【渋澤 和世】母が認知症になり、父やヘルパーを「泥棒扱い」…50代女性が見た地獄 最初は大ごとに思えなかった

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認知症の症状と聞いて、まず思いつくのが、物忘れや理解力の低下でしょう。新しいことが憶えられないとか、今日がいつなのかがわからなくなるなどがその典型です。
しかし、認知症の症状にはこうした物忘れとは別に、ありもしないことをあると思い込む妄想や極度の不安も多く見られます。しかも、こうした妄想や不安は、認知症患者を身近に持つ家族に思わぬ経済的な負担となることもあります。今回、紹介するのは、まさにそうした事例です。
photo by istock
東京都八王子市に住む山岡真澄さん(仮名・53歳)が、山梨県甲府市の実家で暮らす母、弥生さん(仮名・80歳)の異変に気付いたのは3年前の年初のこと。
その年の正月に親戚が集まった席で義姉から「お母さんの様子が少し変わった気がするんだけど。同じ話を何回もするし、家もなんだか散らかってきたわよ。まさか認知症ってことはないわよね」と、言われたのがきっかけでした。
「そう言われても最初は単なる年のせいだと思っていました。でも、なにかの病気の可能性もあるし、手遅れになっても困るじゃないですか。
念のためと思って近所の脳外科で検査をしてもらったらビックリです。検査の結果、脳の委縮が見られると。カルテに書かれた「アルツハイマー型認知症」の文字を見た時は言葉が出ませんでした」(真澄さん)
病院から帰った真澄さん、父の哲夫さん(仮名・83歳)に、弥生さんに認知症の診断が出たことを伝えましたが、「ほう、そうなのか」と聞き流す程度で終わってしまいました。病状が軽度だから大ごとと感じなかったのか、生活に深刻な支障が出ているわけではなかったからでしょう。
弥生さんも、それからしばらくは、今まで通り、簡単な料理はできていますし、昔ほどこまめに片付けはしないものの、ゴミ屋敷になるというわけでもありませんでした。
アルツハイマー型認知症は、根本的な治療や効果的な予防方法は現在も確立されていませんが、症状の進行を抑制する薬はあります。弥生さんも処方された薬を飲んでいたことで、ある程度効果があったのでしょう。
そうした小康状態に変化が起きたのは、認知症発覚から1年後のことでした。真澄さんが、振り返ります。
「2年前に母が転倒し、大腿骨頚部を骨折して1カ月半ほど入院しました。母の様子が変わったのはその後のことです。点滴を勝手に外そうとするため、一時的にからだを固定された時に感じた苦痛が原因なのか、夜間に大声を出したりしはじめたのです。
骨折の方は順調に回復して、退院後は歩行もできるようになりましたが、奇行は収まりません。なかでも困ったのが、物を盗まれたという妄想が頻発するようになったことです」
自分の所有物を誰かが盗んだと思い込む症状は一般に「物盗られ妄想」と呼ばれ、認知症患者にはしばしば見られる症状です。弥生さんも、財布や現金、預金通帳などお金に関係する物が盗まれたと、真澄さんに頻繁に訴え始めました。
しかも、盗んだ相手は常に夫の哲夫さんです。盗む現場を見たわけでもないのですが、単純に一緒にいる時間が長いため、哲夫さんを疑ったのでしょう。
「もちろん、父が母のものを勝手に持ち出すとか、ましてや盗むなどありえません。実際には母が自分で遣ったり、財布をどこかに置き忘れたりしているだけなんです。
でも医者によると、認知症でものを置いたということを忘れているため、自分がそこにあると思っている場所にそれがないと、探す事もせずに「ない=盗られた」と大騒ぎしてしまうようなんです」(真澄さん)
理由はわかっても、哲夫さんとしては、泥棒扱いされる上に、時には叩かれたりするのですから、たまりません。当初は「困ったな」と冗談めかしに愚痴を言う程度でしたが、明らかに疲れが見えてきました。
このままでは父の方も参ってしまうと考えた真澄さんは、この機会に訪問介護のサービスを週に3回ほど利用することにしました。
当時、弥生さんの介護認定は「要支援2」で、身の回りのことはできていましたし、自分でも介護をされるほど年寄りではない、と言い張っていたため、介護保険サービスは利用していませんでした。
しかし、部屋の片づけや買い物をヘルパーさんと一緒に行えば母にとっても楽ですし、何より真澄さんを散歩に連れ出してもらえば、夫婦二人だけの時間が減るため、泥棒扱いも少しは無くなるのではないか、と考えたのです。
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実際、家事の手間から解放されたことがよかったのか、哲夫さんに対する泥棒扱いは出なくなりました。しかし、喜んだのも束の間、新たな困りごとが起きます。なんと、顔見知りになるにつれてヘルパーさんを泥棒と疑うようになってしまったのです。
「ヘルパーさんはとても親切で母も喜んでいたのですが、身内ではない他人が頻繁に訪れるため、盗まれ妄想の矛先が、こちらに向いてしまうのでしょう。宝石が無くなった、ポケットにあるはずだと、エプロンを引っ張ったり、時にはズボンのポケットに手を入れたりすることもありました。
もちろん、いくら探しても、あるはずはありません。それで納得すればいいのですが、『どこに隠した!』と掴みかかることもありました。父に少しでも楽をさせたいと思ってヘルパーさんを頼んだのに、それがかえってトラブルを産んでしまったのです」
弥生さんの認知症の症状は、日に日に悪化していく。周囲の人間を泥棒扱いするにとどまらず、周囲を困らせる行動の数々に出てしまう。後編〈50代女性が絶望…母の認知症が進行して起こってしまった「最悪の事態」〉で詳しく記す。

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