「トルコではなかった差別が、日本ではあった」 難民申請中の「クルド人男性」が「12歳少女に性的暴行」で実刑判決 記者に明かした“生い立ちと家族”

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7月30日、12歳の少女に性的暴行を加えた罪に問われていたクルド人男性ハスギュル・アッバス被告(22)の一審判決がさいたま地裁で下された。判決は懲役8年。裁判長は〈被害者の人格を一顧だにしない欲求本位の粗暴かつ卑劣な犯行〉、〈反省の態度は全く見られない〉と断罪した。被告は判決を不服とし、控訴している。
【前編】では、ハスギュル被告の判決への不満や被害者に対する感情などを記した。【後編】では、ハスギュル被告の来日の経緯や、トルコでの迫害状況について、本人の弁を伝える。
【前後編の後編】
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【写真】「トイレで“行為”する10代の男女が…」「掃除すると避妊具が」 クルド人の若者が集まる川口市内の公園
記者は、ハスギュル被告に公判中の6月中旬と、一審判決が出た後の8月上旬に面会を行った。
以下は、6月中旬にハスギュル被告と面会した際のやりとりだ。
――日本に来た経緯は。
「お父さんが先に日本に行って仕事をしていて、その2、3年後ぐらいにお母さんと一緒に日本に来た。10歳のとき。それから4回ぐらい、12年間難民申請をしてきたけど、認定してもらえなかった」
――日本ではどう過ごしてきたのか。
「学校は中学まで行った。中学校の勉強もあんまりよくわからなかったし、高校は行ってない」
――逮捕時は〈自称解体業〉と報じられたが、解体の仕事をしていた?
「してない。お父さんが解体業の会社を持っているから、それでだと思う」
――中学卒業後は何をしていたのか。
「特に何も。前の事件で心の病院(心療内科のこと)に通っていて、薬も飲んでる。前の事件のあとは仕事もできる状態じゃなかった」
【前編】で報じた通り、ハスギュル被告は14歳の少女に性的暴行を行ったとして逮捕され、昨年5月、県青少年育成条例違反で懲役1年、執行猶予3年の有罪判決が確定。その執行猶予中にこの裁判の事件を起こした。「前の事件」とは、執行猶予中だった14歳の少女の事件のことを指す。
――公判中、“一緒にいたことにしてほしい”と、妻にアリバイ工作を頼んだことが指摘された。
「警察が来たから。無理やりはなにもやってないので頼んだ」
――妻とはどこで知り合ったのか。
「インスタグラムで(知り合った)。去年8月に結婚した。日本人でネイルの仕事をしていて、同い年」
――日本に滞在するために日本人女性と結婚するクルド人もいると聞く。
「(自分は)違います。好きで結婚した。(配偶者)ビザの申請もしてない。昨日も面会に来た」
そう話した後、ハスギュル被告は表情をやわらげた。微笑みながらタトゥーだらけの右手を差し出し、アクリル板越しにアルファベットで指に彫られた日本人女性の名前を見せた。
「これ、奥さんの名前」
――結婚して1か月後の昨年9月に逮捕されたわけだが、それでも奥さんは面会に来てくれるのか。
「はい。やってないと信じて待ってくれている」
このやりとりから約2か月後、一審判決が出た後の8月の面会では、妻と離婚したことを明かした。以降は、8月の面会でのハスギュル被告とのやりとりである。
――クルド人の家族と奥さんは面会に来るのか。
「家族はほぼ毎日。奥さんも来てくれるけど、相手の家族が怒って、6月に離婚はした」
――籍は抜いたが面会には来てくれるということ?
「来てくれる。“待ってる”と言って、信じてくれてるから」
――拘置所では毎日何をして過ごしているのか。
「やることない。ただ一日中ずっと椅子に座ってるだけ。本も読めないし」
――本はなぜ読めないのか。
「漢字が読めないから。本当にやることない。ご飯はまあまあだけど、部屋にゴキブリが出る」
――漢字が読めないと日本で生活するには不便だ。勉強しようと思ったことはないのか。
「今は奥さんが差し入れてくれた漢字の本があります」
――クルド人の家族とは何を話すのか。
「判決が出た後は、お母さんが“(懲役)8年は長過ぎる”とか。“元気?”とか、“頑張ってね”とか。お母さんは日本語ができないから、日本語がわかる10歳の妹も一緒に来る」
――家族はどういう在留資格か。
「妹は日本で生まれて、妹の親というのでお母さんだけ家族ビザの在留資格がある。お父さんは会社の名義でビザがある」
――通常、実刑判決が下ったら、服役後に強制送還される。トルコに親族はいるのか。
「おばあちゃんがいる。お兄さんは日本にいたけど、難民申請何回かしてダメで、トルコに強制送還されたから、お兄ちゃんも(トルコにいる)」
――クルド人を理由に差別されたと思ったことは?
「日本ではあります。SNSとかに色々悪く書かれてる」
――トルコにいたとき、差別されたと感じたことはあったのか。
「ないです。(差別を)されてない」
――トルコにいたとき、生活上の不便や苦労を感じたことはあるか。
「ないです」
ちなみに、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の難民の定義は、「人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するという理由で、自国にいると迫害を受ける恐れがある」人々である。
――10歳のころ、日本に行くと聞いたときはどう思ったか。
「特に何も。不安もなかったし、うれしいとも思わなかった」
――父親はなぜ日本に?
「わからない」
――前の事件でメンタルに不調を来して病院に通ったと話していたが、精神状態は落ち着いて見える。
「ここでも薬を飲んでるから」
――どういう精神状態なのか。
「不安になることはあるけど、薬を飲むと落ち着く」
――日々何を考え過ごしているのか。
「椅子に座って、今は“どうなるのかな”とか、“どうにかならないかな”とか、“示談に応じてくれないかな”とかずっと考えてる」
【前編】では、ハスギュル被告の判決への不満や、被害者に対する感情などを詳報している。
デイリー新潮編集部

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