2026年2月28日、青森市の住宅で昨年11月、夫婦の刺殺体が見つかった事件で、青森地検は35歳の無職の長男を殺人の罪で青森地裁に起訴した。
長男は61歳の母親を1階浴室で、2階寝室で71歳の父親を包丁で複数回刺して死亡させたとされる。報道では、被告は幼少期から両親の喧嘩を目の当たりにして、父への恨みを募らせた末に犯行に及んだとある。また母については、家庭不和に苦しむ姿を見て、父から救いたかったという趣旨の供述をしているという。
キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんは、メンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。「夫婦喧嘩の最も大きな被害者は子供です。愛着の基盤であり、安心な場所である家庭で、信頼する大人同士が攻撃しあっている環境により複雑性PTSDを発症するほか、複雑な“生きづらさ”の原因になることもあります」という。男女共同参画局がHPでも伝えているが、子どもの前での喧嘩や暴力は「面前DV」と呼ばれるれっきとした虐待だ。
探偵は調査に入る前に、依頼者が抱えている困難やその背景を詳しく聞く。山村さんは相談から調査後に至るまで、依頼人が安心して生活し、救われるようにサポートをしている。これまで「探偵が見た家族の肖像」として山村さんが調査した家族のことをお伝えしてきたが、この新連載「探偵はカウンセラー」は、山村さんが心のケアをどのようにして行ったのかも含め、様々な事例から、多くの人が抱える困難や悩みをあぶりだしていく。個人が特定されないように配慮しながら、家族、そして個人の心のあり方が、多くの人のヒントとなる事例を紹介していく。
今回山村さんのところに相談に来たのは、32歳の会社員・慎也さん(仮名)。「色々限界で……両親を離婚させたいのです」と電話をかけてきた。話を聞くと慎也さん自身が受けてきた虐待が大きく影響していた。
山村佳子(やまむら・よしこ)私立探偵、夫婦カウンセラー。JADP認定 メンタル心理アドバイザー JADP認定 夫婦カウンセラー。神奈川県横浜市で生まれ育つ。フェリス女学院大学在学中から、探偵の仕事を開始。卒業後は化粧品メーカーなどに勤務。2013年に5年間の修行を経て、リッツ横浜探偵社を設立。豊富な調査とカウンセリング経験を持つ探偵として注目を集める。テレビやWB連載など様々なメディアで活躍している。
依頼者・慎也さんから電話があったのは夕方でした。「親を離婚させたいのですが、相談に行ってもいいですか」と電話があった30分後、優しそうな雰囲気の男性がカウンセリングルームに来ました。
「変な電話してしまって申し訳ないです。気持ちがどうにもならなくなってしまって。1年ぶりに実家に行ったら、また両親がケンカしていたんです。怒鳴ったり、ものを投げつけたり、ひどいんです」と言ってから、涙をボロボロこぼしていました。夫婦ゲンカが絶えない家で育った人の多くは、情緒不安や人に対する不信感を抱えている人が多いです。慎也さんもかなり心が疲れている様子。
まずはご両親について伺うと、父は60歳で大手企業のエンジニア、母は53歳で市場調査会社に勤務しているとこと。母は21歳という若さで慎也さんを産んでいます。
「祖母の話によると、当時、母は短大を出たばかりで、モデルをしていたそうです。友人の紹介で出会った父は、半ばストーカーのようになり、母に求愛。母は自由奔放に見えますが、実は超学歴好きの権威主義者。学歴コンプレックスも半端ないです。母的には高学歴で大手企業に勤務する父にプロポーズされたのはラッキーだったと思いますよ。だから2人の結婚を、父方の親族は『大学も出ていない、よくわからない女は反対だ』となり、今も絶縁状態。母方の親族も『合わないんじゃない?』と反対したらしいですが、両親は押し切ってスピード婚したらしいです」
最初は仲良し夫婦でしたが、生活するうちに感覚の違いによりすれ違うように。
「物心ついた頃から、両親の仲が悪いので、小学校に上がる前、1年ほど母方の祖母の家に預けられていました。それまで、両親の怒鳴り声、母が父に物を投げつけ、父が母をビンタするところを毎日のように見ていました。近所の人が通報し、警察と児童相談所が来て、祖母に連絡してくれたのです」
母方の祖父が亡くなったばかりで、祖母は、都内で一人暮らしをしていました。犬もいて楽しかったそうです。祖母は慎也さんに「あの二人は大恋愛だったのよ」と馴れ初めを何度も聞いたそうです。両親のケンカのきっかけはどんなことなのでしょうか。
「色々あります。父は、無意識に難しい言葉や専門用語を使うのですが、それを母は『私をバカにしているんでしょ』とキレる。
