「人工肛門ライフ」を漫画で描く31歳彼女の人生

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人工肛門(ストーマ)袋にかわいいカバーをかぶせてみせる、卵巣がん経験者のふじあこさん(写真右奥。左端は子宮体がん経験者のヒダノマナミさん。ヒダノさんのYouTube動画にゲスト出演時の静止画。コロナ禍のために社会的距離をじゅうぶんにとって行われた)
働き盛りでがんになる──。あなたは想像したことがあるだろうか。国立がん研究センターの統計によると、2016年にがんと診断された約100万人中、20歳から64歳の就労世代は約26万人。全体の約3割だ。
だが、がんを治療しながら、あるいは治療終了後も不調を抱えながら働く人の声を聞く機会は少ない。仕事や生活上でどんな悩みがあり、どう対処しているのか。自分や家族、友人がなったときにもきっと役に立つはずだ。
「下腹が少し出ているけど、便秘のせいかな」
「少し食べるとお腹がすぐ一杯になるのは、アラサーだからかなぁ」
WEBデザインや広告の制作会社に勤務していたふじあこさん(仮名・当時27)が、当初おぼえた違和感はごくささいなものだった。
しかし、下腹部の硬いしこりに触れたときにマズイと思い、自宅近くの消化器内科医院に行った。2019年3月、入社7年目のこと。精密検査を勧められて大学病院で4月に検査手術を受けると、卵巣がんで大腸への一部転移も見つかった。あっという間の展開だった。
「それまでは徹夜明けで出社してもぜんぜん平気で、食欲も旺盛でした。私は体が強いんだと思い込んでいたので、ショックでしたね」(ふじあこさん)
卵巣や子宮体がんは、早期の段階では往々にして自覚症状がとぼしく、違和感をおぼえた時点では病状が進行していることが多い。卵巣と子宮の摘出を伝えられた彼女の絶望は大きかった。
しかも手術前に、がんが大きくて腸との癒着部分が多ければ、人工肛門の増設も同時に行う可能性があると、医師から同意書へのサインを求められた。
人工肛門(ストーマ)とは、腸の一部を切り、皮膚に穴を空けて体外に出し、プラスチック製のストーマ袋とつなげて排便する仕組み。腸の途中で排便するので肛門は使わなくなる。ふじあこさんは当時を回想する。
「『自分の意思で排便できないなんて絶対に嫌だ』と思いました。一方で、手術前は腹水が約1リットル以上もたまり、病院食をとるのもつらかったんです。その苦しみから解放されたいという思いが、人工肛門の不安よりも切実でした」
ふるえる右手で彼女は同意書に署名した。
筆者がふじあこさんを初めて見たのは、ヒダノマナミさん(前回記事で紹介)のYouTube動画にゲスト出演していたときだ。
ヒマワリみたいな笑顔で、排泄物をためるストーマ袋にかわいい柄のカバーや(冒頭写真)、温泉入浴用の肌色カバーを重ねてみせるなど、人工肛門ライフについて説明する姿に面くらった。あらゆる悩みや悲しみをくぐり抜けてきただろうその果ての、突き抜けたほがらかさに圧倒された。
ところが話を聞くと、少女時代は悲観的な性格だったという。
「小学校の頃はぽっちゃりしていて、心ない言葉を周りから浴びせられたせいで、ずっと『私は嫌われる人間だ』と思っていました。友達は数人いましたが、『私と話していてもつまらないだろうなぁ』と、つねに考えていましたし……」
自分を変えようと決意したのは高校時代後半。仕事が厳しいと評判のカラオケ店でバイトをしたり、大学入学後は1年間休学して旅館に住み込みで働いたりした。自己肯定感が低くて「他人に迷惑をかける!」と考えてしまい、人と協力して何かをするのが苦手な自分を、接客業で頑張ることで変えたかった。
「3年生で就活を始めて、会社説明会で大勢のライバルたちを目の当たりにして、これじゃあ頭も学歴もよくない自分は埋もれてしまい、面接担当者に私個人を見てもらえないと直感しました」(ふじあこさん)
打開策は、志望する会社でインターンシップとして働き、自分の仕事ぶりを実際に見てもらうこと。その結果、念願のWEBデザインの制作会社で正社員の座をつかんだ。悲観的だからこそ積極的になれた末の成功体験だ。
