朝日新聞に脅迫文、「令和赤報隊」を名乗った男に有罪判決 裁判所が突きつけた”正義”の矛盾

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「バカ朝日新聞御中」「すべての朝日新聞社員を死刑」などと書かれた文書が今年5月、朝日新聞阪神支局に届いた。ショットガン型の玩具も同封されていた──。
脅迫と威力業務妨害の罪に問われた30代男性に対して、神戸地裁は10月27日、懲役1年8カ月・執行猶予3年(求刑懲役2年)の判決を言い渡した。金川裁判官は「過去の事件を想起させ、恐怖と不安を与える悪質な犯行」と厳しく非難した。
朝日新聞阪神支局は1987年、「赤報隊」を名乗る人物に襲撃されて、記者1人が死亡、1人が重傷を負った事件の被害を受けている。今回の脅迫文には「令和赤報隊」との文言もあり、当時の事件を想起させる内容だった。
言論を暴力で封じようとするかのような犯行。被告人は法廷で、自らの正義感と矛盾をどう受け止めたのか。(裁判ライター・普通)
法廷に現れた被告人は、短髪で眼鏡をかけた長身の男性。スーツ姿で「失礼します」と一礼して着席する姿からは、元自衛官という経験も頷ける礼儀正しさがあった。
起訴状によると、被告人は朝日新聞の報道姿勢に不満を抱き、ショットガン型の玩具や、1987年襲撃事件の被害者2人の写真に無数の穴を開けたもの、そして脅迫文を宅配便で送付したとされる。
文面には「死刑」「全滅」など恐怖を与える語句のほか、「報道しない自由」「捏造する自由」といった揶揄の言葉が並んでいた。被告人は起訴内容をすべて認めた。
検察官側の主張によると、被告人は専門学校卒業後に航空自衛隊に入隊し、事件当時は会社員だった。2022年、朝日新聞に掲載された川柳が、亡くなった安倍晋三元首相を揶揄していると感じ、強い怒りを抱いたという。
さらに、朝日新聞がかつての襲撃事件を追悼する記事を掲載した際、「同じテロ被害者」である安倍元首相との扱いの違いに「許せない」と感じ、犯行を決意。襲撃事件の日付に合わせて荷物を発送した。
脅迫文はネットカフェで作成し、銃のおもちゃはディスカウントストアで購入した。荷物を開封した支局長は、写真を見て事件を思い起こし、警察対応などに追われたという。
送り主欄には自分の本名を書いたが、報道されないことを不審に思って自ら支局に電話をかけていたことも明らかになった。杜撰な計画性の中にも、強い自己正当化の意識がうかがえる。
情状証人として出廷した父親は、現在も被告人と家族4人で暮らしている。
被告人が事件前から既存メディアに批判的だった様子はなく、今は早起きして家の手伝いをしているという。テレビや新聞を通じて社会と接し、SNSから離れた生活を送っているそうだ。
父親は弁護人とともに朝日新聞阪神支局を訪れ、謝罪したという。
その際、1987年の襲撃事件の資料を見せてもらい、当時の凄惨な状況を聞いたという。その事件をなぞるような罪を犯した被告人ともよく話し合ったといい、今後の監督を誓った。
被告人は法廷で、事件当時は「安倍元首相の被害を中傷するような内容は許せない思いがあった」と説明し、襲撃事件の被害者写真に穴を開けることにも「迷いはなかった」と振り返った。
荷物を送った後、話題になっていないことが気になり、自分の携帯から支局に電話した。その際も本名を名乗り、「この電話なかったことに」と話すなど、後先考えずに行動してしまう性格も見受けられた。
弁護人:元々はどういう怒りの感情を持っていたのでしょう?被告人:やはり、同じテロの被害者である安倍元首相を揶揄する川柳を載せたことに。
弁護人:いろいろな考え方、報道姿勢もありうると今は理解していますか?被告人:はい。
弁護人:段ボールに詰めるときに冷静になれなかった。被告人:いくら自分の嫌いな人間でも、最低限の尊厳と対応を考えるべきだった。
当時はSNS情報ばかりに触れ、リアルな人間関係で意見交換をせずに視野が狭くなっていたと自己分析する。現在は、新聞やテレビなど多様な情報に接し、自衛隊経験を生かした災害ボランティアにも参加しているという。
なお、事件をきっかけにSNSアカウントを削除し、現存する同名のアカウントは自分のものではないとも強調した。
検察官は、事件当時の心境を問うた。
検察官:事件前、学校などへ爆破予告をする事件のニュースを見てどう思っていましたか?被告人:犯罪行為でバカバカしいなと。
検察官:自分の行為はバカバカしいとは?被告人:思えなかった。
検察官:自分のしている行為は正しいと。被告人:そのときは。
怒りに身を任せて行動し、冷静な判断を失っていたと述べるにとどまった。被告人は、直接的な危害を加える気はなかったというが、被害者への恐怖の感情、また模倣犯を生む可能性などの社会的影響について、検察官は諭すように話した。
裁判官は、手段が良くないのは当然として、公的機関に怒りを表明すること自体は否定しないと前置きしたうえで質問した。
裁判官:事件被害者である安倍元首相をあざ笑っているように感じたと言いますが、あなたも痛ましい事件の被害者を侮辱していることに矛盾は感じなかったのですか?被告人:当時は反感もあり冷静に考えられなかった。
裁判官:穴を開けられた人は悪くないですよね。被告人:はい。
判決は懲役1年8月、執行猶予3年。裁判官は、被告人なりの正義感かもしれないが、意に沿わないものを威力で解決しようとする手段は許されないと厳しく非難した。

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