職場の派遣女子に熱を上げたら「地獄でしたね」 42歳不倫夫が1日で味わった“2つの修羅場”

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不倫がバレて離婚騒動となるのは、それほど珍しい話ではない。その後、不倫相手と別れて夫婦関係を再構築しようとするも失敗、あっさり離婚成立となることもあれば、すべてが滞って泥沼不倫に泥沼離婚が重なって身動きがとれなくなってしまうこともある。
直近2021年では、全国で18万4,384件の離婚が成立した。そのうち、いわゆる離婚裁判で成立したのは4,689件。割合にしてだいたい2.5%だ(参考:人口動態統計)。
一般論として、話し合いで解決しなかったために裁判に至るわけだから、そこに至るには大なり小なりの“修羅場”がある。男女問題を30年近く取材してきた『不倫の恋で苦しむ男たち』などの著作があるライターの亀山早苗氏が今回取材したのは、修羅場を重ね、問題がこじれにこじれたケースだ。
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【写真を見る】「夫が19歳女子大生と外泊報道」で離婚した女優、離婚の際「僕の財産は全部捧げる」と財産贈与した歌手など【「熟年離婚」した芸能人11人】 川中優也さん(42歳・仮名=以下同)は、この3年半、不倫と離婚が重なって「ドツボにはまったような日々」を送っているという。いろいろなものを引きずりながら生きている感覚が強く、精神的に早くすっきりしたいと思いながらも整理しきれずにいると語る。会うと確かに顔色があまりよくないし、表情に精彩がなかった。それでも一時期よりはマシになったんですと少しだけ笑った。 優也さんが結婚したのは29歳のとき。相手は同じ会社の2年後輩である美希子さんだった。「社内に写真サークルがあって、僕も彼女もそこに所属していたんです。僕も写真好きですが、美希子は高校時代から写真部にいたとかで、カメラにも詳しかった。お父さんの影響みたいですね。ごくごく普通の女性だったし、そこがよかった。だから結婚前提でつきあい、1年ほどで決めました。社内恋愛だったからずるずるつきあう気はなかったんです」 30歳のときに長男が、33歳のときに長女が産まれた。妻は第二子を出産したあと退職したが、パソコンにも詳しかったので、家でできる仕事をしながら家計を助けてくれた。「生活力があるんですよね、彼女。どんなときにもきちんと自分で稼いでいた。もちろん子どものめんどうを見ながら稼げる額は知れてますが、もしフルタイムでしっかり働いていたら僕よりずっと出世したかもしれない」 ただ、美希子さんは仕事より子どもを選んだ。はっきりと自分でもそう言った。だから子育てに明け暮れているときも、愚痴や文句を口にはしなかった。「むしろ、あなたは子どもがつかまり立ちしたときも、最初の一歩を踏み出したときもリアルタイムで見られなかったのよね、かわいそうだと思うと言っていました。言われてみればそうだよなあ、せっかく子どもが産まれたのに日々、成長していく姿をずっと見ているわけにはいかないのが男親なんだなあと思ったりしていました」 何もかもうまくいっていた。優也さんは「家庭は家庭、外で恋愛したい」と思うタイプではなかったし、社内で不倫の噂を聞いても、そんなめんどうなことをよくやる気になるなあと客観的に引いてしまうところがあった。 それなのに、何かが落ちてきたのだ。不意に頭の上に。それが5年前、長男が小学校に入学したころだった。長年の取材の経験でいえば、子どもが成長して一段落したときが、男女ともに不倫に陥りやすい時期である。まだ子育ては続くが、ほんの少しホッとするころなのだろう。そこに恋心がつけ込んでくるものなのだ。「声が聞きたい」 出会いは身近にあった。優也さんの職場にやってきた派遣の絵梨さんだ。一回り年下の絵梨さんを見たとき、彼は中学生のとき好きだった担任教師を思い出したという。雰囲気が似ていた。