”というウェブ闇市がありました。いわゆるダークウェブの草分け的存在です。カネの出先が分からないビットコインは、こういうところで使われる。裏のメルカリみたいなものです。 当時のダークウェブは、英語版しかなかったのですが、現在では日本語版のサイトも存在します。シルクロードは薬物専門でしたが、昨今のダークウェブは、名簿、銃器、シャブ、殺人請負い、児童ポルノ、キャッシュカードから臓器まで、何でも売られています。もちろん、闇の名簿なども手に入ります。 もっとも、違法サイトですから、商品が届かなくても被害届は出されないので、詐欺も横行しています。日本は税関が厳しいので銃などは注文できないから、大麻の種子などが人気のようです。 だから、今回の事件で使用された名簿が、どこで入手されたかということは、首謀者らが当局によって尋問されないと分かりません。要は、名簿の入手先は複数存在するということです。 筆者が保護司会の役員を務める地域(福岡市中央区)でも、マンションの郵便受けが荒らされているという苦情が上がっていると聞きました。オートロックの高級マンションでも、郵便受けは無防備であることを忘れてはいけません。個人の住所や家族構成がカネになる時代です。郵便物といえども個人情報が記載されていますから、これまで以上に注意が必要です。 余談ですが、二〇二三年の統一地方選では、選挙事務所関係者が「地方議員の運動員がお願いしても有権者が個人情報を書いてくれないので、名簿がつくれない。ルフィ事件は余計なことをしてくれた」と、嘆いていました。筆者の議員秘書時代の経験に照らしても、選挙事務所には多くの人間が出入りしますから、有権者の個人情報は誰にでもアクセスできます。市民の心配は至極真っ当な反応といえます。 こうした事態に直面して、議員選立候補者はいささかやり難いかもしれませんが、市民の体感治安が悪化し、名簿をはじめとする個人情報の管理に神経質になることは、闇バイトの被害に遭わないための防衛策として、良い傾向であると考えます。半グレの犯罪は、カタギの協力者がいるケースが散見される 現時点で、広域連続強盗事件で使われた名簿の出所は分かりません。しかし、この元暴の人が示唆するように、入手経路は複数存在します。 闇名簿の問題は、彼が言及している通り、名簿をカタギの人が裏社会に流さないと出回らないのかもしれません。そうすると、小遣い稼ぎのために流した名簿データから、狛江事件のような悲劇が生まれてしまう可能性があります。 もう数点、筆者が講演などで注意を促していることがあります。ひとつは、夜の酒類を提供するお店で、持ち物の自慢や所持金自慢(札束をインスタに掲載するなどもってのほか)などをしないこと。インスタやフェイスブックに高級ブランド品などを所有している写真などを掲載しないことです。 これは、自ら強盗のターゲットとして名乗りを上げているようなものですから、タワーマンションなど、セキュリティーに自信がある住居に住んでいたとしても控えるべきだと思います。 たとえば、ABCテレビ「正義のミカタ」に筆者が出演した際、番組に出ていた有名な女性芸能人は、オートロック式のマンションに住んでいるとき、宅配便がきて、一階のロックは解除したものの、モニターに映る配送業者に不審な点があったため、自室のドアはチェーンを掛けて対応したそうです。 玄関のドアのロックを外した瞬間、ドアを強く引っ張られたそうですが、チェーンを掛けていたために、部屋に侵入されることはなかったと回想していました。セキュリティーも万全ではないという貴重な事例です。 もう一点は、ナメ役を家に入れないことです。ナメ役とは、江戸時代の押し込み強盗が使っていた用語です。これは、押し込み先の大店に、奉公人のような体で入り込ませて働かせ、カネの在りかや、内部の間取りなどを調べさせる者を指します。 昨今では、木造住宅ではありませんから、江戸時代の盗賊のように、押し込み強盗団が大店を襲うことはありませんが、このナメ役は、個人には有効なのです。男性であれば、パパ活の女性やデリヘルの風俗嬢などを自室に呼ぶ可能性があります。そこで、女性が得た情報を、「家にカネありそうなところを知らないか。そこに本当にカネがあれば、(儲けの)一〇%をやるから教えてくれないか」などという者に教えると、タタキのターゲットにされかねないのです。テレビのアンケートを騙り… この元暴の話の通り、名簿の種類は、豊富にあります。かつて特殊詐欺実行犯だったフナイム氏は、現代ビジネスの取材に対して次のように語っています。