【渋澤 和世】50代女性が絶望…母の認知症が進行して起こってしまった「最悪の事態」 メンタル的も経済的にも限界

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山岡真澄さん(仮名・53歳)の母・弥生さん(仮名・80歳)はアルツハイマー型認知症と診断された。発覚した当初は大きな問題はみられなかったものの、やがて「物盗られ妄想」が出るようになり、父・哲夫さん(仮名・83歳)や訪問介護のヘルパーさんを泥棒扱いするようになった。
前編〈母が認知症になり、父やヘルパーを「泥棒扱い」…50代女性が見た地獄〉では弥生さんの症状が進行していく過程を記したが、事態は悪化していく。
ヘルパーさんは認知症の症状を熟知しているため、「私は盗ったりしませんよ。どこかにあると思うから安心してね」と優しい言葉をかけながら一緒に探す振りをしてくます。
弥生さんもその言葉を聞いて、その瞬間は落ち着くのですが、しばらく経つとまた同じことの繰り返し。へルパーさんも人間です。それが認知症のせいだと頭でわかっていても、泥棒と疑われていい気持ちがするわけありません。
「家族としても申し訳ない気持ちで一杯でした」(真澄さん)
そんなある日、さらに厄介な事件が起こりました。なんと今度は本当に、現金10万円が入った封筒が、見当たらなくなる事件が起きたのです。
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真澄さんは、東京・八王子市に住んでいますが、月に1回は母・弥生さんの通院の付き添いと、銀行から生活費10万円を引き出すために山梨・甲府市まで通っていました。
弥生さんにコンビニで引き出してもらえば楽なのですが、手数料もかかるし、高齢者は通帳に引き出した記録がないと不安のようなので、いつも真澄さんが銀行で必要なお金を下ろし、通帳も見せて確認していたのです。
その時も銀行で下ろした10万円を入れた封筒は、真澄さんが仏壇の奥にしまいました。ところがその日の夕方、真澄さんが確認すると封筒が消えていたのです。
その日お盆で真澄さんも実家にいましたが、お金を下ろしてから無くなるまでに、他人で実家に入ったのは、ヘルパーさんと棚経に来られたお坊さんだけです。さすがにお坊さんが泥棒するとは考えにくいと思った真澄さんは、消去法で訪問介護事業所とケアマネジャーに連絡をしました。
しかし、これが事態をこじらせてしまいます。責任者は「うちのヘルパーにそういう人間はいません。冗談じゃない」と激怒。真澄さんが慌てて「そうですね、失礼しました」と謝っても、「疑うにもほどがあります。証拠を揃えてからにしてください」と、キレられてしまいました。
翌日、ようやく真相がわかりました。
哲夫さんが言うには、僧侶に渡すために用意したお布施に加えて、母が「いつもお世話になっているから」と言って、生活費の10万円が入った封筒を僧侶に渡していたのです。
「帰り際に僧侶から『色々と良くしていただいて』と何度も頭を下げられるのでちょっと不思議だったのですが、まさかこんなこととは知りませんでした。父も母が封筒を渡しているのは気づいたようですが、用意していたお布施だと思ったようです。
もちろん母も、渡した封筒に自分の生活費が入っていることすら理解していません。あれだけお礼を言われてしまうと、今更返して下さいとも言えませんし、何よりヘルパーさんを疑ってしまったことが恥ずかしくてたまりません」(真澄さん)
この一件による損害は、お坊さんに渡した10万円だけでは済みませんでした。母の認知症に理解を示してくれていたヘルパーさんが、担当を辞退してきたのです。母の弥生さんだけならまだしも、娘の真澄さんにまで泥棒を疑われたことが、よほど頭にきたのでしょう。
しかも、事務所からは「ものがなくなる度にヘルパーを疑うときりがないですよ。そんなに心配なら監視カメラでもつけたらいかがですか」と、露骨に嫌味も言われてしまいました。
新しいヘルパーさんを探すことは難しくありませんが、次に来る人が優秀かどうかはわかりません。実際、過去に依頼したことのあるヘルパーさんも仕事が出来る人でしたが、再度、依頼するのは難しいようです。そのことが、介護が必要な家庭にとっては計り知れないダメージなのです。
こうしたトラブルが起きると、普通の判断力がある人ならトラブルが起こさないように気をつけるところでしょうが、認知症の患者の場合はそうはいきません。
むしろ時間と共に症状が進行したためか、弥生さんは、自分の目の届くところに現金がないとそれだけで父やヘルパーさんが盗ったと決めつけて暴力を振るうようになったのです。
そこで真澄さんはその後、月に3-4回は顔を出すようにしました。お金の管理も、数千円を仏壇に保管し、残りのお金は父の管理するタンスに変更しました。
しかし、これも火に油を注ぐだけでした。真澄さんは、仏壇にまとまったお金がないことに気付くと、「家の中に泥棒がいる。誰か警察を呼んで」と、大声でわめき散らす始末です。困った真澄さんが事情を説明しても、まったく納得しないばかりか、「お前もグルなのか」と、掴みかかる始末です。
「あの時の母の鬼のような形相は今も忘れられません。優しかった母とはまるで別人です。自分の母親とは言え、本当に悲しくなりました」(真澄さん)
弥生さんの「奇行」は、物盗られ妄想だけでは終わりませんでした。次にみられるようになったのが、衝動買いでした。認知症が進行すると、判断力と欲求を制御できなくなり、衝動買いをする傾向があるのです。
真澄さんによると真澄さんは以前から物欲が強く、これいいなと思うとすぐに購入することがよくありました。若いころは自宅の敷地に余裕があるのを良いことに、買い物用の軽自動車、仕事用のバン、外出用の高級車と車を3台も所有していたそうです。
