女子校トップ「桜蔭学園」を脅かす20階建てのマンション 権利?ハラスメント?騒動が浮き彫りにする日本の後進性

東京都文京区にある桜蔭中学校・高等学校(桜蔭学園)。中高一貫女子高の最難関で、毎年、東大や国立大学医学部に多くの合格者を送り出す。今年は卒業生223人で東大合格者数は52人(全国10位)。およそ4人に1人が合格しているが、これでも例年にくらべると少ない。また、最難関の理科3類の合格者は7人で、こちらは全国3位である。
【写真を見る】〈女子校でもあり、のぞき見、盗撮などの懸念、プライバシーの侵害も甚だ不安〉…桜蔭学園の悲痛な訴え
むろん、こうした実績は、生徒たちが学ぶ環境にも左右されるはずだが、いまその環境が脅かされ、桜蔭学園が危機を募らせている。隣接して建つ8階建てのマンション「宝生ハイツ」が、老朽化と耐震性の不足を理由に20階建てに建て替えられようとしているのである。1979年に完成したこのマンションは、能の名門「宝生会」が所有し、この宝生会と区分所有者、すなわち個々の部屋のオーナーからなる宝生ハイツ管理組合が、建て替え計画を進めている。
この地域は東京都文教地区建築条例による「第1種文教地区」なので、建物は高さ46メートル、容積率は400%に制限されている。だが、建築基準法の「総合設計制度」を利用すると、例外的に規制が緩和される。一般の人が自由に通行できる「公開空地」をもうければ高さは76メートル、容積率は600%にまで拡大できる。
そこで「宝生ハイツ」は、この総合設計制度を利用することで、地上20階建て、高さ68.98メートル(最高所は76.23メートル)の建物を新築しようとしている。
慌てた桜蔭学園は、まず2022年6月、宝生ハイツ側との紛争調停を東京都に申請したのだが、なんと都は、調停が終わる前に、宝生ハイツ側が提出していた総合設計許可申請を受理してしまったのである。これを受けて昨年8月15日、桜蔭学園は東京都に対し、総合設計制度の適用を許可しないように求める「差し止め請求訴訟」を起こすにいたった。
桜蔭学園側の主張の中心は、新築されるマンションに校舎が遮られ、教室にまったく陽が入らなくなってしまう、さらに高所からの盗撮の恐れがある、というものだ。しかし、提訴から1年、状況はまったく進展していない。8月末にもテレビ朝日系の「羽鳥慎一モーニングショー」で、両者が対立したまま膠着化している状況が大きく取り上げられた。
宝生ハイツが現況の2.5倍もの高さに建て替えられることに対しては、計画が明らかになった当初から疑問の声が上がっていた。約70メートルの建物が建つのは、桜蔭学園との境界の擁壁からわずか4メートルの位置で、周囲の住民からも、なぜこの場所にこんなに高い建物を建てる必要があるのか、という声が聞こえていた。
総合設計制度で求められている公開空地についても、疑問が呈されていた。たとえば、江戸時代に由来し、桜蔭学園の生徒たちが「心臓破りの坂」と呼ぶ忠弥坂に大量の土を盛って歩道を拡幅するという計画だが、伝統的な環境が恣意的に改変されるうえ、安全性が確認できない、という疑問が出されていた。
いずれにせよ、環境が良好だった文教地区に、突如として70メートルの高層マンションが建てば、周囲の住環境は大きな影響を受ける。桜蔭学園にかぎらず、心配が募るのは当然だろう。では、宝生ハイツ側の大義名分はどこにあるのか。
現在、宝生ハイツの総戸数は69戸だが、現在の新築計画ではこれが3倍近い197戸に増えることになっている。なぜかといえば、建て替えには多額の費用を要するが、戸数を増やして増えた分を売却すれば、現在の区分所有者が新たな負担をせずに建て替えられるからである。
分譲マンションの建て替えには、所有者の5分の4以上の賛成が必要だと、区分所有法で定められている。しかし、建て替えに際して、新たな出費が必要となれば、二の足を踏む人が増え、5分の4以上の賛成を得るのは簡単ではない。そこで、建物を高層化することで生み出される床、すなわち「保留床」を売却し、得られた利益を建設費に充てようとするのだ。そうすれば、地権者も区分所有者も、高層化されたマンション内の「権利床」に、ほとんど費用を負担せずに入居できる。この人口減少時代に、建て替えられるマンションが必ず大きくなるのは、このスキームに原因がある。