「訪問販売の購入者、貴金属などの高額商品の購入者、健康食品の購入者などさまざまな名簿が販売されています。名簿には、名前、住所、電話番号、生年月日、さらに家族構成まで書かれたものもあるんです。特に私たちのグループはリフォーム申込者の名簿をよく使っていました。いつ頃、どれくらいの金額をかけてどんな工事を行ない、現金払いなのか、ローンだったのか、そういった細かいことまで記載されているものもあったんです」「さらに、過去に電話でアンケートに答えたことがある人は特に注意を払ったほうがいい」と言います。「資産の状況を聞き出すのは簡単です。例えば『~~テレビです。池上彰さんの「~~」という番組ですが、ご覧になったことはありますか? アンケート調査に協力してもらえませんか』と電話で切り出して、『老後二〇〇〇万円問題が話題ですが、備えはできていますか?』『タンス貯金は三〇〇万円以上ありますか?』など次々にイエス、ノーで答えられる質問をしていきます。最後に、『当番組は夜~時に放送しています。お一人で観られますか、ご家族と一緒に観られますか』と聞くんです」(「現代ビジネス」二〇二三年二月二七日)。 どこまでも狡猾で油断のならない詐欺グループの探りに、我々はなお一層の注意を払う必要があります。 政府も、このような個人情報の不正提供を取り締まるべく、取り組みを強化しました。朝日新聞の報道によりますと、犯罪対策閣僚会議では、「特殊詐欺グループは、資産状況がわかるものなど各種の名簿をもとに被害者宅にだましの電話をかけることが多い。このため、名簿の流出を防ぐ対策を強化。名簿を扱う業者が利用者の本人確認を行っているかなどを調査し、個人情報保護法に基づいた適正な運用を推進する。グループに名簿を提供する悪質な『名簿屋』や個人情報を不正に入手、提供する者の取り締まりも進める」として、対策の強化を明言しています(「朝日新聞デジタル」二〇二三年三月一七日)。廣末登1970年、福岡市生まれ。社会学者、博士(学術)。専門は犯罪社会学。龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員、久留米大学非常勤講師(社会病理学)、法務省・保護司。2001年北九州市立大学法学部卒業、08年同大学大学院社会システム研究科地域社会研究科博士後期課程修了。国会議員政策担当秘書、熊本大学イノベーション推進機構助教、福岡県更生保護就労支援事業所長等を経て、現職。裏社会の実態を科学的調査法に基づいた取材を重ね、一次情報をもとに解説する。著書に『ヤクザになる理由』『だからヤクザを辞められない』(ともに新潮新書)、『ヤクザと介護』『テキヤの掟』(ともに角川新書)等がある。デイリー新潮編集部
特殊詐欺やアポ電強盗、強盗をする上で、重要な役割を果たすツールが闇名簿です。この名簿は、さまざまな種類があり、ランク付けされています。以下、筆者が、闇名簿などの流通に詳しい元暴力団から取材した話を紹介します。
(首都圏を中心に全国各地で発生した広域連続強盗の)ターゲットは、名簿からチョイスしたと思います。ただ、現時点では、この名簿の質は分からないし、入手先も分からない。もしかしたら、ダークウェブ(後述)で購入したものかもしれない。
闇名簿はピンキリで、サラピン(一度も犯罪に使われていない)は値が張ります。詳細な名簿なら一件あたり一万円する場合もある。一方、使い古された名簿(出涸らし)は、一件三〇〇円、五〇〇円と安くなる。おそらく、首都圏を中心に全国各地で発生した広域連続強盗事件で使われた名簿は、金を持っている、入ったら金がありそうな家の名簿を使ったと思います。
(裏社会の)名簿屋は、情報屋から情報を買います。情報屋はカタギから情報を買うんです。デイサービスや家政婦派遣の情報、学校職員の家族名簿、市会議員や町村会議員の名簿と、いろいろあります。
この元暴力団員の話を裏付けるような証言があります。広域連続強盗事件の首謀者とされる渡邉優樹容疑者とフィリピンの収容施設で生活していた人物によると、
「(闇名簿は)『役所から情報を取るのが一番、大きい。税金いくら納めてるとか。(Q・市役所に協力者がいる)そう。この時代にフロッピーですよ』。役所から渡邉容疑者ら四人の元に、納税情報などを含んだ個人情報が流出していたという」ものです。
さらに、捜査関係者も「自治体からの漏えい、情報の販売は絶対ある。言い切れるレベルで自信ある。場所によっては、セキュリティーチェック体制も緩い。ザルなところなんてたくさんあるよ」とインタビューに答えています(「テレ朝ニュース」二〇二三年三月一四日)。