そしてなにより彼女の声に魅了された。「少し高めなんですが、キンキン響く声ではなく、ふっくらと柔らかく、何もかも包み込むような声。彼女の声を聞いて、自分が案外、声フェチなんだと気づきました。中学時代の担任の先生が好きだったのも声から入ったと思い出したんです」 こんなことをいうと不埒ですがと断って、彼は当時の本音を白状した。彼女の声を聞いたとき、「この安定感のある声が乱れるところが聞きたいと思ってしまった」のだそう。彼の欲望の根源に、彼女の声が突き刺さったのだろう。 無意識のうちに彼女に親切になった。徐々に近づき、食事に誘った。半年後、彼は思いを遂げることができた。彼女のその時の声は、優也さんの欲望の火に油を注ぐようなものだった。「彼女は高校時代に年の離れた兄を亡くしていると泣きました。『優也さんを見ていると兄を思い出すの。もちろん兄とは違うし、兄よりずっと素敵だけど、どこか雰囲気が似ているというか』と言ってくれました。今思えば、お互い相手に幻想を抱いていたのかもしれません」妻への”ねじれた怒り” 幻想を抱いていたからこそ、恋が燃え上がってしまった。「もっと一緒にいたい」と彼女にささやかれて、優也さんは彼女のひとり暮らしの部屋に入り浸るようになった。最初は残業だつきあいだと言い訳をしたが、ずっと続けば妻の美希子さんが何かを感じないはずがない。「それでもしっかり者の美希子は、精神的にブレることもなく生活しているように見えました。僕はそれまでほぼ全額、妻に給料を渡していたんですが、絵梨との付き合いに使いたくていきなり減らしました。会社の業績が悪くなって給料が減ったと言って。美希子はもちろん不審そうでしたが『大丈夫? このところ何かヘンよ。体調が悪いなら無理しないで』と。本当は僕の言動がおかしいと浮気を疑っていたはずです。でもそれを匂わせない。僕としてはそこが妙にイラついたんです。怪しいなら怪しい、浮気してるんでしょと責められたほうが気が楽だった。いい子ぶってる、いい母ぶってると、美希子に不当な怒りを持つようになったんです」 まったくもって論外な言い分なのだが、引け目があるがゆえのねじれた怒りなのだろう。不倫をしていながら、そこを突いてこない妻に怒りをもつ男性は少なからずいる。そのころ彼は週の半分は絵梨さんの部屋に泊まっていた。徐々に荷物も増えていった。「1年くらいそんな生活をしていましたね。ある晩、絵梨が熱を出して寝込んでいたので、おかゆを作ったりしながら一緒にいたら、いきなり妻がやってきた。チャイムが鳴ったので、ドアホンで見たら妻が立っていた。あれほど“いい子”ぶっていた妻が、ドアの外で絵梨と僕の名前を呼びながら『あんたたち、ふざけるんじゃないわよ』と怒鳴っている。どうしたらいいのと絵梨は怯えていました。いないふりをしていたけど、美希子がバンバンドアを叩き始めた。別の部屋の人が声をかけているのも聞こえてくる。妻がこんな行動に出るとは思わなかったのでビビりましたね」そして修羅場が… ついには「警察呼びますか」という近所の声まで聞こえてきたので、優也さんは意を決してドアを開けた。美希子さんはまっすぐに彼を見た。その目に言いようのない怒りと悲しみをたたえているのが彼にはわかった。だがどうしようもなかった。「美希子は僕の脇をすり抜けて絵梨に向かってグーパンチを繰り出したんです。絵梨は吹っ飛ぶようにうずくまった。鼻血が噴きだしたので、思わず何をするんだと妻を平手打ちしてしまいました。妻は『あんたもその女もぶっ殺してやる』とドスのきいた声で言うと、ドアを開けて出て行った。近所の人が救急車と警察に連絡したらしい。僕は絵梨につきそって救急車に乗り、病院に行きました」 絵梨さんのケガはたいしたことはなかったが、精神的なショックが大きく動揺も激しかったため、その日は入院することになった。優也さんは警察で事情を聞かれ、深夜、やっと解放された。そのとたん、今度は美希子さんのことが心配になって自宅に戻った。「リビングが真っ暗だったので電気をつけると、美希子はひとり、ソファに座っていました。