弥生さんは、ヘルパーさんや夫の哲夫さんと買い物に行くときも、決まって1万円札を持っていきます。細かな小銭の勘定が面倒なのと、欲しいものが出た時に足りないと困るという理由からです。
しかも、気前の良さは昔のままなのか、持っている1万円は毎回使い切るのがもっぱらですし、おつりで出た千円札や小銭はどこかにしまい込んで行方不明になってしまうため、用意している生活費はあっという間になくなってしまいます。
「母に無駄遣いはよくないよ、と言っても、『私のお金をどう使おうと私の勝手でしょ』と聞く耳を持ちません。必要なものを買うならいいのですが、必要な時に切れてしまうと困るからトイレットペーパーなどの消耗品を大量に買い込み、冷蔵庫の奥には食べずに腐った食材がいつも大量にある。
これを見つけて処分するのは私なんです。計画性がなく、欲求のコントロールができなくなるのも認知症のためらしいのですが、これ以上仕事を増やさないで欲しい、というのが正直なところです」(真澄さん)
昔ほど外出しなくなった今は、テレビショッピングも弥生さんの欲求のはけ口です。真珠のネックレスや掃除機、羽毛布団など、真澄さんが実家に行く度に見慣れない物が増えていました。
ただ、こうしたものは1回買えば終わりですが、困るのがウォーターサーバーなどのサブスク契約です。
「なんでこんなもの契約したのと尋ねても『健康のためにいいって、テレビで言っていたから』というのですから呆れますよ。初期費用がかからないようですが、毎月のミネラルウォーター代は4000円です。
高齢者ふたり世帯ですからそんなに水を飲むわけもありませんからほとんどは開封もしないまま。数ヵ月後には契約をしたことも忘れて、お茶を沸かすとき水道水をやかんにいれている始末です。母をたしなめると、『自分たちが欲しくて購入したんだから、外部者が文句をいうな』と逆ギレです」(真澄さん)
こうした弥生さんの無駄遣いや衝動買いも困ったことですが、更に困った行動が……。認知症が現れて2年後のこと、警察から自宅に電話があったと父から慌てて連絡がありました。なんと弥生さんが近くのドラッグストアで万引きをしたというのです。
そのドラッグストアではその数ヶ月前から万引きによる被害が増えていたため、対策を強化していたところ、弥生さんがハンドクリームを手にしたまま店を出たため、店員が声をかけたようです。
「自宅でそのハンドクリームを目にしていましたから、もしかすると前にも万引きしていたのかもしれないと思うと、ぞっとしました。しかし母は自分が万引きをした自覚すら全くありません。
『本当に私が盗ったのですか?』と、驚いて、逆に質問をしていたくらいです。店員もそんな母の様子を見て認知症とわかったのでしょう。それ以上、追及されることがなかったのは不幸中の幸いですね。ひたすら頭を下げ、金額を支払い、その場は納めてもらいました」(真澄さん)
真澄さんの認知症の症状はこの段階ではかなり進行していたのでしょうが、自立歩行もできますし、日常の会話に支障があるわけでもありません。だからこそ、無駄遣いも止まらないし、万引きもしてしまう。寝たきりではない認知症患者の恐ろしさと家族の精神的負担が、ここにあるのです。
真澄さんが言います。
「自分にも家庭や仕事があります。家族は実家で暮らす両親の介護に理解をしてくれたのですが、正直、私自身、肉体的にはへとへとです。しかも、仕事仲間に愚痴を言っても『そうはいっても親子なんだから』『育ててもらった恩返し』『親を大切にしてあげてください』などと言われます。
それが当たり前、むしろしないことで悪人のように言われてしまうのが、本当につらいですよね。私もできることはしたいと思っていますが、精神的に限界かなと、最近は思い始めています」
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日本では、親と同居して介護をする家庭は多くありません。7割程は高齢者独居世帯といいます。その中には、認知症の方も多く含まれますが、その場合金銭管理は大きな問題です。
大切なのは、介護する家族がひとりで抱え込まないことです。例えば、ケアマネジャーに生活にかかっている金の額や使い方はある程度伝えておく方がいざという時に安心です。
また、高齢者を狙う詐欺や悪徳商法は、高齢者の「不安」「健康」などにつけ込みます。悪徳商法を排除するには声掛けや安否確認も必要です。真澄さんは兄夫婦が遠方だからと遠慮して自分だけで親の面倒を抱え込みましたが、電話を時々かけてもらうくらいは頼っても良いでしょう。
難しいのが、金銭管理です。親も高齢者とはいえ、自分が使いたいときに使えないですし、いちいち何を買うのか監視されたのではたまったものではないでしょう。真澄さんら親族が全て管理した方が安心かもしれませんが、やはり強制はできません。
とは言え、認知症の親にすべて管理させるのは危険。そこで、こんな方法を私は提案しています。
年金が振り込まれる口座の残高を50万円程度にして、生活費はこの範囲でやりくりするのです。勿論家計により金額は変えても構いませんが、ここに常にある程度の金額が入っていれば親も安心しますし、多少の無駄遣いにも耐えられます。
しかも、万が一振り込め詐欺などに遭っても、損害が大きくなる心配もありません。その上で、まとまったお金が入っている銀行口座は子供たちが預かって管理する。もちろん、万が一のときの為に自分たちで管理していることは親にしっかり説明することは言うまでもありません。
認知症の症状やお金への執着も個人差がありますから、正解はひとつではありません。少しでも親が安心できる方法を家族全員で考えることが、なにより大切だと思います。

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