西成でうどん店営む元暴力団組員キンちゃん、地価高騰に外国人マネー流入で変貌する街に「行き場を失う人も出てくる」と危機感

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古くから“日雇い労働者の街”として知られる大阪は西成のあいりん地区。最近では安くて美味い飯が食べられるグルメタウンとして若者から注目されるエリアとなりつつある。
【写真】西成で目を引く「金ちゃんのうどん屋」 赤い派手なのぼりは若者のフォトスポット
刻々と変化するこの街を見守ってきた人物がいる。「キンちゃん」の愛称で知られる大前孝志さん(49)だ。2017年10月に西成で立ち食いそば・うどん店「淡路屋」を開業。生活困窮者を対象に無料の“人情うどん”を提供してきた。
「昔、日本を離れてフィリピンに行っていた時期があった。ただ、すぐに金が尽きて所持金も100円未満。それで3日間、何も口にできずに路上でうずくまっていると現地の年配女性から声をかけられた。
初対面なのに自宅で食事を振る舞ってくれた。泣きながら飯を食べたよ。あんなに美味いと思った飯はこれまでなかった。それで日本に帰国した時に、困った人がおったらこの恩を返さなあかんと思うようになったのが、無料のかけうどんの始まりやね」(大前さん。以下同)
何日も食事をできていない人がうどんを口にして、涙を流しながら大前さんにお礼を言う。「『こんな美味しいの久々に食べたわ』と言われると、ああ嬉しいなって思う」と大前さんは話す。
大前さんはYouTubeで『西成キンちゃんのワッショイTV』というチャンネルを開設していて、若いファンも来店する。外国人観光客も多く訪れ、ここ数年で西成の雰囲気は大きく変わったという。
以前なら脛に傷を持つ人々が集う場所が西成だった。大前さんもまた暴力団の元組員という過去を持ち(20代半ばで脱退)、刑務所に服役後、紆余曲折を経てこの場所に辿り着いている。
「今の日本は刑務所を出所して、本気で更生しようと思っても社会の仕組みがそうはなってへんからね。家を借りようと思っても、まず貸してくれへん。やったら、社宅付きの仕事を探すとなると、こちらもハードルが高い。
やる気はあるけど、何度も面接で拒否されると人は社会復帰の可能性に疑問を持ち始める。俺は必要とされてへんのやって。で、最終的に行き着くのが今も昔も西成。西成やと家を借りるのも保証人がいらんとか、ハードルが低いから必然とそんな人が集まってくる」
暴力団排除条例には5年ルールといわれる、「元暴5年条項」がある。いったん暴力団関係者との認定が下されると、足を洗っても5年間は同様の扱いを受けるという規則だ。銀行口座開設から住居や携帯電話などの契約も不可とされる。
大前さんは続けて、こう嘆息する。
「5年が経過していようが、賃貸物件だとまず保証会社は通らへん。いくら真面目に働いとっても以前の肩書き。暴力団におったら、それだけで大きな足枷になる。昨年、和歌山市で『淡路屋アロチ店』という居酒屋を出店したんやけど、保証会社には一発で断られた。
こんな真面目に仕事を続けてもあかんねん。たまたま家主がYouTubeで俺のことを知ってたから、それで最後は貸してくれたけど、これが現実やと思う」
西成には未だに貧困ビジネスまがいの業者がいるのも事実だ。本人名義で契約ができない人に住居を与える代償として生活保護を受給させ、少なくない額をピンハネする。そんなビジネスだ。
「結局、住む部屋の管理会社におんぶに抱っこの状態になる。ただ、その業者が悪いとはいっていない。そういう業者がおるからこそ、弱者の救済になっている面もある。本当に働けない人は支援すべきやけど、実際に20代後半の受給者もいる。健常者でも生活保護を受け続けると、労働の意欲は削がれるわね」
「西成には人情がある」。その言葉を頼りに、大前さんの店にはさまざまな事情を抱えた人が、無料うどんを食べにくる。しかし、こうした人情も少しずつ、着実に失われつつある。西成には外国マネーが流れ込み、地価が高騰。店を手放すオーナーも増えてきて、数年前から外国人が経営するカラオケ居酒屋の開店が相次ぎ、今や300店舗近くにものぼるという。
「古いお店やとツケで飲む文化が西成にはまだあって、知り合いの店では受給日になると生活保護の現金袋をそのまま店に渡してる人もおる。ただ、なかには支払わずに逃げる奴もおって、飛んだ連中の10人中6、7人はまた西成に戻ってくる。飛んで帰って来ない奴は、一般社会でも馴染める人間。戻ってくる奴は、西成でしか生活できへん人たち。
このまま飲み屋街が増えて発展していくと、社会から腫れ物扱いされた人たちが行き場を失うやろうし、昭和風情ある飲み屋も少なくなるやろうね。なればなったで、西成らしさを失う寂しさもある」
発展はすなわち、将来的に西成が果たしていた“福祉”の役割がなくなることを意味する。その大きな役割を終える日は、着実に近づいているのかもしれない。
◆取材/文/撮影:加藤慶

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