「ジャムおじさんとバタコさんは、人間のかたちをしているけれど」やなせたかしが語った『アンパンマン』に人間が登場しない納得の理由

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〈やなせたかしが中1で初めて書いたラブレター、返事はまさかの…「顔面蒼白、ぼくは手紙を破って捨ててしまいました」〉から続く
“アンパンマン”の生みの親であり、朝ドラ『あんぱん』のモデルにもなったやなせたかしさん。ジャムおじさんやバタコさん、バイキンマン……さまざまなキャラクターが登場する『アンパンマン』の世界に、実は人間が登場していないのを知っていましたか?
【画像】『あんぱん』に出演中の『アンパンマン』声優・山寺宏一さん
宮崎駿監督を尊敬する一方、「彼とはまったく別の方向で、アニメを作りたかった」と語るやなせさんのキャラクター作りについて、著書『わたしが正義について語るなら』(ポプラ社)より抜粋して紹介します。(全4回の4回目/最初から読む)
やなせたかしさん 文藝春秋
◆◆◆
キャラクターを考えるのは、とても難しいですよ。みなさんもやってみると分かると思います。我々はみんな似たような顔をしていますね。目が2つ、鼻が1つ、口が1つ。違うといってもせいぜい数ミリメートルの位置の違いで、5センチメートルも違うということはないんですね。でもみんな違う。
アンパンマンのキャラクターは、最初は食べ物だけにしようとしていたのだけど、だんだんそれだけでは間に合わなくなってしまいました。今では食べ物以外のキャラクターもたくさんいて、全部合わせると2000を超えています。
キャラクターを作る時に、動物を擬人化してしまえば個性を作るのはやさしいんです。犬と猫、馬は明らかに違いますから、簡単に描き分けることができる。
しかし何十人の人間の個性を絵で描き分けるのはとても難しいんです。ぼくの絵にはぼくの個性がありますから、ぼくが描く絵は目が似ていたり、どこか「やなせタッチ」になります。
ましてや、これが美女を描くとなるとさらに難しい。自分の好きな女性の顔がありますから、あまり変化させにくくて、恋人とか近親の人に似てしまうんですね。
他のアニメを見ていても、美女の顔はあまりうまくないように思います。人形みたいにパターン化している。ディズニーでさえそうです。
アンパンマンの中には、美少女が相当数登場しているんですよ。
ところでみなさんは気がついているかどうか分かりませんが、アンパンマンシリーズに出てくるキャラクターは、基本的にコンパスで描ける円にしています。
作りやすい。描きやすい。間違いがない。クレヨンしんちゃんのような変形したかたちは、なるべく使いません。
こけしは同じ基本型の上に描いていきますが、それと同じ。基本型は同じだけれど、それに違う個性を持たせていくというやり方です。これはなかなか難しいのですよ。
それからもうひとつ言うと、アンパンマンはアニメとしてはひとつの大きな挑戦をしました。普通アニメと言っているのは、動画か漫画映画のことです。
アニメでは、人間よりも動物を動かす方がやさしいと言われています。ディズニーは俳優を使って動画を撮影し、それをアニメ化するという方法をとりました。
人間は人間に演じさせて、背景と動物はアニメにする。それを合成して作った映画が「メアリー・ポピンズ」です。
動物は擬人化してしゃべらせることができます。逆に、人間は漫画化することになります。こうすれば、両者は同じ画面で共演することができるのですね。動物は動きを誇張することで面白くなります。

アンパンマンをアニメ化する時、ぼくはスタッフに言いました。
「ジャムおじさんとバタコさんは、人間のかたちをしているけれど、妖精のような存在です。その他の学校の先生や子どもたちは、みんな擬人化した動物にしてください。そうでないと、この非現実的な話には、不自然なところが出てきます。アンパンマンという架空のバーチャルランドでのみ成立するわけですから、人間らしいものは、できるだけ排除します」
ぼくは、宮崎駿のアニメを尊敬しています。
でも、彼とはまったく別の方向で、アニメを作る上でひとつの革新を試みたいと思いました。それで指を全部省略して、げんこつのかたちにしたのです。
ディズニー映画は指が4本で作られています。指が5本ではなく4本になるだけで、アニメーターはずいぶん楽になります。4本指は静止していると不自然ですが、動いていると見ていても少しも苦になりません。
ぼくのアニメでは、犬や猫の手は、よく見れば指がわかれていますし、人間だって必要な時には、パッと5本の指になりますが、一見げんこつ風です。
こうすると人形化する時も、着ぐるみも、実に作りやすい。しかし、このことに注目する人は、誰もいません。つまり、少しも不自然でないということだと思っています。
(やなせ たかし/Webオリジナル(外部転載))

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