振り返って僕を見つめると、『お帰り。何か食べる?』と。さっきのことがなかったかのように振る舞おうとしている。『ごめん』とつぶやくと、『信頼していたのに。何があっても、いつか戻ってきてくれると思ってたのに。給料が減ったとか嘘までついて』と苦しそうに言うんです。絵梨に向かって拳を振り上げた妻と同じ人物とは思えないほど、意気消沈していました。僕は、『ごめん』としか言えなかった」 それでもどこか現実感がなかった気がすると、彼は当時を振り返る。恋に浮かされて、どこか頭のネジが緩んでいたんだと思うとも言った。 優也さんが黙って突っ立っていると、美希子さんが「ねえ、出て行ってくれないかな。もう無理だから」と虚ろな目を向けた。「わかったと言うしかない。身の回りのものをキャリーバッグに詰めて玄関を出ようとしたら、離婚届を手渡されました。もうすでに妻は用意していたんですね、サインもしてありました。それを見たら僕はひどく動揺してしまった。『離婚はしないからな』と叫んで離婚届をビリビリに破いて家を出ました」絵梨さんの部屋の前に立っていたのは――もうひとつの修羅場 行くところは絵梨さんの自宅しかない。絵梨さんの部屋にたどり着くと、優也さんと同世代の男性がドアの前に立っていた。「ここ、絵梨の家ですよねと彼は言いました。そうですけどと答えると『あなたは?』と。そう言うあなたはと問うと、『絵梨の婚約者です』って。なんと、絵梨には遠距離恋愛をしている恋人がいたんです。絵梨とは高校の先輩後輩で、つきあって7年になる。ここ2年、彼は海外にいて、今日帰ってきたところだと。空港に迎えに来てくれるはずの絵梨が、熱を出して寝ているというので心配になって来てみた、と言うんです。あなたは誰なんだと聞かれて、思わず『いとこなんです。僕も海外から帰ってきたばかりで、家が遠いので絵梨のところに泊めてもらおうと思って来たところ』と答えました。彼女はどこに行ったんだと言われて、僕もわからない、鍵は玄関脇のメーターボックスに入れておくから使っていいと言われたと、もうはちゃめちゃな言い訳をしました」 彼は絵梨さんの携帯に連絡をとろうとしているようだったが、彼女の携帯の電源は切って、絵梨さんの病室の枕元に置いてきたから連絡はとれない。だがそれを優也さんが彼に言うわけにはいかなかった。「彼は明らかに疑っているようでしたが、車で来ているのでとにかくいったん帰りますと去っていきました。とりあえず近場のホテルに泊まって、これからどうしようと考えているうちに、疲れて寝込んでしまった。目が覚めると朝でした。会社に行くしかなかった。人間ってどういうときでもふだんと同じような動きをしてしまうんですね」 昼頃、絵梨さんから退院して自宅にいると連絡があった。定時で上がって部屋に行こうとすると、絵梨さんから『今日はひとりでゆっくりしたい』とメッセージが届いた。あの男と一緒にいるに違いないと、優也さんは頭に血が上ったという。「絵梨の部屋に、今度は僕が突入しました。案の定、彼と一緒だった。彼が驚いているのを横目に、僕は『絵梨とつきあっている。手を引いてほしい』と言いました。『あなた、既婚者じゃないんですか』と言われ、『既婚だろうが何だろうが、オレは絵梨とは別れない。絵梨のことが好きなんだ』と叫びました。そしてそのまま部屋を飛び出し、今度は自宅に戻って、美希子に『離婚したくない』と泣いてすがった。もはや自分でも何をしているのかわかりませんでした」 美希子さんは悲しげに首を振り、「もう無理よ」とだけ言ったという。それでも優也さんは、その後も絵梨さんと美希子さんの間を行ったり来たりしていた。絵梨さんとささやかに暮らしていければ… 絵梨さんが被害届を出さず、ことが大きくなるのを嫌がったため、美希子さんの件が事件沙汰になることはなかったが、真相を知った絵梨さんの婚約者は激怒した。婚約破棄した上に、優也さんに慰謝料を請求するとまで言い出した。 しばらく膠着状態が続いた。口々に「訴えてやる」と言いながらも、誰も動き出さない。