いま全国の大学で、大学の根幹である教育と研究、大学の自治、コンプライアンスなどが危機に瀕している。いったい何が起こっているのか――。京都大学の問題に続き、『ルポ 大学崩壊』(ちくま新書)より山形大学で起きている異変についてお届けする。
「誰が選んだ このコピー ボケが 遅くて使えん」
「マジックくらい買っとけ《役立たず》」
大学の研究室に乱暴な言葉が書き殴られた貼り紙があったことが、2017年11月に各メディアで報じられた。山形大学の教授によるパワハラの証拠だった。
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山形大学が山形県飯豊町に設置した最先端の研究施設「山形大学 x EV飯豊研究センター」では、2017 年3月から5月にかけて、3人の職員がセンター長の教授からパワハラを受けたとして退職した。そのうちの一人の職員は、前年に被害を大学に相談したことで、4年間勤務していたにもかかわらず不自然に雇い止めされていた。雇い止めされた職員から相談を受けた山形大学教職員組合は、事案の重大性を考慮して、水面下で大学の工学部長と交渉してきたが、大学側は認めようとしなかった。このため、山形大学教職員組合がパワハラについて記者会見し、証拠の貼り紙を公開したのだ。「ジジイ」「偏差値四〇」反響が大きかったためか、山形大学ではパワハラの実態について調査する特別対策委員会が立ち上がった。その後、第三者も加えて設立された調査委員会が、翌2018年6月にセンター長によるパワハラを認定した。認定した内容の一部を引用する。当該教員の行為は、責任者たる地位を背景として、その業務の適正な範囲を超えて、職員に精神的な苦痛を与え又は職場環境を悪化させるものとして、パワー・ハラスメントに当たるものと認定した。・取引先の前で、職員Aを「ジジイ」、職員Bを「偏差値四〇」と、他の職員を「おばさん」「馬鹿」「小学生以下」と呼び、職員の名誉を毀損又は職員を侮辱した行為・職員Aを、平成二九年二月頃に至る前から殊更無視した行為(中略)・職員Aに、「誰が選んだこのコピー ボケが 遅くて使えん」と、事務担当に「マジックくらい買っとけ《役立たず》」と、威圧的で感情に走りすぎた貼り紙をした行為(山形大学学長定例記者会見資料、2018年6月21日) 調査委員会がパワハラと認めた内容以外にも、多くの職員がパワハラ被害を受けたとみられている。処分内容があまりに軽すぎるセンター長が女性職員にハサミを投げつけたという情報もあれば、退職する職員に対して、退職による損失を補するよう脅し、高額な寄附金を納めるよう強要した事案も組合では把握していた。パワハラを受けたことが主な理由で退職した教職員は、10人前後にのぼる可能性があった。パワハラの舞台となったセンターは、2016年に開設されたリチウムイオン電池の研究開発拠点で、大手メーカーの工場撤退を受けて飯豊町が跡地利用を公募し、山形大学が提案した。開設の総事業費15億円のうち、7億円を町が負担した。開設と同時に就任したのが問題のセンター長だった。このセンター長はもともと民間企業に勤務し、機能性電解液の研究の第一人者と言われ、2011年から山形大学工学部の教授に就任していた。 センターでの共同研究では企業からも資金が入っていて、センター長は大学から重宝されていたのかもしれない。ただ、センターの教授は一人だけで、大学のキャンパスと離れていたため、他の教員の目が届かない状況にあった。問題発覚後、学内からは「人材をパワハラで潰すのなら、センターは大学の一機関ではなく、株式会社にでもすべきだろう」との声も聞こえた。しかし、その後の大学の対応は不可解なものだった。調査結果が出た1ヵ月後の2018年7月、センター長の懲戒処分が発表された。処分は「約1万円の減給」というもので、あまりの軽さに学内からは批判が噴出した。単なるハラスメントとして矮小化当時の小山清人学長は8月の定例会見で処分の根拠を問われたのに対し、「うまく説明するのは難しい」と明言を避けた。山形大学の懲戒処分の基準にはパワハラについての規定がなく、セクハラの規定を準用することになっていた。「職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いた行為は、懲戒解雇、諭旨解雇または停職」とする規定から考えれば、停職以上の処分が妥当だった。ところが大学の処分理由は、「大学教員として著しく品格と適性を欠いたハラスメント行為」と、パワハラを単なるハラスメント行為にすり替えていた。組合は「パワハラも雇い止めもなかったことにしようという、卑劣で、姑息でいかがわしい態度」と痛烈に批判し、雇い止めされた職員に謝罪と補償を行うことなどを求めた。それでも山形大学はこの問題を、約1万円の減給処分だけで終わらせたのだ。この問題は大きな影を落とした。その後、山形大学は2021年3月末でセンターの管理運営から撤退している。 「山形大学にはパワハラを防止することや、対応を見直すような自浄能力はない」と、学内の多くの教職員が思ったことだろう。そして、「約1万円の減給」処分から2年後、山形大学ではさらに衝撃的な事件が発生する。山形大学で起きている事件は、壮絶なパワハラだけではなかった。続編記事『研究施設から不審火…その後自ら命を絶った山形大学職員が「放火未遂」で書類送検されるまで』で明らかにする。
