またもや石破首相夫人・佳子氏の外交ファッションが話題になっている(画像:首相官邸公式サイトより)
【写真】「女子大生ワンピ」よりマシ? 賛否が起きた、G7サミットでの「佳子氏のファッション」
カナダで開催されたG7サミットでは、各国首脳と並ぶ「ファーストレディ」たちの存在感に注目が集まった。
彼女たちの発言が報道されることは少ないものの、その服装や振る舞い、佇まいそのものが、「どのような文化を背負い、どのような価値観を体現しているか」という無言のメッセージとして伝わる。
装いは単なるスタイルではなく、その人の文化的教養と相手への敬意を映し出す鏡であり、国際社会においては「語らずして語る力」として重視される要素のひとつだ。
今回、石破茂首相は初めてG7という大舞台で首脳外交に臨んだ。夫人である佳子氏は、どのような装いを見せたのだろうか。
G7サミット初日。佳子氏が着用した赤いリボンシャツと黒のパンツスーツは、一見、ホスト国への敬意を込めた象徴的な配色に映る。たしかに赤はカナダ国旗を想起させ、その意図は明快だった。
4月の東南アジア外遊の際には、着用していたワンピースが若年女性の御用達ブランドのものだったことで「外交の場にふさわしくない」と批判を受けたが、今回のファッションにはネット上などで「前回よりはいい」といった意見が多くついていた。
しかし今回選ばれた赤はやや発色が強く、佳子氏の肌色とのバランスを欠いたことで、顔の印象がやや後退して見えた。色が目立ちすぎることで、本人の表情や表現力が引き立ちにくくなり、装い全体のメッセージ性が弱まった印象を否めない。
鮮やかな赤いリボンシャツが印象的だったG7サミット初日のファッション(画像:石破茂公式Xより)
顔まわりに赤を用いる場合、その“強さ”の調整がカギとなる。特に自然光下では、鮮やかな赤は視線を強く引きつけすぎる傾向がある。柔らかな風合いやマットな質感の生地を選ぶことで、色に落ち着きと洗練を加えることが可能だ。
また、首元はやや見せることで視線の逃げ場が生まれ、全体の印象が軽やかになる。そして襟には立体感をもたせることで顔との距離も生まれ、肌映りも和らぐ。視線が集まりやすい首まわりに強色や装飾を集中させない工夫が、知性と落ち着きを感じさせるカギとなる。
G7サミット開催2日目、佳子氏は黒のワンピースにシルバーのネックレスという簡潔で落ち着いた装いを選んだ。前日の鮮やかな赤から一転し、重厚さと静けさを感じさせるコーディネートではあったが、黒の面積が広く、体格や顔立ちとのバランスにおいてやや沈んだ印象も残った。
シックな装いだったG7サミット2日目の佳子氏(画像:首相官邸公式サイトより)
黒は信頼や威厳を象徴する一方で、佳子氏のように華奢な体型の人物がまとうと「堅すぎる」「親しみに欠ける」と映ることがある。だからこそ、小柄な人が黒を着こなすには、黒の質感に奥行きをもたらし、全身の輪郭を引き立てるための細やかな設計が重要になる。
たとえば、光を受けて微細に表情を変える上質素材(ギラつきのない控えめな輝きのシルクやサテンなど)は、黒の印象を重く沈めず、むしろ上質な陰影として魅せる効果がある。
光の角度で模様が浮かび上がる、上質な織りのある生地(着物地のような)は、文化的背景と現代的感性を融合させ、小柄な体にも「沈まない黒」を成立させる力を持つ。
「黒を着ておけば無難」と思われがちだが、黒は万能ではない。素材・設計・ディテール――すべてが精緻に整ってはじめて、その人にふさわしい「重み」と「美しさ」を演出できる。単に黒をまとうのではなく、それをどう着こなすか。そこに、知性と美意識の質が問われている。
加えて、シルエットも重要だ。ウエストラインを高く見せる切り替えや、肩まわりに程よい張りをもたせたカッティングは、体の軸を明確にし、存在感を生む。細部にまで計算が行き届いた輪郭が、静けさの中に意志を宿す。
そして見落とされがちだが、最も印象を左右するのが「足元」だ。
靴は、単に装いの一部ではなく、その人の“立ち方”“姿勢”“意志”までも視覚的に語る。
