「男に不利だと思うのですが」「女の子が何と言っても…」“諸悪の根源”と呼ばれた名門男子校たちの「予想以上に先進的な性教育」とは《海城、聖光、駒東》

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東大の女子学生が増えない。約8割を占める男子入学生の多くは私立・国立の男子中高一貫校出身者で、彼らが学内のホモソーシャル(女性や同性愛を蔑視することで維持される、男性同士の癒着的人間関係)なムードをつくっているとたびたび指摘されている。そこから導き出されるのが、以下の識者の見解だ。
【画像】「中卒の許容は少ない」など生徒へのアンケート結果が書かれた授業の様子
「彼ら(東大生)の多くは中高一貫私立男子校出身者。(中略)女に対する妄想と偏見をいっぱい溜め込んでる」
「諸悪の根源だと思うので。やっぱり男子校はないほうがいいかなって気はします。よっぽどそこでジェンダー教育をちゃんとやらない限り」
ひどい言われようである。しかし実際のところ、全国の高校に占める男子校の割合はたったの約2%。実数にして100校にも満たない。もはや絶滅危惧種であり、その内実を知る者もほとんどいない。知らないからこそ、ますます不気味に思えるという面もあろう。
そこで全国すべての男子校に、どんな性教育やジェンダー教育を行っているかを尋ね、現場を訪れ、『男子校の性教育2.0』(中公新書ラクレ)にまとめた。
東京大学の入学生は8割を男子が占める AFLO
ある男子校での専門家による講演会では、性的同意について詳しく説明していた。キスをする、プライベートゾーンに触れる、セックスをする。各段階において明確な同意が必要だと講師は強調する。
一方で、言葉のうえでは同意があったとしても、それが自分の本意ではなかった場合、あとから不同意だったと主張することも可能だという説明もあった。
質疑応答の時間。きちんと話を聞いていた生徒から、「言葉で同意をとっていてもあとからひっくり返して不同意性交等罪に問えるのだとしたら、男に不利だと思うのですが、僕たちはどうやって自分を守ったらいいのでしょう?」という質問が出た。
「男に不利だと思うのですが」が余計だった。講師の回答は「男性があとから同意がなかったと訴えることもできるわけですから、男が不利ということはまったくありません」で終わってしまった。
それはその通りだが、質問者の意図は「同意をとってもあとからひっくり返される可能性があるのだとしたら、どうやって自己防衛すればいいのか」にあった。いま、同様の不安を抱えている若者は多いのではないだろうか。
拙著を書くために訪れた男子校の性教育の授業のほとんどで、性的同意と不同意性交等罪について触れられていた。セックスを、紅茶を飲むことに例えた動画を見るのが定番であったが、専門家の口からも上記のような問いへの明確な答えは聞かれない。
そんな不安のなか、「女に対する妄想と偏見をいっぱい溜め込んでる」と言われようと、「諸悪の根源」と言われようと、現場の教員たちは、多感な時期を必死に生きる男子生徒たちに寄り添うスタンスで性やジェンダーについて教えていた。
毎年東大に50人前後の卒業生を送り出す東京都の男子進学校「海城」では、家庭科の授業で「パートナーシップ」について扱う。妊娠には男性にも当然責任がともなうことを学んだうえで、この日は「性と生殖に関する健康と権利(SRHR)」にもとづいて、産む・産まないを選択する権利は女性にあることを学んだ。