優也さんだけが女性ふたりのところを出たり入ったりしていたが、最初に動き出したのは美希子さんだった。「数日ぶりに家に戻ったら、もぬけのカラでした。美希子が子どもたちを連れて実家に戻ったようです。キッチンのガス台の上に離婚届が置いてありました。あとは弁護士と連絡をとってほしいとメモもあった。数日後には、絵梨のところに弁護士から慰謝料請求が来たそうです」 こうなるとことは一気に展開していく。絵梨さんは婚約者に訴えられ、婚約者から優也さんに慰謝料請求がきた。「あげく、妻から会社にも連絡が行ったようで、絵梨は派遣切りされました。僕も社内の風紀を乱したと叱責され、暗に退職を求められた。そうなったらもういられないですよね。自己都合で退職すれば退職金は出ると言われて、退職届を出しました」 一文無しになっても、絵梨さんがいる。ふたりでささやかに暮らしていければそれでいい。優也さんはそう思っていた。ところが絵梨さんのところにいってみると、絵梨さんの部屋は開かなかった。連絡もとれない。「その後、絵梨からメールが来たんです。実家に帰ります、と。ネットカフェあたりからのメールみたいでした。絵梨は携帯番号も変えてしまったようで、まったく連絡がつかなくなりました」 妻か恋人か、少なくともどちらかは残ってくれると優也さんは踏んでいたのではないだろうか。一気にふたりともいなくなると想像していなかったに違いない。すべてを失った その後しばらく、優也さんは家族のいなくなったマンションにひきこもっていた。辞めた会社から事務的な手続きの連絡があろうと、美希子さんの弁護士から連絡があろうと、まったく対処しなかった。というよりできなかったのだ。生きていく気力を失っていた。「とうとう田舎から両親が来ちゃったんです。3週間くらい風呂にも入ってなかったし、たまに冷蔵庫や冷凍庫にあるものを少し食べたくらいで、ほとんど物を口にしていなかったので、両親の顔を見ても僕は無表情だったらしい。記憶がおぼろげなのですがそのまま救急車で病院に運ばれたようです」 おそらく緩慢な自殺行為だったのではないだろうかと彼自身が言う。生きる気力をなくしたとき、人は精神的に死んでしまうのかもしれない。「この数年は地獄でしたね。不倫と離婚、どちらも裁判にまでなってしまった。親にも迷惑をかけました。最終的に僕は経済的にはすっからかんになりましたが、ようやく昨年秋に事務的手続きも全部すみました。離婚も成立しました。僕はまだ無職のようなものなので、子どもたちの養育費は今のところ、父が払ってくれています。70代の父親に助けられているなんて、情けなくて」 子どもに会いたいが、遠方の実家に戻った美希子さんと子どもたちに会いに行くお金がない。彼自身は今、学生時代の友人の親が所有するアパートにタダ同然で住まわせてもらっているのだ。数ヶ月前からやっとアルバイトを始めたところで、今も「何とか生きているだけの状態」だという。「まだきちんと振り返ることもできないので、話があちこち飛んで申し訳ない」 後日、彼からそんなメールが来た。それでも見捨てない親や友人がいるじゃないかと励ましたかったが、そんな言葉は今の彼には役には立ちそうにない。まだ若いのだから、絶望はしないでほしい。子どもたちにもいつかは会えるはず。そんなことも言いたいが、よけいなお世話にすぎないだろう。彼がしっかり両足で立つのを待つしかない。両親や友人も、そんな彼を見守っていこうと思っているはずだ。 *** 子育てが落ち着いてきたことでの“気のゆるみ”によって、不運なことにあれよあれよとすべてを失ってしまった――優也さんのここ数年間を彼の立場から語るとなると、こうなるだろうか。〈妻か恋人か、少なくともどちらかは残ってくれると優也さんは踏んでいたのではないだろうか〉という亀山氏の指摘は鋭い。不倫のサインを出しても見逃してくれていた妻の美希子さんの豹変は彼にとって計算外だっただろうし、絵梨さんが二股をかけていた挙句、さっさと彼の元を去っていったというのもそうだ。