手術後に話を戻すと、彼女は人工肛門になった。ストーマ袋に一定量がたまれば自分で中身をトイレに捨てる。ふじあこさんの場合、大体4日程度で新しい袋に交換する。排便の量や状態も個人差があり、メーカーによって毎日交換するものから、1週間程度のものまであるといわれる。
術後の彼女はさんざん泣き暮らしてから、ある日ふと「このままじゃ、何も変わらない」と悟ったときに、かつての経験が生かせた。
「いい意味でも悪い意味でも、『もう、どうでもいいや』って思ったんです。気持ちが吹っ切れると、同じ病気の人や、人工肛門になるかもしれないと怖がっている人たちに、私の経験を伝えることで何か役に立てるんじゃないかって」
彼女はネットで多くのがん闘病記を読み、気分が何度も落ち込んだ経験から、もっとさらりと読める表現として漫画を思いついた。悲観的だった少女時代は1人で本を読んだり、4コマのギャグ漫画を描いたりして、空想の世界で遊ぶことが好きだった。多少は腕に覚えもあった。
「あこにっき」2019年11月29日【人工肛門】冬のタイツ替わり から一部転載
柔らかな筆致の「あこにっき 治療経過発信ブログ」を始めて、つらい体験もクスッと笑えるネタにすることで、自分を取り巻く厳しい現実にも、一定の距離をおいて冷静に向き合えるようになっていく。
「病気と向き合うことに精一杯で、他人の目を気にしているヒマがなくなった分、自分のことを大切にできるようになりました」と、彼女は語る。
それでも時々モヤモヤする気持ちの整理に役立ったのが、職場で学んだ問題解決法。上司から教わった「なぜ?」を反復して自問自答することだ。
「人工肛門になった当初は、つらいことしか思い浮かびませんでした。ですが、その気持ちから抜け出すために、『なぜ?』と自分に問いながら、現状と課題と解決策を全部書き出してみたんです」(ふじあこさん)
書き終えると、今度は自分で対策ができることと、できないことに分けてみた。すると、対策ができないことは意外となかった。当初は嫌で仕方なかった人工肛門も、実際に使ってみると複数の利点がわかったと話す。
「以前は便秘がちで、トイレで10分間も力んだりしていましたが、今は気づいたら排便は終わっています。便秘とはサヨナラして、もう力むこともないから痔の心配もない。むしろ通勤中でも、テレビを観ながらでも、このインタビュー中でも誰にも気づかれずにできます。だから、すっごく時短になるんですよ」
Zoomごしに笑顔でそう説明する彼女には、返す言葉が見つからなかった。
ふじあこさんの漫画「卵巣がん、辛い気持ちの抜け出し方」(「あこにっき」2020年1月13日)。そこで母親から「あんたが生きてるだけで嬉しいよ」と言われたと、彼女は描いている。
「同年4月に職場復帰したときも同僚から喜んで迎えてもらい、周りから意外と大切にされている自分に気づけました」と今回話してくれた。
一連の発見が、「生きてるだけで幸せだったんだ」「そう考えると今、生きるために頑張っている 自分の身体が好きになった」という漫画上のコメントにつながった。右腕に点滴がつながれた彼女の立ち姿が、ふいに凛々(りり)しく見えてくる。
「病気になって、メンタルはめちゃ強くなったと思います」ふじあこさんは今回の取材でそう言い切った。物心がついた頃から、怖くて仕方なかった注射も、針が刺さる瞬間に目をそらさないようにすれば、少しもドキドキしないとわかった。以前なら恥ずかしかったオナラも、人工肛門にした後は自分でどうすることもできないので、やがて気にならなくなった。一喜一憂しても仕方ないからだ。怖さや恥ずかしさの根っこをたどれば、大半は自分の考え方1つだった。2020年6月7日の「あこにっき」の表題は、「がんになって不安になったこと:結婚できる?」。結婚しても子どもは産めないし、裸になったら傷跡は酷いし、オストメイト(人工肛門や膀胱を利用している人の総称)で腸は出てるし……と、漫画の前半は悲観的な感情がつづく。ところが、後半では彼女のきっぱりとした自己肯定へ一転する。「卵巣がんの患者会に参加した際、皆さんが一番悩まれていたのが恋愛や結婚のことでした。ですから、私なりに整理した気持ちを描いておけば、誰かの役に立つかもしれないと思いました」(ふじあこさん)最後にはギャグっぽいコマでバランスをとる彼女のブログの読者は、同じ病を患う人が多かった。ちょうど職場復帰を果たして1人暮らしを再開する中で、病気以外では「私は何も変わっていない」と実感できたという。