今年55周年を迎えたタカラトミーの人気おもちゃ「トミカ」(写真:尾形文繁撮影)
【写真】これは危険なのか…?「今回回収となったトミカのおもちゃ」
大手おもちゃメーカー・タカラトミーは9月8日、ミニカーのトミカを走らせるおもちゃ「グランドモールトミカビル(トミカ55周年記念特別仕様)」約4万個を自主回収することを発表した。
東京都内で開催されたイベント「トミカ博」にて、本商品で遊んでいた子どもが指を挟む事故が2件発生。アンケートでも「指を挟んだ」という回答が12件寄せられていたという。
SNS上では、意外にもタカラトミーに対する批判の声は少なく、擁護意見のほうが多かった。さらに「自主回収は過剰対応ではないか」という意見も少なからず見られた。タカラトミー社の対応は正しかったのだろうか?
SNSやニュースのコメント欄を見ると、同社の安全配慮の努力を賞賛する意見もある一方で、「この程度のことで自主回収する必要はないのでは?」「子どもには安全な使い方を体で覚えさせることも重要」といったコメントも書き込まれていた。
たしかに、現在50代前半の筆者が子どもの頃は、危険な商品がたくさんあった。小学生の頃、ラジコンの車のアンテナが指に刺さってケガをしたことがあるが、祖母が傷口に絆創膏を貼って終わりだった。もちろん、メーカーにクレームを入れるようなことはしなかった。
同じ頃、扇風機のカバーを開けて指を入れて回してみるといった、今から思うと危険な遊びもしてきたのだが、経験の中で「これ以上やるとマズい」という限界を学ぶこともできたと思う。
玩具に限らず、商品に対する安全基準は厳しくなってきており、使っていてケガをするような商品はほとんど見られなくなった。その一方で、現代人は「自分で安全を確保する」という感覚を失っているのも事実だ。
筆者は海外によく行くのだが、国によっては、大手のスーパーマーケットでも賞味期限切れの食品や、パッケージが破れて中身がこぼれている商品が平気で売られていたりする。
現地の人から「モノを買う前に、ちゃんとチェックしてから買ってください」「買った後で欠陥があっても返品は受け付けてもらえないと思ってください」という助言を受けたこともある。
現代の日本にいる限りは、安全性を気にしながら買い物をしたり、商品を使ったりする必要はほとんどない。過保護といえば過保護である。また、売り手側に過大な負担を負わせ、買い手側には配慮を求めないことが、はたして適正なことなのか?という疑問もある。
しかしながら、現状の風潮は一朝一夕には変わらないだろう。特に子どもが使う商品に対して厳しい安全配慮が求められる状況は、より厳しくなることはあっても、緩くなることはないと思われる。
そういった意味では、タカラトミーの“過剰対応”はむしろ「適正」といってもいいだろう。
今回、自主回収となった「グランドモールトミカビル」(画像:タカラトミーの公式サイトより)
一般に、企業で問題が発生した際には、下記の3点が重要になる。
1. スピード感2. 対応の内容3. 情報公開
タカラトミーのケースでは、商品の発売が7月19日、事故が確認されたイベントが8月15日、アンケートで「指を挟んだ」という報告が12件まで確認できたのが9月5日、自主回収の発表が9月8日となっている。
8月15日時点で問題が確認できていたという点から考えると、「対応が迅速であったのか?」という点については議論もあるかもしれない。しかしながら、事態が大きくなる前に手を打ったという点では、決して遅くはなかったといえる。
大きな事故が確認されていないにもかかわらず、自主回収を行ったという点で十分な対応であっただろう。
情報公開に関しては、9月8日にニュースリリースの発信と公式サイトでの発表を行っている。タカラトミーが批判を回避できたのは、上記の3点のいずれの対応も十分にできていたためだと思われる。
企業の発表に先んじてSNSで「指を挟んだ」という投稿が頻出したり、メディアで「危険ではないか」という報道がされたりすると、世論は現状とはだいぶ違い、タカラトミー社に風当たりの強いものになっていたに違いない。
世の中で騒がれる前に、企業側が先んじて対応を行い、情報公開を行ったからこそ、大ごとにならなかった可能性も高いのだ。
タカラトミーが公表した自主回収のお知らせ(画像:タカラトミーの公式サイトより
業界は異なるが、類似した事例として、カップ焼きそば「ペヤング」で起きた異物混入事件がある。
2014年12月、消費者が「ペヤングソースやきそば」にゴキブリが混入している写真をSNSに投稿して炎上状態になった。調査の結果、製造過程での異物混入の可能性が排除できないとして、販売元のまるか食品は全商品の生産と販売を半年間にわたって休止した。工場の休止中は設備の刷新と改修を行った。
さらに、同社は自主回収している2種類以外は「安全上の問題はない」としつつも、混乱を避けるために流通業者の元にある全商品を回収することを発表した。
本件のまるか食品の対応についても、「やりすぎでは?」という声が相次いだ。徹底した対応が評価されたことに、商品が入手できなくなった飢餓感が加わり、販売を再開した暁には、消費者から歓迎され、発売中止前を上回る販売数を達成することができた。
一方で、「過剰対応」が常に有効かといえば、そうとも言いがたい。
今年の8月にミツカンが公式Xアカウントに投稿した文章が批判を浴び、投稿の取り下げと謝罪を行った。しかしこの対応に対して、「取り下げは必要ない」「謝罪は必要ない」という批判がなされるという結果になってしまった。
なお、物議をかもした投稿の内容は、同社製品「冷やし中華のつゆしょうゆ」の写真とともに「冷やし中華なんてこれだけでも充分美味しいです」というテキストが添えられたシンプルなものだった。
これが批判を浴びたのは、SNS上で夏場にそうめんを作ることの負担について論争が起きていたためだ。そこにミツカンの投稿が割って入ったようにとらえられたのだ。
一部の消費者が投稿に不快感を抱いたのは事実だと思うが、投稿内容自体に問題はなかった。削除と謝罪を行ったことは、「クレーマーに屈した」とみられてしまったのだ。
一部のクレーマーや世の中の同調圧力に屈してしまうと、さらに不当な要求に付け入られる隙を与えてしまうという悪影響も生じる。
「過剰対応」が有効なのは、企業側に問題があった場合で、真摯に反省して改善しようとする姿勢が評価され、擁護されるという流れを生む。
企業側に非がない場合、あるいは企業側だけに問題があるわけではない場合は別の対応が求められることは、しっかり理解しておきたい。
(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)