優也さんが精神的に支障をきたしているのも、二人の女性に裏切られたという思いが強いからではないだろうか。 ただし端から見れば、それは優也さんの過剰な被害者意識によるものだ。振り返れば不倫をしている間も、美希子さんに見当違いの怒りを抱いていた。妻にも恋人にも去られたのは、案外、優也さんの性格的な面もあるのではないか。事態を招いたのは不運などではなく自分に非があるときちんと認識すれば、過去を吹っ切れることができるかもしれない。亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。デイリー新潮編集部
川中優也さん(42歳・仮名=以下同)は、この3年半、不倫と離婚が重なって「ドツボにはまったような日々」を送っているという。いろいろなものを引きずりながら生きている感覚が強く、精神的に早くすっきりしたいと思いながらも整理しきれずにいると語る。会うと確かに顔色があまりよくないし、表情に精彩がなかった。それでも一時期よりはマシになったんですと少しだけ笑った。
優也さんが結婚したのは29歳のとき。相手は同じ会社の2年後輩である美希子さんだった。
「社内に写真サークルがあって、僕も彼女もそこに所属していたんです。僕も写真好きですが、美希子は高校時代から写真部にいたとかで、カメラにも詳しかった。お父さんの影響みたいですね。ごくごく普通の女性だったし、そこがよかった。だから結婚前提でつきあい、1年ほどで決めました。社内恋愛だったからずるずるつきあう気はなかったんです」
30歳のときに長男が、33歳のときに長女が産まれた。妻は第二子を出産したあと退職したが、パソコンにも詳しかったので、家でできる仕事をしながら家計を助けてくれた。
「生活力があるんですよね、彼女。どんなときにもきちんと自分で稼いでいた。もちろん子どものめんどうを見ながら稼げる額は知れてますが、もしフルタイムでしっかり働いていたら僕よりずっと出世したかもしれない」
ただ、美希子さんは仕事より子どもを選んだ。はっきりと自分でもそう言った。だから子育てに明け暮れているときも、愚痴や文句を口にはしなかった。
「むしろ、あなたは子どもがつかまり立ちしたときも、最初の一歩を踏み出したときもリアルタイムで見られなかったのよね、かわいそうだと思うと言っていました。言われてみればそうだよなあ、せっかく子どもが産まれたのに日々、成長していく姿をずっと見ているわけにはいかないのが男親なんだなあと思ったりしていました」
何もかもうまくいっていた。優也さんは「家庭は家庭、外で恋愛したい」と思うタイプではなかったし、社内で不倫の噂を聞いても、そんなめんどうなことをよくやる気になるなあと客観的に引いてしまうところがあった。
それなのに、何かが落ちてきたのだ。不意に頭の上に。それが5年前、長男が小学校に入学したころだった。長年の取材の経験でいえば、子どもが成長して一段落したときが、男女ともに不倫に陥りやすい時期である。まだ子育ては続くが、ほんの少しホッとするころなのだろう。そこに恋心がつけ込んでくるものなのだ。
出会いは身近にあった。優也さんの職場にやってきた派遣の絵梨さんだ。一回り年下の絵梨さんを見たとき、彼は中学生のとき好きだった担任教師を思い出したという。雰囲気が似ていた。そしてなにより彼女の声に魅了された。
「少し高めなんですが、キンキン響く声ではなく、ふっくらと柔らかく、何もかも包み込むような声。彼女の声を聞いて、自分が案外、声フェチなんだと気づきました。中学時代の担任の先生が好きだったのも声から入ったと思い出したんです」
こんなことをいうと不埒ですがと断って、彼は当時の本音を白状した。彼女の声を聞いたとき、「この安定感のある声が乱れるところが聞きたいと思ってしまった」のだそう。彼の欲望の根源に、彼女の声が突き刺さったのだろう。
無意識のうちに彼女に親切になった。徐々に近づき、食事に誘った。半年後、彼は思いを遂げることができた。彼女のその時の声は、優也さんの欲望の火に油を注ぐようなものだった。