ツイッターでも「情報買います」というツイートがあります。#名簿、#情報などと引っかかるようにしています。
元暴力団員の証言に戻ります。
名簿屋は、情報屋から名簿を買うとき、安く叩いてナンボ。だから、マスコミさんは相場を知りたがりますが、それは企業秘密です。相場を作らせないためですね。
一方で、名簿屋や特殊詐欺の実行犯が、直接被害者に電話をかけて情報収集するケースもあります。
(名簿の流出は)カタギ個人のケースもありますが、会社ぐるみの場合もあります。たとえば、正規の合法な名簿屋がある。これは、セールスマンのための名簿を扱う会社です。学習教材会社なら、ファミリー名簿を売るんです。しかし、こうしたカタギの名簿屋さんも、名簿のオイシサを知ったら、カネのために悪い方に流れていくケースもあります。
あるいは、ブランドや高級車の購入者名簿が欲しければ、従業員に接触して、カネをチラつかせてデータのコピー取らせるとか、さまざまな方法があります。
あと、カタギさんに「家にカネありそうなところを知らないか。そこに本当にカネがあれば、(儲けの)一〇%あげるから教えてくれ」って言うと、必死で調べてきますよ。こうした生の情報はありがたい。自分がタタキの実行犯(強盗犯)にならなかったとしても、情報自体が売れるんですから。
大体、名簿がカネになるようになったのは、特殊詐欺が始まってからじゃないですか。昔は、名簿なんか捨てていました。パソコンの中の名簿なんか普通に放置されていました。
しかし、これがカネになる現在ですと、わざわざ名簿を盗みに入る者も出てきた。名簿は、貴金属や現金と違って、セキュリティーの甘いところに保管していますから、盗みやすい。さらに、盗まれても、被害者は(個人情報取り扱いの杜撰さを)客に責められるから、被害届を出さないんじゃないですか。
二〇一三年、アメリカのFBIに潰された“シルクロード”というウェブ闇市がありました。いわゆるダークウェブの草分け的存在です。カネの出先が分からないビットコインは、こういうところで使われる。裏のメルカリみたいなものです。
当時のダークウェブは、英語版しかなかったのですが、現在では日本語版のサイトも存在します。シルクロードは薬物専門でしたが、昨今のダークウェブは、名簿、銃器、シャブ、殺人請負い、児童ポルノ、キャッシュカードから臓器まで、何でも売られています。もちろん、闇の名簿なども手に入ります。
もっとも、違法サイトですから、商品が届かなくても被害届は出されないので、詐欺も横行しています。日本は税関が厳しいので銃などは注文できないから、大麻の種子などが人気のようです。
だから、今回の事件で使用された名簿が、どこで入手されたかということは、首謀者らが当局によって尋問されないと分かりません。要は、名簿の入手先は複数存在するということです。
筆者が保護司会の役員を務める地域(福岡市中央区)でも、マンションの郵便受けが荒らされているという苦情が上がっていると聞きました。オートロックの高級マンションでも、郵便受けは無防備であることを忘れてはいけません。個人の住所や家族構成がカネになる時代です。郵便物といえども個人情報が記載されていますから、これまで以上に注意が必要です。
余談ですが、二〇二三年の統一地方選では、選挙事務所関係者が「地方議員の運動員がお願いしても有権者が個人情報を書いてくれないので、名簿がつくれない。ルフィ事件は余計なことをしてくれた」と、嘆いていました。筆者の議員秘書時代の経験に照らしても、選挙事務所には多くの人間が出入りしますから、有権者の個人情報は誰にでもアクセスできます。市民の心配は至極真っ当な反応といえます。
こうした事態に直面して、議員選立候補者はいささかやり難いかもしれませんが、市民の体感治安が悪化し、名簿をはじめとする個人情報の管理に神経質になることは、闇バイトの被害に遭わないための防衛策として、良い傾向であると考えます。
現時点で、広域連続強盗事件で使われた名簿の出所は分かりません。しかし、この元暴の人が示唆するように、入手経路は複数存在します。
闇名簿の問題は、彼が言及している通り、名簿をカタギの人が裏社会に流さないと出回らないのかもしれません。そうすると、小遣い稼ぎのために流した名簿データから、狛江事件のような悲劇が生まれてしまう可能性があります。
もう数点、筆者が講演などで注意を促していることがあります。ひとつは、夜の酒類を提供するお店で、持ち物の自慢や所持金自慢(札束をインスタに掲載するなどもってのほか)などをしないこと。インスタやフェイスブックに高級ブランド品などを所有している写真などを掲載しないことです。
