男児への性犯罪の疑いで、元小学校教諭で塾講師の田中耕一郎容疑者(75)が逮捕されたのは2025年末のことだった。この知らせを受けて、小学生時代の担任である田中から性加害を受けた石丸素介さん(42)は唖然とした。石丸さんは2023年に田中の性加害を告発した後、2024年に最高裁で勝訴している。
【画像】卒業アルハムに写る田中耕一郎容疑者。2025年末の逮捕後、田中容疑者の自宅から押収された動画や画像は8万点以上
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「色々罰を受けたはずなのに、どうしてもやめられないのか……」
石丸素介は、ある人物の逮捕の知らせを受け、唖然とした。
42歳の石丸は、小学校4~6年生の間、男性担任教師から陰部を触られたり全裸にされたりする性被害を受け続け、今も重い後遺障害を抱えている身だ。
石丸素介さんは、小学校時代に担任だった田中耕一郎容疑者から性加害を受けた 文藝春秋
同様の被害を受けている人たち、そして自分自身の尊厳のためにと、2023年に実名告発に踏み切った。
当時の石丸は加害を認めない元担任を相手に、勝つ見込みの少ない民事裁判を戦っていたが、この告発がきっかけとなって新たな証人たちが現れた。
そして2024年、性被害の事実と後遺症の損害が裁判所に認められ、慰謝料と利息を合わせ約4000万円の支払いを命じる画期的な判決が下された(同年9月に最高裁で確定)。
ところが、敗訴したその元担任――田中耕一郎容疑者(75)が、昨年末、男児に対する性犯罪の疑いで警視庁に逮捕されたのだ。逮捕時の職業は塾講師となっていた。
田中は石丸への慰謝料の支払いのために、多大な財産を失っている。
それでもなお性加害が繰り返されたのはなぜか。子どもを守るにはどうしたらいいのか。石丸や、田中を逮捕した警視庁幹部の証言などをもとに検証する。
「僕からしたら、田中は人生勝ち組ですよ」
今年1月。石丸は、逮捕された田中について、こう切り出した。どういうことか。
「田中は定年まで小学校教師の職を勤め上げて、性犯罪の前科があっても、塾講師として働くことができていたわけですよね。被害者の僕が就職しようと思ったら大変なのに」
淡々と語る横顔には、裁判終結後に消えたはずの吹き出物が戻っている。
田中の逮捕を知った影響は「多少」だと言うが、食事が進まなくなり、低血糖症になって点滴を受けたばかりだという。田中からの被害を受けていた小学生の頃、食欲がなくなって無理に食べては吐いていたのを思い起こす体調だ。一日に飲む薬は以前の30錠から15錠まで減っていたが、心身の安定にはまだ遠い。
石丸が言及する「性犯罪の前科」というのは、石丸の被害のことではない。
田中は2016年に神奈川県警に逮捕され、翌年、未成年者誘拐罪および児童福祉法違反で懲役3年、執行猶予4年の判決を言い渡されている。事件当時、田中は熱海のリゾートマンションを別荘として所有していた。そこに共犯者の元小学校講師の男と共謀のうえ、被害男児A(当時11歳)を食事などに誘って誘拐したことと、被害男児B(当時13歳)を連れ込んで性交類似行為をさせた事実が認定されたものだ。
石丸はこの事件を報じる記事を目にしたことで、刑事事件の時効をとうに迎えていた自身の被害を民事で追及しようと決意したのだった。
石丸は当初「事実を認めて謝ってくれさえすればそれでいい」として調停を起こしたが、田中は否定するだけでなく、石丸の「妄想」「不労所得を得ようとするいいがかり」などとして激しく反論。調停は不成立に終わり、損害賠償請求訴訟に至った。
その過程で、石丸の勇気ある実名告発を目にした小学校時代の同級生たちが証人となり、十中八九負けると言われていた裁判の流れを変えたことは、拙著『沈黙を破る 「男子の性被害」の告発者たち』(文藝春秋)に詳しい。
彼らの証言は、田中の数々の嘘を暴き、1クラス中、石丸を含めて少なくとも4人の男児が性被害に遭ったと述べていることまで浮き彫りにした。
田中は2024年9月の判決確定後、東京・JR国立駅近くの分譲マンション最上階にあった自宅を裁判所に差し押さえられ、強制競売にかけられたことで、八王子市に転居。駅から距離のある賃貸住宅で一人暮らしをしていた。
しかし反省の日々とはほど遠く、2025年末に逮捕されるまで、新たな被害者を増やし続けていたのだった。
※この続きでは、田中容疑者を逮捕した警視庁少年育成課の佐藤直樹課長がインタビューに応じています。約5200字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(連載「ルポ男児の性被害」第9回・前編)。
これまでの連載と後日談は、『沈黙を破る 『男子の性被害』の告発者たち』(文藝春秋)として書籍化されています。
(秋山 千佳/文藝春秋 電子版オリジナル)