迷える牛たちと農地再生 福島の大熊、富岡で挑む

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福島県大熊町の帰還困難区域。人けのない高原で干し草をはむのは、東京電力福島第1原発事故で被災地に置き去りにされた牛たちだ。
【牛たちが守る農地の様子を写真で】 世話をする一般社団法人「ふるさとと心を守る友の会」代表理事、谷咲月さん(41)が姿を見せると「モーモー」と鳴きながら駆け寄ってきた。体をすり寄せて甘える仕草は愛くるしい。 原発事故が発生した2011年、全住民が避難を余儀なくされた。今も半分以上が、人が住めない区域に指定されている。

谷さんは東日本大震災当時、東京で働いていた。静岡県出身で福島と縁はない。だが、多くの牛がつながれたまま餓死したという報道に衝撃を受けた。残された家畜も安楽死処分される可能性があった。 「助けたい」という一心で福島を訪れたが、立ち入りが禁止された区域に十分な水や飼料を運び続けることは困難だった。そんな中、自力で牛舎の柵を破って生き延びた「放れ牛」の存在を知る。 酪農や農業の経験はなく、当初は逃げ回る牛に近づくこともできなかった。そのため、餌付けしながら牛たちとの距離を縮めるところから始めた。牛の習性を学ぶなかで、農地に柵を張って放牧する活動を思いついた。 先祖から受け継いできた田畑の手入れができず、心を痛めていた地主たちからは、多くの協力を得られるようになった。牛が雑草を食べて除草し、荒れた農地が再生するというサイクルを整えていった。 12年前に田んぼ1枚分の面積からスタートした放牧地は、地主からの依頼を受けて拡張を重ね、現在は計8ヘクタールの保全を行う。原発20キロ圏外への移動や出荷が禁止される中、大熊町で放牧中の牛は11頭。「もーもーガーデン」と名付けられた広い田畑をのびのびと歩き回っている。牛は1日に60キロの草を食べ、フンは肥料となり、ひづめで土を耕す。 今年からは富岡町で新しい試みも始めた。ロシアのウクライナ侵攻などの影響で飼料価格が高騰し、廃業する酪農家が相次ぐなか、北海道で殺処分される予定だった牛2頭を受け入れた。 谷さんには、目標がある。「放牧で休耕地を再生する仕組みを確立すれば、人手不足に陥っている全国各地の農村でも役に立つと思う。原発事故のあった町で牛たちの幸せを追求しながら人と動物、自然が共存していけるエコな農業を模索していきたい。そして、避難指示が解除になった日、帰還する人たちには美しい景色を見てもらいたいですね」写真・文 幾島健太郎(すべて福島県で撮影)
世話をする一般社団法人「ふるさとと心を守る友の会」代表理事、谷咲月さん(41)が姿を見せると「モーモー」と鳴きながら駆け寄ってきた。体をすり寄せて甘える仕草は愛くるしい。
原発事故が発生した2011年、全住民が避難を余儀なくされた。今も半分以上が、人が住めない区域に指定されている。
谷さんは東日本大震災当時、東京で働いていた。静岡県出身で福島と縁はない。だが、多くの牛がつながれたまま餓死したという報道に衝撃を受けた。残された家畜も安楽死処分される可能性があった。
「助けたい」という一心で福島を訪れたが、立ち入りが禁止された区域に十分な水や飼料を運び続けることは困難だった。そんな中、自力で牛舎の柵を破って生き延びた「放れ牛」の存在を知る。
酪農や農業の経験はなく、当初は逃げ回る牛に近づくこともできなかった。そのため、餌付けしながら牛たちとの距離を縮めるところから始めた。牛の習性を学ぶなかで、農地に柵を張って放牧する活動を思いついた。
先祖から受け継いできた田畑の手入れができず、心を痛めていた地主たちからは、多くの協力を得られるようになった。牛が雑草を食べて除草し、荒れた農地が再生するというサイクルを整えていった。
12年前に田んぼ1枚分の面積からスタートした放牧地は、地主からの依頼を受けて拡張を重ね、現在は計8ヘクタールの保全を行う。原発20キロ圏外への移動や出荷が禁止される中、大熊町で放牧中の牛は11頭。「もーもーガーデン」と名付けられた広い田畑をのびのびと歩き回っている。牛は1日に60キロの草を食べ、フンは肥料となり、ひづめで土を耕す。
今年からは富岡町で新しい試みも始めた。ロシアのウクライナ侵攻などの影響で飼料価格が高騰し、廃業する酪農家が相次ぐなか、北海道で殺処分される予定だった牛2頭を受け入れた。
谷さんには、目標がある。「放牧で休耕地を再生する仕組みを確立すれば、人手不足に陥っている全国各地の農村でも役に立つと思う。原発事故のあった町で牛たちの幸せを追求しながら人と動物、自然が共存していけるエコな農業を模索していきたい。そして、避難指示が解除になった日、帰還する人たちには美しい景色を見てもらいたいですね」
写真・文 幾島健太郎(すべて福島県で撮影)

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