指導のつもりがハラスメントに…専門家が語るスポハラの今「愛のムチはただの『無知』」

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2025年6月、スポーツ基本法が制定以来初めて改正された。
改正法29条では、スポーツを行う者に対する暴力や、優越的な関係を背景とした言動、性的な言動に対して、国と地方公共団体は必要な措置を講じなければならないと明記された。
スポーツ現場での暴力や暴言など、いわゆる「スポーツ・ハラスメント(スポハラ)」については、日本スポーツ協会の調査で、2024年度の相談件数が536件にのぼり、過去最多を記録している。
なぜ”令和のいま”も「スポハラ」はなくならないのか。対策の第一人者である大阪体育大学の土屋裕睦教授に話を聞いた。(弁護士ドットコムニュース・玉村勇樹)
「一言で言うと、社会の変化に乗り遅れている、あるいはついていけてないコーチが一部にいるということですね」
そう語る土屋教授は、背景にあるのは過去の指導文化とのギャップだと指摘する。
2013年、日本体育協会や日本オリンピック協会などが「暴力根絶宣言」を採択して以降、殴る・蹴るといった身体的体罰は大きく減ったという。一方で、「バカヤロー」「やる気がないなら帰れ」といった暴言や精神的圧力に関する通報は増えている。
「今の時代、叩いたり蹴ったりしないというのは当たり前。しかし、自分たちが選手の時代は『当たり前だった』と思っているコーチが、つい暴言を吐いたり、『愛のムチ』としてビンタをしてしまうケースはあります」
土屋教授のもとには、選手や保護者からだけでなく、指導者本人からの相談も寄せられる。
たとえば「問題児がいて手を焼いている」といった一見選手側の問題として語られる相談も、掘り下げていくと「自分の指導法が今の時代に合っていないのではないか」と、指導者自身の葛藤が浮かび上がってくることがあるという。
そうした指導者たちを支える役割を担うのが「コーチのコーチ(コーチデベロッパー)」だ。土屋教授は、彼らによる「学び直し」の支援体制の重要性を訴える。
スポハラ対策が始まった当初は、「暴力の根絶」が主な目的だった。しかし、現在はその基準が大きく変わっている。
「採択から10年以上たってスポハラ対策は、『誰もが安全・安心かどうか』というのが基準になっています」
たとえば、プレイヤーにニックネームで呼びかける、身体に触れて指導する、罰としてダッシュを命じる──。こうした行為がハラスメントに該当するかどうかは、その内容ではなく「受け手がどう感じるか」で判断される。
「コーチがよかれと思ってやっても、プレイヤーが嫌だと感じたらアウト。プレイヤーに聞いてみたり、代替案がないかどうか検討したりする必要があります」
「『愛のムチ』は単なる『無知』、知識不足みたいなものなんです」
土屋教授は、スポハラの背景にあるのは「悪意」ではなく「無理解」であると強調する。こうしたリスクを減らすためには、指導者に対する最低限の教育機会が欠かせないと話す。
「指導者は何のためにやっているかというと、子どもたちの幸せのため。もっと言うと、自分の幸せのため。だからこそ、学ばないコーチは教えてはいけない。学ぶことは、みんなが幸せになるための方法なんです」
【プロフィール】土屋裕睦(つちや・ひろのぶ)。大阪体育大学教授。博士(体育科学)。公認心理師。スポーツメンタルトレーニング上級指導士。文部科学省「スポーツ指導者の資質能力向上のための有識者会議」委員、日本スポーツ協会「NO!スポハラ」実行委員、部活動のあり方に関する有識者会議委員等を歴任。著書に「実践!グッドコーチング」(PHP研究所)他、トップ選手の心理相談の他、地域では小・中学生の指導にもあたる。コーチデベロッパー(コーチのコーチ)として公認コーチ育成事業にも尽力。専門はスポーツ心理学。剣道教士七段。

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