あとは、父は職場や専門家の人と人脈を作るために、休みの日も出かけることがあるのですが、それに対して母は『人をランク付けして、メリットのある人ばかり付き合っている。あなたは卑しい人間だ』と言う。父は母のことを『バカ』とか『要領が悪い』『そんなことも知らないのか』などという。父も母も『私が正しいのだから、私を尊重しろ』とお互いに要求し合っている。小学生の頃、母から『パパとママのどっちが好き?』と聞かれ、母と言わないと、食事を抜かれたり叩かれたり殴られたりするので、すごく嫌でしたよ。父からそういう質問をされたことはありません」
今も慎也さんの体には、激昂した母から押し当てられたタバコの痕がいくつもあるそうです。
「当時、児相も警察も今ほど危機意識はなかったですからね。10歳くらいになると僕もよくわかって来て、いい成績を取っていれば、母は攻撃してこないので、勉強ばかりしていました。僕の手がかからないので、母が仕事を再開したのもこの頃です。高校を卒業してから海外の大学に行ったのは、家から離れたかったから」
海外の大学に自力で合格し、大手の会社に就職を決めて帰国します。
「23歳の時に帰ってきたとき、久しぶりに会う僕を目の前にして、両親はどうでもいい理由でケンカ。僕は母からずっと“お前がいるから離婚できない”と言われ続けていたんですが、またそのセリフを聞いて、倒れちゃったんですよ」
救急搬送された先で、「迷走神経反射です」と言われたそうです。これは、心身の負担が引き金となり、めまい、ふらつき、心拍数増加などが起こり、医師からは「問題ない」と言われることが多いようです。
「実家は通勤圏内なんですが、心の平穏のために家を出ました。今の会社に就職してから一度、パワハラに遭ってうつで休職したんですよ。そのとき、支えてくれた女性と交際しており、結婚も考えています。そこで気になるのは両親のこと。これからも親はずっとケンカして、一人っ子の僕にその後始末がやってくる」
慎也さんに親子の縁を切るという選択肢はないそうです。
「そんなことをしたら、自分が後悔しそう。だから家族を解体したいんです。僕はあの環境で育ったから自分の感情よりも人の顔色を優先して、上司のパワハラの標的になったり、過去の彼女に貢いでしまったこともありました。かつての友人や彼女たちも散々傷つけてきた。今の彼女が僕を受け止めてくれなければ、死んでいたと思います」
慎也さんに「今日は結婚の報告のために実家に行ったのですか?」と聞くと、「違います」と即答。
「母は父に暴力を振るわれると、ストレス解消のために、30万円くらいの買い物をするんです。着物、バッグ、絵画など、脈絡がないものを衝動的に買う。それに父がキレてまたケンカする。母は自分が稼いだお金は貯金しており、生活費も僕の学費も一切出しません。マンションも父が買っているのにね。
それで、生活費がなくなると、『10万円を振り込んで』と僕に連絡が来る。拒否すると『あんたの学費を出すように、パパに掛け合ったのは私だ』と言う。確かに、父は僕の高校や大学の学費を出し渋ったことがありました。母にも出させたかったんでしょうね。今日、実家に行ったのは、父に『生活費は払ってあげてよ』と言いに行ったのです」
父は、英語が堪能で、大手企業に勤務している慎也さんには一目置いている。
「1年ぶりに実家に行ったら、父が母に対して『まずい方のスーパーで弁当を買ってきた』とキレ、母も猛反発してケンカをしている。そんな両親の姿を見て、『この二人は別れた方が、皆がいい人生になるんじゃないか』と直感し、山村さんに電話をしてしまいました。あと、これは感覚的なのですが、父には多分女性がいる。母は父はまだ自分にベタ惚れしていると思っている。父の浮気がわかれば、『離婚する』と言い出すと思うんです」
父にもし浮気相手がいたとき、受け止められるかどうか聞くと、「大丈夫です」と言い切ります。
「この写真を見てください。実家のリビングです。すごい汚部屋でしょ。喧嘩ばかりしているから、ドアのガラスは割れっぱなし。壁にも穴ができている。食器も投げつけて割るから、プラスチックばかり。二人がこのまま一緒にいると、事件に発展しそうな感じもあるんです。こんな状態になっても離婚しないのは、共依存状態だからだと思うのです。別れた方がいいんですよ」
以前から、慎也さんは友人の弁護士に両親のことを相談していました。「もし、話し合いをするなら、証拠があった方がスムーズに進むよ」と言われていたこともあり、私に頼むことにしたそうです。
◇慎也さんが幼少期から受けてきた数々の虐待は、彼の心に大きな傷を作り、それは今でも癒えていない。それでも両親を見捨てない慎也さんは優しい人なのだろう。
お金の無心など、さらに苦しみが続かないようにするには、「家族を解体する」という選択肢しかないのかもしれない。
しかし実際浮気をしているかどうかもわからない。調査の結果はどうなのか。詳しくは後編「両親の離婚を望む32歳会社員の「悲願」は…喧嘩ばかりしてきた還暦の父と53歳の母、驚愕の本音」にてお伝えする。
【後編】両親の離婚を望む32歳会社員の「悲願」は…喧嘩ばかりしてきた還暦の父と53歳の母、驚愕の本音