「彼女は高校時代に年の離れた兄を亡くしていると泣きました。『優也さんを見ていると兄を思い出すの。もちろん兄とは違うし、兄よりずっと素敵だけど、どこか雰囲気が似ているというか』と言ってくれました。今思えば、お互い相手に幻想を抱いていたのかもしれません」
幻想を抱いていたからこそ、恋が燃え上がってしまった。「もっと一緒にいたい」と彼女にささやかれて、優也さんは彼女のひとり暮らしの部屋に入り浸るようになった。最初は残業だつきあいだと言い訳をしたが、ずっと続けば妻の美希子さんが何かを感じないはずがない。
「それでもしっかり者の美希子は、精神的にブレることもなく生活しているように見えました。僕はそれまでほぼ全額、妻に給料を渡していたんですが、絵梨との付き合いに使いたくていきなり減らしました。会社の業績が悪くなって給料が減ったと言って。美希子はもちろん不審そうでしたが『大丈夫? このところ何かヘンよ。体調が悪いなら無理しないで』と。本当は僕の言動がおかしいと浮気を疑っていたはずです。でもそれを匂わせない。僕としてはそこが妙にイラついたんです。怪しいなら怪しい、浮気してるんでしょと責められたほうが気が楽だった。いい子ぶってる、いい母ぶってると、美希子に不当な怒りを持つようになったんです」
まったくもって論外な言い分なのだが、引け目があるがゆえのねじれた怒りなのだろう。不倫をしていながら、そこを突いてこない妻に怒りをもつ男性は少なからずいる。そのころ彼は週の半分は絵梨さんの部屋に泊まっていた。徐々に荷物も増えていった。
「1年くらいそんな生活をしていましたね。ある晩、絵梨が熱を出して寝込んでいたので、おかゆを作ったりしながら一緒にいたら、いきなり妻がやってきた。チャイムが鳴ったので、ドアホンで見たら妻が立っていた。あれほど“いい子”ぶっていた妻が、ドアの外で絵梨と僕の名前を呼びながら『あんたたち、ふざけるんじゃないわよ』と怒鳴っている。どうしたらいいのと絵梨は怯えていました。いないふりをしていたけど、美希子がバンバンドアを叩き始めた。別の部屋の人が声をかけているのも聞こえてくる。妻がこんな行動に出るとは思わなかったのでビビりましたね」
ついには「警察呼びますか」という近所の声まで聞こえてきたので、優也さんは意を決してドアを開けた。美希子さんはまっすぐに彼を見た。その目に言いようのない怒りと悲しみをたたえているのが彼にはわかった。だがどうしようもなかった。
「美希子は僕の脇をすり抜けて絵梨に向かってグーパンチを繰り出したんです。絵梨は吹っ飛ぶようにうずくまった。鼻血が噴きだしたので、思わず何をするんだと妻を平手打ちしてしまいました。妻は『あんたもその女もぶっ殺してやる』とドスのきいた声で言うと、ドアを開けて出て行った。近所の人が救急車と警察に連絡したらしい。僕は絵梨につきそって救急車に乗り、病院に行きました」
絵梨さんのケガはたいしたことはなかったが、精神的なショックが大きく動揺も激しかったため、その日は入院することになった。優也さんは警察で事情を聞かれ、深夜、やっと解放された。そのとたん、今度は美希子さんのことが心配になって自宅に戻った。
「リビングが真っ暗だったので電気をつけると、美希子はひとり、ソファに座っていました。振り返って僕を見つめると、『お帰り。何か食べる?』と。さっきのことがなかったかのように振る舞おうとしている。『ごめん』とつぶやくと、『信頼していたのに。何があっても、いつか戻ってきてくれると思ってたのに。給料が減ったとか嘘までついて』と苦しそうに言うんです。絵梨に向かって拳を振り上げた妻と同じ人物とは思えないほど、意気消沈していました。僕は、『ごめん』としか言えなかった」
それでもどこか現実感がなかった気がすると、彼は当時を振り返る。恋に浮かされて、どこか頭のネジが緩んでいたんだと思うとも言った。
優也さんが黙って突っ立っていると、美希子さんが「ねえ、出て行ってくれないかな。もう無理だから」と虚ろな目を向けた。