山形大学が山形県飯豊町に設置した最先端の研究施設「山形大学 x EV飯豊研究センター」では、2017 年3月から5月にかけて、3人の職員がセンター長の教授からパワハラを受けたとして退職した。
そのうちの一人の職員は、前年に被害を大学に相談したことで、4年間勤務していたにもかかわらず不自然に雇い止めされていた。
雇い止めされた職員から相談を受けた山形大学教職員組合は、事案の重大性を考慮して、水面下で大学の工学部長と交渉してきたが、大学側は認めようとしなかった。このため、山形大学教職員組合がパワハラについて記者会見し、証拠の貼り紙を公開したのだ。
反響が大きかったためか、山形大学ではパワハラの実態について調査する特別対策委員会が立ち上がった。その後、第三者も加えて設立された調査委員会が、翌2018年6月にセンター長によるパワハラを認定した。認定した内容の一部を引用する。
当該教員の行為は、責任者たる地位を背景として、その業務の適正な範囲を超えて、職員に精神的な苦痛を与え又は職場環境を悪化させるものとして、パワー・ハラスメントに当たるものと認定した。・取引先の前で、職員Aを「ジジイ」、職員Bを「偏差値四〇」と、他の職員を「おばさん」「馬鹿」「小学生以下」と呼び、職員の名誉を毀損又は職員を侮辱した行為・職員Aを、平成二九年二月頃に至る前から殊更無視した行為(中略)・職員Aに、「誰が選んだこのコピー ボケが 遅くて使えん」と、事務担当に「マジックくらい買っとけ《役立たず》」と、威圧的で感情に走りすぎた貼り紙をした行為(山形大学学長定例記者会見資料、2018年6月21日)
調査委員会がパワハラと認めた内容以外にも、多くの職員がパワハラ被害を受けたとみられている。処分内容があまりに軽すぎるセンター長が女性職員にハサミを投げつけたという情報もあれば、退職する職員に対して、退職による損失を補するよう脅し、高額な寄附金を納めるよう強要した事案も組合では把握していた。パワハラを受けたことが主な理由で退職した教職員は、10人前後にのぼる可能性があった。パワハラの舞台となったセンターは、2016年に開設されたリチウムイオン電池の研究開発拠点で、大手メーカーの工場撤退を受けて飯豊町が跡地利用を公募し、山形大学が提案した。開設の総事業費15億円のうち、7億円を町が負担した。開設と同時に就任したのが問題のセンター長だった。このセンター長はもともと民間企業に勤務し、機能性電解液の研究の第一人者と言われ、2011年から山形大学工学部の教授に就任していた。 センターでの共同研究では企業からも資金が入っていて、センター長は大学から重宝されていたのかもしれない。ただ、センターの教授は一人だけで、大学のキャンパスと離れていたため、他の教員の目が届かない状況にあった。問題発覚後、学内からは「人材をパワハラで潰すのなら、センターは大学の一機関ではなく、株式会社にでもすべきだろう」との声も聞こえた。しかし、その後の大学の対応は不可解なものだった。調査結果が出た1ヵ月後の2018年7月、センター長の懲戒処分が発表された。処分は「約1万円の減給」というもので、あまりの軽さに学内からは批判が噴出した。単なるハラスメントとして矮小化当時の小山清人学長は8月の定例会見で処分の根拠を問われたのに対し、「うまく説明するのは難しい」と明言を避けた。山形大学の懲戒処分の基準にはパワハラについての規定がなく、セクハラの規定を準用することになっていた。「職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いた行為は、懲戒解雇、諭旨解雇または停職」とする規定から考えれば、停職以上の処分が妥当だった。ところが大学の処分理由は、「大学教員として著しく品格と適性を欠いたハラスメント行為」と、パワハラを単なるハラスメント行為にすり替えていた。組合は「パワハラも雇い止めもなかったことにしようという、卑劣で、姑息でいかがわしい態度」と痛烈に批判し、雇い止めされた職員に謝罪と補償を行うことなどを求めた。それでも山形大学はこの問題を、約1万円の減給処分だけで終わらせたのだ。この問題は大きな影を落とした。その後、山形大学は2021年3月末でセンターの管理運営から撤退している。 「山形大学にはパワハラを防止することや、対応を見直すような自浄能力はない」と、学内の多くの教職員が思ったことだろう。そして、「約1万円の減給」処分から2年後、山形大学ではさらに衝撃的な事件が発生する。山形大学で起きている事件は、壮絶なパワハラだけではなかった。続編記事『研究施設から不審火…その後自ら命を絶った山形大学職員が「放火未遂」で書類送検されるまで』で明らかにする。
調査委員会がパワハラと認めた内容以外にも、多くの職員がパワハラ被害を受けたとみられている。
センター長が女性職員にハサミを投げつけたという情報もあれば、退職する職員に対して、退職による損失を補するよう脅し、高額な寄附金を納めるよう強要した事案も組合では把握していた。パワハラを受けたことが主な理由で退職した教職員は、10人前後にのぼる可能性があった。
