SNSで“痩せる薬”などと話題になっている「マンジャロ」などのGLP-1受容体作動薬。本来は糖尿病の治療薬であるこの薬を、食欲を抑える目的で使用する人が増えてしまっている。そんな中、誤った使い方によって命の危機に陥ったケースを再現ドラマで紹介した。
2025年7月、東京で会社を経営している女性社長は、毎年受けている健康診断で血糖値が高めだと指摘された。医師から「痩せると体質が改善されて血糖値が下がる場合もあるので、運動をしたり、食事に気を遣ったりしてみてください」と言われた。
そこで彼女は食生活を見直し、有酸素運動と筋力トレーニングにも励んだ。しかし年齢により代謝が悪くなったのか、痩せることはなかった。
そんなある日、数ヶ月ぶりに会った取引先の30代女性が見違えるほど痩せていた。彼女は、食欲がなくなる注射を打ち始めたらあっという間に痩せたと言った。薬で痩せられるという話に興味が湧いた女性社長。実は彼女も、ずいぶん前に薬で痩せた経験があったのだ。
30年ほど前、アメリカ留学していた友人が別人のようになって帰ってきた時のこと。1990年代のアメリカでは、脂肪燃焼や食欲抑制効果のある薬がダイエットに効果的だと流行していた。友人から薬を購入し半信半疑で飲み始めたところ、その日の夕食から少ない量で満腹感があり1ヶ月で10キロも痩せた。しかしその薬の副作用なのか、大好きな仕事なのにやる気が出なくなり、その時は薬をやめた。
今回、後輩から詳しく話を聞くことに。その後輩が使っていたのは「マンジャロ」という薬で、これはまさにGLP-1受容体作動薬のことだった。
GLP-1受容体作動薬は糖尿病の治療薬。2005年にアメリカで糖尿病治療薬としてGLP-1受容体作動薬が発売され、2010年には日本でも承認された。そんな中、GLP-1の食欲抑制の働きは肥満症治療にも効果的だと研究が始まった。人体で作られるGLP-1はすぐに消えてしまうため、それを模倣し、体内で長い間留まるよう開発されたのがGLP-1受容体作動薬だ。
これを注射などで体内に入れると、脳の食欲中枢に働き、食べた気になり食欲が落ちる。また、食べ物が胃から腸に進むスピードを遅くするので満腹感が持続する。さらに血糖値の急上昇を防ぐので脂肪を蓄えないようにする。こうして、肥満治療薬として2010年にアメリカで承認された。
そんな薬の存在を知った女性社長は、健康診断で血糖値の数値が高いと分かっていたため、医師に相談することにした。しかし医師からは「血糖値が高いだけでは処方できない」と言われた。GLP-1の本来の処方は糖尿病や肥満症と診断された患者のみだからだ。
そこで彼女は再度血液検査を行った。結果は糖尿病とは診断できない数値。一方で、バランスの取れた食事や定期的な運動を続けていても血糖値に変化がなかったことから医師は「数値が高いので打ってもいいと思います」と、糖尿病予防の名目での処方ならできると判断した。
彼女が処方されたのは「オゼンピック」という薬。食欲抑制と血糖値、どちらにも効果が期待できる糖尿病治療用のGLP-1受容体作動薬だった。通常は投与量0.25ミリから始めるのだが、彼女は倍の0.5ミリから始めた。これを1週間に1回、皮下脂肪が多いお腹や太ももに1回ごとに場所を変えて打つ。
注射後の夕食はいつもと同じ量だった。30年前に飲んだ薬ではすぐにお腹いっぱいになったが、今回は完食。1週間経っても変化はなく、体重も変わらなかった。そのうち効果が出ると信じて注射を打ち続け計4回打ち1か月が経つも、全く痩せていなかった。
そこで再び病院へ行き、量を増やしてほしいと相談。血糖値も変化がなかったため、医師は0.5ミリから1ミリに量を増やした。
一方彼女の気づかないところで、GLP-1は体内のある部分を蝕んでいた。注射を始めて5ヶ月が経過。体重は2キロほどしか減っていなかった。また、排便のペースは週に1回程に。もともと便秘気味だったこともあり特に気にしていなかった。
すると仕事中、突然腹部に痛みが。痛みはどんどん増していき手の震えも起きた。救急隊員が血圧を測ると230/120という数値。血圧が200を超えると脳卒中や心筋梗塞などを引き起こしやすい極めて危険な状態。
総合病院に搬送され、血圧を下げる薬と痛み止めが投与された。血圧は110/77まで下がったが、痛みが治ったのは翌日だった。
胃カメラと腹部のレントゲン検査が行われ、医師が下した診断名は腸閉塞。腸の動きが悪くなることで、便やガス、消化物の流れが止まる病気。医師から何か思い当たることはないかと聞かれ、数ヶ月前から食欲を抑える注射を始めたと伝えると「もしかしてGLP-1ですか?原因はそれですね」と医師。
彼女の体では、GLP-1によって腸の動きが抑制され、消化物が溜まりやすくなっていた。本来ならこれにより食欲がおさまるのだが、彼女の場合は食欲があったことでどんどん腸に消化物が溜まり、さらに便秘が悪化した結果、腸閉塞を引き起こしたのだ。
GLP-1は日本では糖尿病や肥満治療で使われている薬で、胃腸の動きを抑えるのは治療のために必要な作用。本来、治療目的なので医師の定期観察の元で使用されるのが通常であり、便秘がひどい時は下剤を共に服用したり、吐き気や嘔吐の症状が強い場合は用量を減らしたりする。しかし彼女は5ヶ月もの間自己判断で打ち続けていたため、体の異変に気づけず、ここまで悪化したのだ。医師がフォローアップしていたら彼女のように腸閉塞になるのは稀だという。腸閉塞で緊急入院となった女性社長は、排便を促す酸化マグネシウムを飲み、痛みに耐え続けること1週間。その後退院した。
今、医師の適切な診断を受けずにGLP-1を使用することが問題視されている。GLP-1は美容クリニックでも自由診療で手に入るだけでなく、電話で問診を行ったり、チャットで回答したりする場合もある。体重などを誤魔化し、痩せる目的で使う人が増加している。
そして需要が増えたことで、医療界では懸念が生じている。厚生労働省の声明には『GLP-1受容体作動薬について、供給を上回る需要が増加している影響により本来の2型糖尿病の治療目的での供給に支障が生ずる懸念があるとの指摘もなされています』という旨が記されている。また厚生労働省は、GLP-1受容体作動薬のダイエット等の適応外使用について、『現在製造販売されているGLP-1受容体作動薬の美容・痩身・ダイエット等の適応外使用については、有効性及び安全性が確認されたものではありません。電子添文に基づく適切な使用がなされない場合には、思わぬ健康被害につながる可能性も否定できません』とダイエット目的でのGLP-1の使用を注意喚起している。
GLP-1自体は、糖尿病治療薬として医師の指導のもと使用するには扱いやすい薬である。専門医は「糖尿病の方にとっては、非常に安全性の高い、また効果の高い薬剤です。このような痩身目的の極端な事例で、患者さんが注射を打つのを非常に怖がってしまうようなことや、GLP-1の注射をやめてしまいたいということが起こるのを非常に危惧している」と提起した。
また国はGLP-1のダイエットなどの適用外の使用に関しては、救済給付を受けられない可能性が非常に高いとしている。