「そこで問題です。女性から『妊娠した』とLINEが来たらどうする?」
家庭科教員の龍崎翼さんが問いかける。いわゆる「予期せぬ妊娠」を想定している。
「『産む。迷惑かけないから。認知しなくていい。ひとりで育てるから』と言われたら、女性の決断を男性は止められません。『迷惑かけない』って一筆書いてもらっても、裁判になったら子どもの権利の観点から、無効になります」
教室のところどころで「えっ!?」というリアクションがある。
「別のひとと結婚して家族ができて幸せに暮らしているときに突然裁判所から呼び出しがかかるかもしれません。逃げても強制認知の判決は出ます。相手に対する責任ではなくて、子どもに対する責任から逃れられないしくみになっています。……それを理解することが、みなさん自身の身を守ることです」
普段はガヤガヤ私語も多い教室が、このときはしーんとしていた。
「なんせ今日は男性視点で話しましたので、女性からは『えっ?』って思われてしまう言い回しもあったかもしれませんが、女の子が何と言っても、自分の意思で避妊するようにしてください」
避妊について教える場合、予期せぬ妊娠・出産がどれほど女性の人生を狂わせるか、人工妊娠中絶手術がどれだけ女性の心身に負担を与えるかなどを訴えることが多い。海城でも、もちろんそれは教える。しかし龍崎さん自身は女性でありながら、あえて男性の側に立ったロジックで、避妊の重要性を説いた。
まだ恋をしたこともない、自分が何者かもわからない中学生には、そのほうが自分のこととして真剣に聞いてもらえることが、これまでの経験からわかってきたからだ。男子校ならではの工夫だといえる。結果的に女性を守ることにもつながる。
2024年の東大合格者数が全国2位の100人となり、注目を浴びた神奈川県の男子進学校「聖光学院」では、産婦人科医の高橋幸子さんによる性教育講座が行われていた。
冒頭、高橋さんが「性には、生殖の性、快楽の性、暴力・搾取の性の3つの側面があります」と言ったとき、「暴力・搾取の性」というところでどよめきが起きた。少し動揺する高橋さん。「どよめきが起こるの? そうなの? 10年以上やっていて、初めて……。あぁ!」。

講義が行われたのは、大手芸能事務所が性加害についての記者会見を行って全国的な注目を浴びた数日後だった。男性だって性加害の被害者になることが広く世間に認知された事件であった。
電車の中で痴漢に遭ったというような話は、男子校でも数多く報告がある。性に関しては、男性は加害者になりやすいという前提で議論が進みやすいが、男子校の性教育ではそうとは決めつけない配慮がところどころでされていた。
講座を聴いていた生徒の1人は「性的マイノリティーとか性的同意の話については興味があるのですが、性行為のような直接的な話はちょっと嫌だったので、目を伏せたり、聞き流したりしていました」と感想を述べた。
男子はエッチな話が聞きたくてしょうがないというのは思い込み。「女に対する妄想と偏見をいっぱい溜め込んでる」男子ばかりではないのだ。
2024年度に東大に44人を送り出した「駒場東邦」の国語科教員である大谷杏子さんは、もともと女子校に勤務していた。出産を経験後、駒場東邦で初めて男子校の教壇に立った。「ここの生徒たちの大学受験での苦しみが異常に大きくて、びっくりしました」とふりかえる。
生徒とやりとりを重ね考え続けた結果、男子特有のプレッシャーがあることに気づいた。自分たちの弱さや不安を否定するのではなく、むしろ受け入れることで、乗り越えてほしい。「あるべき男性像」のくびきから自由になってほしい。……そう思うようになった。
中学の3年間を担任としてともに歩んできた学年の、中学校最後の教材として、ジェンダーや性への葛藤をテーマにした小説を選んだ。授業では、学歴に関するジェンダー・バイアスに話題がおよぶ。
「アンケート結果からわかるように、あなたたちは結婚相手に学歴を求めてませんよね。学歴なんて人間の魅力には関係ないじゃんってもし思ってるんだったら、それはそのままあなたたちにもあてはまるはずでしょ。『学歴高いからあなたが好き』と言われたら、『なんだよ、それ』って言えていいはず」
さきほどまでざわついていた教室が、いつの間にか静まりかえっていた。
大谷さんの指摘は重い。彼らは中学受験のいわば“勝ち組”だ。しかし彼らには彼らの不安がある。親やまわりの大人が自分を認めてくれるのは、自分が自分だからなのか、自分が有名進学校の生徒だからなのか、わからなくなることがある。

“受験エリート”の街道を行く限り、その不安からは逃れられない。恋人ができたとしても、同じ不安を抱くことになる。“いい学校”に通っているから、“いい会社”に勤めているから……。そんなところに自分の価値を求めなくていい。中学校生活の最後に、そんなメッセージが込められた授業であった。
男子進学校各校は、競争社会や権威の象徴ともいえる東大をはじめとする有名大学への進学者数に支えられながら、半面で、いわゆる「有害な男性性」を中和する教育を行っていた。
そもそも東大は明治時代の初期に、全国津々浦々から最強の男子を集結させるためにつくられた。全国の男臭さが極限まで濃縮された場所だった。東大こそ、究極の男子校だったのである。
そのしつこい臭いを中和するヒントは意外にも、男子校の先駆的な性教育やジェンダー教育のなかに見つかるのかもしれない。
(おおた としまさ)

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