これは、自ら強盗のターゲットとして名乗りを上げているようなものですから、タワーマンションなど、セキュリティーに自信がある住居に住んでいたとしても控えるべきだと思います。
たとえば、ABCテレビ「正義のミカタ」に筆者が出演した際、番組に出ていた有名な女性芸能人は、オートロック式のマンションに住んでいるとき、宅配便がきて、一階のロックは解除したものの、モニターに映る配送業者に不審な点があったため、自室のドアはチェーンを掛けて対応したそうです。
玄関のドアのロックを外した瞬間、ドアを強く引っ張られたそうですが、チェーンを掛けていたために、部屋に侵入されることはなかったと回想していました。セキュリティーも万全ではないという貴重な事例です。
もう一点は、ナメ役を家に入れないことです。ナメ役とは、江戸時代の押し込み強盗が使っていた用語です。これは、押し込み先の大店に、奉公人のような体で入り込ませて働かせ、カネの在りかや、内部の間取りなどを調べさせる者を指します。
昨今では、木造住宅ではありませんから、江戸時代の盗賊のように、押し込み強盗団が大店を襲うことはありませんが、このナメ役は、個人には有効なのです。男性であれば、パパ活の女性やデリヘルの風俗嬢などを自室に呼ぶ可能性があります。そこで、女性が得た情報を、「家にカネありそうなところを知らないか。そこに本当にカネがあれば、(儲けの)一〇%をやるから教えてくれないか」などという者に教えると、タタキのターゲットにされかねないのです。
この元暴の話の通り、名簿の種類は、豊富にあります。かつて特殊詐欺実行犯だったフナイム氏は、現代ビジネスの取材に対して次のように語っています。
「訪問販売の購入者、貴金属などの高額商品の購入者、健康食品の購入者などさまざまな名簿が販売されています。名簿には、名前、住所、電話番号、生年月日、さらに家族構成まで書かれたものもあるんです。特に私たちのグループはリフォーム申込者の名簿をよく使っていました。いつ頃、どれくらいの金額をかけてどんな工事を行ない、現金払いなのか、ローンだったのか、そういった細かいことまで記載されているものもあったんです」「さらに、過去に電話でアンケートに答えたことがある人は特に注意を払ったほうがいい」と言います。
「資産の状況を聞き出すのは簡単です。例えば『~~テレビです。池上彰さんの「~~」という番組ですが、ご覧になったことはありますか? アンケート調査に協力してもらえませんか』と電話で切り出して、『老後二〇〇〇万円問題が話題ですが、備えはできていますか?』『タンス貯金は三〇〇万円以上ありますか?』など次々にイエス、ノーで答えられる質問をしていきます。最後に、『当番組は夜~時に放送しています。お一人で観られますか、ご家族と一緒に観られますか』と聞くんです」(「現代ビジネス」二〇二三年二月二七日)。
どこまでも狡猾で油断のならない詐欺グループの探りに、我々はなお一層の注意を払う必要があります。
政府も、このような個人情報の不正提供を取り締まるべく、取り組みを強化しました。朝日新聞の報道によりますと、犯罪対策閣僚会議では、「特殊詐欺グループは、資産状況がわかるものなど各種の名簿をもとに被害者宅にだましの電話をかけることが多い。このため、名簿の流出を防ぐ対策を強化。名簿を扱う業者が利用者の本人確認を行っているかなどを調査し、個人情報保護法に基づいた適正な運用を推進する。グループに名簿を提供する悪質な『名簿屋』や個人情報を不正に入手、提供する者の取り締まりも進める」として、対策の強化を明言しています(「朝日新聞デジタル」二〇二三年三月一七日)。
廣末登1970年、福岡市生まれ。社会学者、博士(学術)。専門は犯罪社会学。龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員、久留米大学非常勤講師(社会病理学)、法務省・保護司。2001年北九州市立大学法学部卒業、08年同大学大学院社会システム研究科地域社会研究科博士後期課程修了。国会議員政策担当秘書、熊本大学イノベーション推進機構助教、福岡県更生保護就労支援事業所長等を経て、現職。裏社会の実態を科学的調査法に基づいた取材を重ね、一次情報をもとに解説する。著書に『ヤクザになる理由』『だからヤクザを辞められない』(ともに新潮新書)、『ヤクザと介護』『テキヤの掟』(ともに角川新書)等がある。
デイリー新潮編集部