「わかったと言うしかない。身の回りのものをキャリーバッグに詰めて玄関を出ようとしたら、離婚届を手渡されました。もうすでに妻は用意していたんですね、サインもしてありました。それを見たら僕はひどく動揺してしまった。『離婚はしないからな』と叫んで離婚届をビリビリに破いて家を出ました」
行くところは絵梨さんの自宅しかない。絵梨さんの部屋にたどり着くと、優也さんと同世代の男性がドアの前に立っていた。
「ここ、絵梨の家ですよねと彼は言いました。そうですけどと答えると『あなたは?』と。そう言うあなたはと問うと、『絵梨の婚約者です』って。なんと、絵梨には遠距離恋愛をしている恋人がいたんです。絵梨とは高校の先輩後輩で、つきあって7年になる。ここ2年、彼は海外にいて、今日帰ってきたところだと。空港に迎えに来てくれるはずの絵梨が、熱を出して寝ているというので心配になって来てみた、と言うんです。あなたは誰なんだと聞かれて、思わず『いとこなんです。僕も海外から帰ってきたばかりで、家が遠いので絵梨のところに泊めてもらおうと思って来たところ』と答えました。彼女はどこに行ったんだと言われて、僕もわからない、鍵は玄関脇のメーターボックスに入れておくから使っていいと言われたと、もうはちゃめちゃな言い訳をしました」
彼は絵梨さんの携帯に連絡をとろうとしているようだったが、彼女の携帯の電源は切って、絵梨さんの病室の枕元に置いてきたから連絡はとれない。だがそれを優也さんが彼に言うわけにはいかなかった。
「彼は明らかに疑っているようでしたが、車で来ているのでとにかくいったん帰りますと去っていきました。とりあえず近場のホテルに泊まって、これからどうしようと考えているうちに、疲れて寝込んでしまった。目が覚めると朝でした。会社に行くしかなかった。人間ってどういうときでもふだんと同じような動きをしてしまうんですね」
昼頃、絵梨さんから退院して自宅にいると連絡があった。定時で上がって部屋に行こうとすると、絵梨さんから『今日はひとりでゆっくりしたい』とメッセージが届いた。あの男と一緒にいるに違いないと、優也さんは頭に血が上ったという。
「絵梨の部屋に、今度は僕が突入しました。案の定、彼と一緒だった。彼が驚いているのを横目に、僕は『絵梨とつきあっている。手を引いてほしい』と言いました。『あなた、既婚者じゃないんですか』と言われ、『既婚だろうが何だろうが、オレは絵梨とは別れない。絵梨のことが好きなんだ』と叫びました。そしてそのまま部屋を飛び出し、今度は自宅に戻って、美希子に『離婚したくない』と泣いてすがった。もはや自分でも何をしているのかわかりませんでした」
美希子さんは悲しげに首を振り、「もう無理よ」とだけ言ったという。それでも優也さんは、その後も絵梨さんと美希子さんの間を行ったり来たりしていた。
絵梨さんが被害届を出さず、ことが大きくなるのを嫌がったため、美希子さんの件が事件沙汰になることはなかったが、真相を知った絵梨さんの婚約者は激怒した。婚約破棄した上に、優也さんに慰謝料を請求するとまで言い出した。
しばらく膠着状態が続いた。口々に「訴えてやる」と言いながらも、誰も動き出さない。優也さんだけが女性ふたりのところを出たり入ったりしていたが、最初に動き出したのは美希子さんだった。
「数日ぶりに家に戻ったら、もぬけのカラでした。美希子が子どもたちを連れて実家に戻ったようです。キッチンのガス台の上に離婚届が置いてありました。あとは弁護士と連絡をとってほしいとメモもあった。数日後には、絵梨のところに弁護士から慰謝料請求が来たそうです」
こうなるとことは一気に展開していく。絵梨さんは婚約者に訴えられ、婚約者から優也さんに慰謝料請求がきた。
「あげく、妻から会社にも連絡が行ったようで、絵梨は派遣切りされました。僕も社内の風紀を乱したと叱責され、暗に退職を求められた。そうなったらもういられないですよね。自己都合で退職すれば退職金は出ると言われて、退職届を出しました」
