「お前は俺に触ってくれと言っただろう」バレー部の顧問教師から突然呼び出され股間を…“男児の性被害”からなくならない誤解と偏見《深刻化するセカンドレイプ》

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人のいない会議室へ、「熱血教師」が「指導」呼び出し
子どもの性被害が後を絶たない──。警察庁によると、2024年度に「不同意わいせつ罪」で検挙したうち児童が被害者となったのは2137件、「不同意性交」は1461件にのぼった。そうしたなか、男児の性暴力被害にある”特有の事情”が問題視されている。
社会全体ではまだ男性の性被害に関して誤解や思い込みがあり、被害者が相談を躊躇してしまうケースがあることが指摘されており、内閣府は2023年に「男性・男児のための性暴力被害者ホットライン」を期間限定で開設。現在も全国のワンストップ支援センターが相談窓口として開かれている。
男児の被害について、朝日新聞取材班『ルポ 子どもへの性暴力』(朝日新聞出版)より、お届けする(一部抜粋して再構成)。【全3回中の第1回】
※この記事では性暴力被害の実態を伝えるため、被害の詳細について触れています。
* * * 最初は冗談だと思っていた。
千葉県松戸市に住む栗栖英俊さん(47歳)が、市内の中学校に通っていたころのことだ。中学1年の夏ごろ、部活の顧問だった男性教師から、練習中に「お前、ちょっと来い」と呼び出された。
教師のことは信頼していた。担任でもあり、入学早々野球部を退部した栗栖さんに対して「お前みたいなまじめな奴が来たら先輩たちが喜ぶから、バレー部に来いよ」と誘ってくれた人だ。優しい、面倒見の良い先生、だった。
だが、その教師に呼び出されて行くと、いきなり股間を触ってきた。《なんだ?》。教師は股間に手を当てて、何事もなかったかのようにしている。栗栖さんは意味がわからず、特に何も言わなかった。数日後にまた呼び止められて、股間を触られた。他の部員に対しても触っていたから、そのときは《冗談にしてはしつこいな》と思うくらいだった。
秋ごろになっても、教師は触ることをやめなかった。さすがにおかしいと思い、「やめてほしい」と訴えた。すると、教師は「お前はわがままだ」と言ってきた。他の生徒は嫌がらないのに、自分だけが断っていると指摘しているような言いぶりだった。
「わがままって言われると、人間思い当たる節があるじゃないですか。学校の先生だから一理あるのかな、と思ってしまって」
栗栖さんは「指導」を理由に、放課後に残されるようになった。教師は、人のいない会議室に栗栖さんを呼び出し、カーテンを閉めて外から見えないようにした。「(触られることが)嫌なら学校を出て行け」「お前はまだ本当の意思を言っていない」などと、強い口調で責めてきた。
そう言われ続ける中で、栗栖さんはノイローゼのようになっていった。11月ごろ、「それくらいなら我慢します」と言った。だが、それだけでは終わらず、今度は「お前は俺に股間を触ってくれと言っただろう」「他にしたいことはないのか」と何度も言われた。追い詰められて口にした言葉を、逆手に取られたのだ。
嫌がって反論すると、「他の先生や生徒に言いふらすぞ」と脅された。逃れられないまま、行為はエスカレートした。抱きつかれる、キスをされる、口腔性交まで強いられた。空き教室や体育館の放送室など、周りから見えにくい場所で二人だけの状況を作られ、被害を受けた。
ずっと嫌だった。当時は、同性愛への偏見が根強い時代だった。被害を明らかにしても、周囲から同性愛者とみられ、それによって友人との人間関係が壊れるのではないかという恐れから、被害を明らかにすることはためらわれた。
それでも、中学1年の秋と2年のとき、勇気を振り絞って他の先生に被害を訴えたことがある。だが、返ってきたのは「あの先生はそんなことをするような先生じゃない」「お前ら、お似合いだよ」といった言葉だった。自分一人だけが夜遅くまで残されるなど、周囲が異変に気づく場面はあったはずだ。だが、男性教師が男子生徒を遅くまで残していることは「熱心」と受け取られていた。
親には、中学1年のときに股間を触られ続けていることは言った。だが「『わがままなところがある』と言われると、親としては『そういうところもあるよね』となってしまった」。部活を引退する中学3年の1学期まで、最低でも月に2度ほど放課後に残され、被害を受けた。「教師や周囲の人たちは、なんであのとき対応してくれなかったのか。対応してくれていたら、何の問題もなく中学校生活を送れた」。栗栖さんの心には、そんな思いが残り続けている。
中学校を卒業すると、教師との接点はほとんどなくなった。だが、後遺症が続いた。人間不信だ。助けてもらえなかった、という経験があるから、大学卒業後も、人間関係をうまく作れなかった。いまも精神安定剤を飲んでいる。
10年前くらいからは日本社会でも性暴力について徐々に語られるようになったが、男性の性被害は依然として表に出にくく、当事者以外に認識されていないと感じる。特に女性からの被害の場合は「得したじゃないか」「良かったね」などといったコメントが、ネット上で書き込まれることも多い。栗栖さんは、今回の取材には実名で応じることにした。いまなお、広く知られていない男性の性暴力被害を少しでも知ってほしい。その一歩になればという願いからだ。
「被害を名乗り出ることは難しい。けれど誰かが防波堤になって名乗り出ないと、誰も気づかない、おかしいと思っても声を上げられない状態が続いてしまうから」
栗栖さんは中学時代に性暴力を受ける中、男性教師に下着を奪われていた。その返還を求め、教師を相手取った民事訴訟を起こし、2022年9月に勝訴した。被害そのものは時効になっていたため、民事訴訟を通じて性暴力の実態を公に認めさせることも狙った裁判だった。
裁判で、教師は書面で「転居の際、焼却炉で燃やしたため『ない』」「『もらっていい?』と尋ねていて本人はうなずいていたので、『無理やり』とは……(内心嫌だと思ったのでしょう)」などと答弁した。
松戸市教育委員会は2017年、栗栖さんからの訴えを受けて事実関係の調査をした。だが、教師への協力要請に返事はなかった。被害から時間が経っていたことなどを理由に、当初は教師が直近に勤務していた学校の管理職ら4人に調査、また、裁判で勝訴後の2022年末から翌2023年1月には当時の同僚2人にも調査をした。しかし、いずれの調査からも事実関係は明らかにならなかった。
2022年9月の判決を受け市教委は「被害に遭われた方がつらい思いをされたことを、重く受け止めている。今後の対応について検討を進めている」とコメントした。再び男性教師に調査を依頼しているが、返事はないという。
(第2回につづく)

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