病気や障がいをマイナスととらえる人もいれば、そうとらえない人もいる。だから私と過ごした時間をどうとらえるかも相手次第だと描いて、漫画はこう終わる。相手次第なら私はネガティブに考える必要はない変わらず堂々と生きようと思う結局、こんな私じゃダメかも…と自分のことを一番差別していたのは自分だったのかもしれない‥ 「『変わらず堂々と生きようと思う』だけだと、『きれいごとを言うなよ』とか、なんか偉そうに見えるかもしれないと思って、ギャグっぽいコマを最後に加えました。バランスをとりたかったんです。もし、『ただの自分語りじゃん!』と批判されても、私1人がけなされる分には誰も傷つけませんし」(ふじあこさん)彼女がたどり着いた再発見は今、病気の有無をこえて、わたしやあなたの心の奥のやわらかいところにしっかりと響く。この連載の一覧はこちら(荒川 龍 : ルポライター)
「病気になって、メンタルはめちゃ強くなったと思います」
ふじあこさんは今回の取材でそう言い切った。
物心がついた頃から、怖くて仕方なかった注射も、針が刺さる瞬間に目をそらさないようにすれば、少しもドキドキしないとわかった。
以前なら恥ずかしかったオナラも、人工肛門にした後は自分でどうすることもできないので、やがて気にならなくなった。一喜一憂しても仕方ないからだ。怖さや恥ずかしさの根っこをたどれば、大半は自分の考え方1つだった。
2020年6月7日の「あこにっき」の表題は、「がんになって不安になったこと:結婚できる?」。結婚しても子どもは産めないし、裸になったら傷跡は酷いし、オストメイト(人工肛門や膀胱を利用している人の総称)で腸は出てるし……と、漫画の前半は悲観的な感情がつづく。
ところが、後半では彼女のきっぱりとした自己肯定へ一転する。
「卵巣がんの患者会に参加した際、皆さんが一番悩まれていたのが恋愛や結婚のことでした。ですから、私なりに整理した気持ちを描いておけば、誰かの役に立つかもしれないと思いました」(ふじあこさん)
彼女のブログの読者は、同じ病を患う人が多かった。ちょうど職場復帰を果たして1人暮らしを再開する中で、病気以外では「私は何も変わっていない」と実感できたという。
病気や障がいをマイナスととらえる人もいれば、そうとらえない人もいる。だから私と過ごした時間をどうとらえるかも相手次第だと描いて、漫画はこう終わる。
相手次第なら私はネガティブに考える必要はない変わらず堂々と生きようと思う結局、こんな私じゃダメかも…と自分のことを一番差別していたのは自分だったのかもしれない‥
「『変わらず堂々と生きようと思う』だけだと、『きれいごとを言うなよ』とか、なんか偉そうに見えるかもしれないと思って、ギャグっぽいコマを最後に加えました。バランスをとりたかったんです。もし、『ただの自分語りじゃん!』と批判されても、私1人がけなされる分には誰も傷つけませんし」(ふじあこさん)彼女がたどり着いた再発見は今、病気の有無をこえて、わたしやあなたの心の奥のやわらかいところにしっかりと響く。この連載の一覧はこちら(荒川 龍 : ルポライター)
「『変わらず堂々と生きようと思う』だけだと、『きれいごとを言うなよ』とか、なんか偉そうに見えるかもしれないと思って、ギャグっぽいコマを最後に加えました。バランスをとりたかったんです。もし、『ただの自分語りじゃん!』と批判されても、私1人がけなされる分には誰も傷つけませんし」(ふじあこさん)彼女がたどり着いた再発見は今、病気の有無をこえて、わたしやあなたの心の奥のやわらかいところにしっかりと響く。この連載の一覧はこちら(荒川 龍 : ルポライター)
「『変わらず堂々と生きようと思う』だけだと、『きれいごとを言うなよ』とか、なんか偉そうに見えるかもしれないと思って、ギャグっぽいコマを最後に加えました。バランスをとりたかったんです。もし、『ただの自分語りじゃん!』と批判されても、私1人がけなされる分には誰も傷つけませんし」(ふじあこさん)
彼女がたどり着いた再発見は今、病気の有無をこえて、わたしやあなたの心の奥のやわらかいところにしっかりと響く。
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