佳子氏が履いていたストラップ付きで丸みのある靴は幼さを助長しやすく、重要な場では避けるべきアイテムだろう。
代わりにミッドヒールのポインテッドトゥ(つま先が細く尖ったデザインの靴)を選ぶことで、全体に緊張感が生まれ、縦のラインが強調される。靴こそが、装い全体の完成度を決定づけるのだ。
ここで改めて強調しておきたいのは、「小柄だから不利」ということでは決してないという点だ。むしろ、どんな体型であっても、装いによって“意志”を明確に伝えることはできる。特に小柄な人は、アイテムの選び方次第で、“意外性ある存在感”を印象づけることができる。
たとえば、上半身にはやや立ち上がるネックライン(首まわりの形状やデザイン)を取り入れ、視線を上に集める工夫を。下半身はタイトすぎず、直線的なスカートで安定感を演出する。肩に軽くジャケットを羽織れば、体そのものを大きく見せなくても、十分な重心と「要」の印象を与えることができる。
そして何より重要なのは、服そのものを主張させるのではなく、「この人は細部に美意識を宿している」と自然に感じさせることだ。
たとえば、ファーストレディの装いであれば、目立ちすぎない位置に日本の織物がさりげなく使われていたり、ステッチの流れや糸の質感に静かな品格が漂っていたりと、言葉にならない繊細な配慮が込められていること。
そうした“目に見えにくい精度”こそが、本人の所作や姿勢に自信をもたらし、非言語の説得力として周囲に伝わっていく。
G7サミットの場では、日本の伝統技術を駆使した布地を取り入れることで、存在感を放つことができるだろう。
たとえば西陣織の技術を現代的に昇華させ、立体的な織りを実現したテキスタイルブランドがある。そのブランド「HOSOO」は、金属糸や高品質な絹糸を用いて、構築性と繊細さを兼ね備えた布を生み出した。
同ブランドの布地は、黒という色に文化的奥行きと品格を与えながら、重くなりすぎず、光や角度によって豊かな表情を見せてくれる。佳子氏のように小柄な体格の女性でも“沈まない佇まい”を支える素材といえる。
シャープな輪郭を持つノーカラージャケットに、奥行きある日本製テキスタイルを重ねれば、伝統と現代性の両立が自然に成立する。さらに、シルバーやプラチナトーンの控えめなアクセサリーを合わせることで、静かな緊張感と洗練された印象が加わり、国際舞台にふさわしい姿勢を演出できる。
重要なのは、「伝統的なもの」をそのまま身にまとうのではなく、それをどう“今の言葉”に翻訳するか。伝統的な素材が、構築的なフォルムや現代的な色設計と出会ったとき、それは“古さ”ではなく“文化的知性”として伝わる。
4月のベトナム訪問では、佳子氏のワンピースが「女子大生御用達ブランドのものでは?」と物議を醸した(画像:石破茂公式Xより)
ファッションは自己表現にとどまらない。外交の場では、「文化的視野」「相手への敬意」「判断力の成熟」といった非言語の要素が評価される。話題性を狙った華美な装いは、かえって信頼を失ってしまうリスクもある。
ファッションは、ブランド服だからでも色彩が派手だからでもなく、「ふさわしく見えたから」という理由で記憶に残る。入念に準備された服には、相手国への配慮や、自国文化への理解と誇りがにじむ。それらが信頼を生み、無言のうちに共感を引き出す。
これはファーストレディに限ったことではない。ビジネスの現場でも同様だ。
体格にかかわらず、自分という存在をどのように設計できるかが問われている。小柄もしくは大柄だったとしても、サイズを補うのではなく、個性として戦略的に生かす視点が必要だ。つまり、服装とは“装い”ではなく、“戦略”である。
いま求められているのは、ただ着るのではなく、「見られる前提で設計された自分」を提示する力である。自分の体を理解し、それを最大限に生かす力学を知ること。信頼や共感といった目に見えない価値が評価される現代において、それこそが私たちが磨くべき「文化的リテラシー」なのだ。
(安積 陽子 : ニューヨーク州立ファッション工科大学主任講師/国際イメージコンサルタント)