一文無しになっても、絵梨さんがいる。ふたりでささやかに暮らしていければそれでいい。優也さんはそう思っていた。ところが絵梨さんのところにいってみると、絵梨さんの部屋は開かなかった。連絡もとれない。
「その後、絵梨からメールが来たんです。実家に帰ります、と。ネットカフェあたりからのメールみたいでした。絵梨は携帯番号も変えてしまったようで、まったく連絡がつかなくなりました」
妻か恋人か、少なくともどちらかは残ってくれると優也さんは踏んでいたのではないだろうか。一気にふたりともいなくなると想像していなかったに違いない。
その後しばらく、優也さんは家族のいなくなったマンションにひきこもっていた。辞めた会社から事務的な手続きの連絡があろうと、美希子さんの弁護士から連絡があろうと、まったく対処しなかった。というよりできなかったのだ。生きていく気力を失っていた。
「とうとう田舎から両親が来ちゃったんです。3週間くらい風呂にも入ってなかったし、たまに冷蔵庫や冷凍庫にあるものを少し食べたくらいで、ほとんど物を口にしていなかったので、両親の顔を見ても僕は無表情だったらしい。記憶がおぼろげなのですがそのまま救急車で病院に運ばれたようです」
おそらく緩慢な自殺行為だったのではないだろうかと彼自身が言う。生きる気力をなくしたとき、人は精神的に死んでしまうのかもしれない。
「この数年は地獄でしたね。不倫と離婚、どちらも裁判にまでなってしまった。親にも迷惑をかけました。最終的に僕は経済的にはすっからかんになりましたが、ようやく昨年秋に事務的手続きも全部すみました。離婚も成立しました。僕はまだ無職のようなものなので、子どもたちの養育費は今のところ、父が払ってくれています。70代の父親に助けられているなんて、情けなくて」
子どもに会いたいが、遠方の実家に戻った美希子さんと子どもたちに会いに行くお金がない。彼自身は今、学生時代の友人の親が所有するアパートにタダ同然で住まわせてもらっているのだ。数ヶ月前からやっとアルバイトを始めたところで、今も「何とか生きているだけの状態」だという。
「まだきちんと振り返ることもできないので、話があちこち飛んで申し訳ない」
後日、彼からそんなメールが来た。それでも見捨てない親や友人がいるじゃないかと励ましたかったが、そんな言葉は今の彼には役には立ちそうにない。まだ若いのだから、絶望はしないでほしい。子どもたちにもいつかは会えるはず。そんなことも言いたいが、よけいなお世話にすぎないだろう。彼がしっかり両足で立つのを待つしかない。両親や友人も、そんな彼を見守っていこうと思っているはずだ。
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子育てが落ち着いてきたことでの“気のゆるみ”によって、不運なことにあれよあれよとすべてを失ってしまった――優也さんのここ数年間を彼の立場から語るとなると、こうなるだろうか。
〈妻か恋人か、少なくともどちらかは残ってくれると優也さんは踏んでいたのではないだろうか〉という亀山氏の指摘は鋭い。不倫のサインを出しても見逃してくれていた妻の美希子さんの豹変は彼にとって計算外だっただろうし、絵梨さんが二股をかけていた挙句、さっさと彼の元を去っていったというのもそうだ。優也さんが精神的に支障をきたしているのも、二人の女性に裏切られたという思いが強いからではないだろうか。
ただし端から見れば、それは優也さんの過剰な被害者意識によるものだ。振り返れば不倫をしている間も、美希子さんに見当違いの怒りを抱いていた。妻にも恋人にも去られたのは、案外、優也さんの性格的な面もあるのではないか。事態を招いたのは不運などではなく自分に非があるときちんと認識すれば、過去を吹っ切れることができるかもしれない。
亀山早苗(かめやま・さなえ)フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部

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