パワハラの舞台となったセンターは、2016年に開設されたリチウムイオン電池の研究開発拠点で、大手メーカーの工場撤退を受けて飯豊町が跡地利用を公募し、山形大学が提案した。開設の総事業費15億円のうち、7億円を町が負担した。
開設と同時に就任したのが問題のセンター長だった。このセンター長はもともと民間企業に勤務し、機能性電解液の研究の第一人者と言われ、2011年から山形大学工学部の教授に就任していた。
センターでの共同研究では企業からも資金が入っていて、センター長は大学から重宝されていたのかもしれない。ただ、センターの教授は一人だけで、大学のキャンパスと離れていたため、他の教員の目が届かない状況にあった。問題発覚後、学内からは「人材をパワハラで潰すのなら、センターは大学の一機関ではなく、株式会社にでもすべきだろう」との声も聞こえた。しかし、その後の大学の対応は不可解なものだった。調査結果が出た1ヵ月後の2018年7月、センター長の懲戒処分が発表された。処分は「約1万円の減給」というもので、あまりの軽さに学内からは批判が噴出した。単なるハラスメントとして矮小化当時の小山清人学長は8月の定例会見で処分の根拠を問われたのに対し、「うまく説明するのは難しい」と明言を避けた。山形大学の懲戒処分の基準にはパワハラについての規定がなく、セクハラの規定を準用することになっていた。「職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いた行為は、懲戒解雇、諭旨解雇または停職」とする規定から考えれば、停職以上の処分が妥当だった。ところが大学の処分理由は、「大学教員として著しく品格と適性を欠いたハラスメント行為」と、パワハラを単なるハラスメント行為にすり替えていた。組合は「パワハラも雇い止めもなかったことにしようという、卑劣で、姑息でいかがわしい態度」と痛烈に批判し、雇い止めされた職員に謝罪と補償を行うことなどを求めた。それでも山形大学はこの問題を、約1万円の減給処分だけで終わらせたのだ。この問題は大きな影を落とした。その後、山形大学は2021年3月末でセンターの管理運営から撤退している。 「山形大学にはパワハラを防止することや、対応を見直すような自浄能力はない」と、学内の多くの教職員が思ったことだろう。そして、「約1万円の減給」処分から2年後、山形大学ではさらに衝撃的な事件が発生する。山形大学で起きている事件は、壮絶なパワハラだけではなかった。続編記事『研究施設から不審火…その後自ら命を絶った山形大学職員が「放火未遂」で書類送検されるまで』で明らかにする。
センターでの共同研究では企業からも資金が入っていて、センター長は大学から重宝されていたのかもしれない。ただ、センターの教授は一人だけで、大学のキャンパスと離れていたため、他の教員の目が届かない状況にあった。
問題発覚後、学内からは「人材をパワハラで潰すのなら、センターは大学の一機関ではなく、株式会社にでもすべきだろう」との声も聞こえた。
しかし、その後の大学の対応は不可解なものだった。調査結果が出た1ヵ月後の2018年7月、センター長の懲戒処分が発表された。処分は「約1万円の減給」というもので、あまりの軽さに学内からは批判が噴出した。
当時の小山清人学長は8月の定例会見で処分の根拠を問われたのに対し、「うまく説明するのは難しい」と明言を避けた。
山形大学の懲戒処分の基準にはパワハラについての規定がなく、セクハラの規定を準用することになっていた。「職場における上司・部下等の関係に基づく影響力を用いた行為は、懲戒解雇、諭旨解雇または停職」とする規定から考えれば、停職以上の処分が妥当だった。
ところが大学の処分理由は、「大学教員として著しく品格と適性を欠いたハラスメント行為」と、パワハラを単なるハラスメント行為にすり替えていた。組合は「パワハラも雇い止めもなかったことにしようという、卑劣で、姑息でいかがわしい態度」と痛烈に批判し、雇い止めされた職員に謝罪と補償を行うことなどを求めた。
それでも山形大学はこの問題を、約1万円の減給処分だけで終わらせたのだ。
この問題は大きな影を落とした。その後、山形大学は2021年3月末でセンターの管理運営から撤退している。
「山形大学にはパワハラを防止することや、対応を見直すような自浄能力はない」と、学内の多くの教職員が思ったことだろう。そして、「約1万円の減給」処分から2年後、山形大学ではさらに衝撃的な事件が発生する。山形大学で起きている事件は、壮絶なパワハラだけではなかった。続編記事『研究施設から不審火…その後自ら命を絶った山形大学職員が「放火未遂」で書類送検されるまで』で明らかにする。
「山形大学にはパワハラを防止することや、対応を見直すような自浄能力はない」と、学内の多くの教職員が思ったことだろう。そして、「約1万円の減給」処分から2年後、山形大学ではさらに衝撃的な事件が発生する。
山形大学で起きている事件は、壮絶なパワハラだけではなかった。続編記事『研究施設から不審火…その後自ら命を絶った山形大学職員が「放火未遂」で書類送検されるまで』で明らかにする。