〈「道路に足のようなものが」発見されたのは“ズタボロにされた”48歳シングルマザーの遺体…「恨みを買うタイプではなかった」彼女はなぜ殺された?(平成14年の事件)〉から続く
深夜の路地で発見された、激しい暴行を受けた48歳シングルマザーの遺体。事件は長く未解決のまま時が過ぎ、“長期未解決事件”として扱われるようになった。
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しかし7年後に別の事件で逮捕された男のDNAが、現場に残されていた痕跡と一致する。なぜ彼女は標的となったのか。そしてその後、明らかになった犯人の正体とは――。平成14年の事件の結末を追う。なお登場人物はすべて仮名である。(全2回の2回目/最初から読む)
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事件はそれで終わりではなかった。
現場からなくなっていた怜子さんの携帯電話から、家族や職場の同僚にイタズラ電話がかかるようになったのである。出ると、1~2秒で切れてしまう。それが約1カ月も続いた。まるで関係者をあざ笑うかのような嫌がらせだった。そんな中で、怜子さんの長女がふと思い出したこともあった。
「そう言えば、事件前、台所の窓を開けて家の中を覗き込んでいる不審な男を見たことがあると母が言っていました」
現場周辺では露出狂、痴漢、女児連れ去り未遂事件などが多発していたことも分かり、事件の2カ月後には怜子さんの職場近くの路上で女性が連れ去られ、トラックの荷台でレイプされるという事件も発生した。
これらと何かつながりがあるのか。一見、何も関係がなさそうに思えるが、実は捜査当局はこれらの情報をひそかに重大視していたのだ。
というのも、犯人と警察しか知らない「秘密の暴露」の切り札にするため、報道陣には決して明かしていない捜査機密があったからだ。
怜子さんの首には当時怜子さんが穿いていた下着が巻きつけられ、喉仏が骨折するほど強い力で絞め上げられていた。また、膣の中からは怜子さんの左足の靴下が見つかり、その靴下にも犯人とみられる男の精液が付着していた。
このような異常な遺体の状況から、サディスティックな快楽殺人鬼の仕業とみられていた。性欲と暴力が直結しているタイプで、いつ第2の犯行があってもおかしくない状況だったのだ。だが、前科前歴者リストの中にはこのDNA型の持ち主が見当たらなかったのである。
その後、怜子さん事件は有名なコールドケース(長期未解決事件)となり、あるテレビ番組はイギリスから超能力探偵を招き、怜子さん事件の犯人を“霊視”したこともあった。
「怜子さんは歩いて帰ろうとしたが、犯人の車に乗った。犯人の車はトラックで荷台が幌(布製)のもの。自宅近くで車を降りた怜子さんを後ろの荷台に連れ込もうとして、抵抗されたので首を絞め、のどを潰した。暴行された後、車から自宅に向けて逃げ出した怜子さんを追いかけ、最後の一撃を見舞った。
犯人は怜子さん宅と職場を中心として、半径1.6キロ以内に住んでいた30~40代の男。現在は転居している。職場の焼肉店で怜子さんとは顔見知りだった。怜子さんに好意を持っていた。犯人の名前には『マルコ』や『マヤ』という音が入っている」
それを機に多数の情報が寄せられたが、それでも犯人は捕まらなかった。
ようやく状況が動いたのは、7年後に電気設備業をしている川本俊幸(同32)という男が別件で逮捕されたことがきっかけだった。
警察は川本から口腔内細胞の提出を受け、そのDNA型が怜子さんの靴下に付着していた精液のDNA型と一致したことで仰天した。
さらに川本の身辺を調べたところ、事件当時、川本は怜子さんの自宅から約500メートル離れたアパートに1人で住んでいたことが判明。当時はコンビニの棚卸し作業員として働いていた。
ところが、事件の4カ月後には派遣会社の契約期間を1年残して、別の都市に転居していたことも分かった。そこでは家電量販店作業員として働き、やがて電気設備業を自営するようになったという。
ちょうどその頃、警察は殺人罪の時効撤廃を受け、コールドケースを専門に担当する特命班を捜査一課に設置。その特命班が管轄署の捜査に加わり、あらためて怜子さんの携帯電話の通信記録を詳細に調べたところ、川本の携帯電話の発信電波と同じ場所から出ていたことが分かった。再捜査開始からわずか1カ月後の出来事だった。
警察は「川本以外に事件にかかわった者はいない」とみて、9年越しで川本を殺人容疑で逮捕した。
しかし、川本は「知らない。関係ない」と容疑を否認。捜査当局は状況証拠を積み上げ、川本が帰宅途中の怜子さんを強姦目的で襲い、現場の路上で暴行を加えた上、首を絞めて窒息死させたと断定。川本を殺人罪と強姦致死罪で起訴した。
川本は公判で「私は犯人ではありません。否認します」と言ったきり、押し黙った。弁護側は「被害者の靴下は管理がずさんで、被告人とは別の男性のDNA型も検出されている」として、無罪を主張した。法廷には医師や警察官など複数の証人が出廷した。
検察側は「1人にこうした偶然が重なることは常識的にありえず、犯人であることは明らか」として、無期懲役を求刑。
怜子さんの長女は「あんなにひどいことをできるのは人間ではない」と糾弾し、怜子さんの長男は「私が殺すことができないのであれば、国が法律に従って責任を取らせて欲しい」と極刑を求めた。それでも川本は「申し述べることはない」と黙秘を貫いた。
結局、裁判所は「DNA鑑定は十分信用でき、疑う余地がない」と結論付けた上で、「暴行の程度が情け容赦なく、被害者の人格を無視している。単なる殺人や強姦とは異質な犯行と言っても過言ではない」と断罪し、求刑通り無期懲役を言い渡した。
未解決事件がDNA鑑定によって暴かれるケースは今後も増え続けるだろう。だが、川本には性犯罪の前科すらなかった。こんな男が犯行後9年間も一般社会に溶け込んでいたとは恐ろしい限りだ。
(諸岡 宏樹)