むろん、メリットがあるのは、地権者や区分所有者だけではない。新築マンションを建てて売るディベロッパーにとってもメリットは大きい。
しかも、彼らが所有する土地から(たとえ周囲の住環境に犠牲を強いてでも)最大限の利益を得るために、建築基準法の総合設計制度が利用されているのである。
有り体にいえば、宝生ハイツの地権者および区分所有者が、個人資産たる私有地から最大限の利益を生み出す権利が、それこそ最大限に認められる代償として、周囲の住人に環境の悪化が押しつけられている。桜蔭学園の生徒たちの日照も、盗撮などを心配せずに自由に学べる権利も、こうして奪われるのが実態だといえよう。
日本国憲法第25条では「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」、すなわち「生存権」が保証され、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定されている。これは住環境についても当然、国が向上に努めるべきだという趣旨に解釈できる。
また、1996年6月にトルコのイスタンブールで開催された第2回国連人間居住会議(ハビタットII)では、「適切な居住への権利」が基本的人権であると宣言され、これに日本政府も署名した。
学ぶ権利に関しても、日本国憲法第26条で「学習の機会と質の高い環境」を享受する権利が認められている。健康で持続的な「環境」で教育を受ける権利は、子どもの健全な成長のために欠かせないという視点から、国際的にも広く認められつつある。
ところが日本では、マンションの所有者が余計な出費をしないですむことや、ディベロッパーが限られた土地から最大の利益を生み出すことが、住環境や教育環境よりも優先される。桜蔭学園の差し止め請求訴訟からも、東京都が土地の所有者の側に立っているのが明らかである。環境を維持するという目的のもと私権が制限されるヨーロッパとは正反対で、日本の「後進性」を如実に表わしているという点でも、哀しすぎる現実である。
桜蔭学園の志願者数は、2023年度の629人から、24年度は557人、25年度は542人と少しずつ減少している。学習環境が悪化すると懸念する人が増えたことが、響いているのかもしれない。
前述のように、この問題は先日も「羽鳥慎一モーニングショー」で取り上げられ、そこでは、宝生ハイツの土地は私有地で、しかも一等地なので、所有者が最大限の利益を上げようとする権利を止めるのは難しい、という趣旨の意見が出された。しかし、本当にそうだろうか。
しばらく前から、世界的にハラスメントに対して非常に厳しく臨むようになっており、この点では日本も世界の例外ではない。「ハラスメント」とは、相手が嫌がることをして不快感を覚えさせる言動の全般を指す。その際、行為者にそのつもりがなくても、相手が不快だと感じればハラスメントに該当する。相手が不快だと感じた時点で、「言論の自由だ」などという言い訳は一切通用しない。
それなのに、暴力的な建物が、周囲の住環境も学習環境も毀損しようとして、周囲に住む人や学ぶ人が「不快だ」と声を上げているのに、どうして無視されるのだろうか。宝生ハイツ側は不動産所有者としての権利を主張するだろうが、周囲の住居や学校が「不快」だとして必死に声を上げているのである。宝生ハイツの場合は、行為者が人間ではなくモノだという点で、ハラスメントに該当しないというのかもしれないが、「モノ」を建てようとしているのは人間である。
地方自治体とは第一義的に、住民の生活向上や福祉の増進を図るために存在している。ところが、東京都が最優先するのは、土地所有者の権利であるようだ。少なくとも、土地所有者が利益を最大限に追求した結果、「住民の生活向上や福祉の増進」に抵触するようであれば、両者のあいだを調停し、周囲を「不快」にする事柄については、土地所有者の権利も制限することが必要なのではないだろうか。
最後に付言すれば、日本文化の継承者たる能の団体が、こうして文教環境を悪化させようとしていることもまた、日本の「後進性」の象徴のようで残念である。
香原斗志(かはら・とし)音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。
デイリー新潮編集部