配偶者の不倫によって、心に傷を負った「サレ妻」(サレ夫)たちが、その痛みを癒やすため、あるいは「報復」に必要な情報を得るため、SNS上で集う現象が発生している。SNS上では、同じようなつらさを抱えた者同士で盛んな情報のやりとりがされている。
夫と不倫した相手女性に慰謝料を請求して、支払いの経緯までを赤裸々につづり、”不倫の被害者”たちから共感を集めた「サレ妻アカウント」のもとには日々、「救い」を求めるDMが届いている。
SNS上で影響力を持っているサレ妻の女性は、裏切られた心の傷を癒すための手段として、法的な手段だけでは不十分だと話す。どうすれば彼女たちは「救済」されるのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
30代の伊藤加菜さん(仮名)は、個人事業主の夫と一緒に働いて2人の子どもを育てている。
あるとき、夫が、取引先の女性と不倫に及んでいたことに気づいた。伊藤さんは、夫のスマホやPCなど情報端末を通じて、動かぬ証拠映像を見つけて疑惑を確信に変えた。
「見つけたときは衝撃で手も震えました」
その行為を撮影した動画を、ネット上の成人向けコミュニティサイトで販売しようとしていたことまで明らかになったという。
自宅の寝室で撮影された映像を目にした伊藤さんは働けなくなり、円形脱毛症になるなど心身に影響が及んだ。
はじめは否定していた夫も、伊藤さんが証拠を突きつけると、不倫の事実を認めたそうだ。相手の女性に伊藤さんが慰謝料を請求して、その後、示談を成立させたという。
「相手は収入もあって支払い能力がありました。慰謝料は相場と言われている300万円よりは遥かに高かったです」
弁護士ドットコムが、会員弁護士に実施した2024年12月のアンケート(回答者280人)では、不貞の慰謝料請求事案を扱った経験のある弁護士230人が、実際に認められた慰謝料の相場を回答した。
伊藤さんと同じ「離婚に至らず、裁判で判決を得ていないケース(示談など)」において、「300万円以上」と答えた弁護士は2人(0.9%)だけ。最も多かったのは、108人(47.0%)が選んだ「50万円以上100万円未満」だった。
弁護士の半数以上が、不倫の慰謝料相場を「安い」「やや安い」と答えている。伊藤さんのように高額な慰謝料が支払われるケースは相当珍しいと言えそうだ。
しかし、それでもなお、伊藤さんの心が晴れることはない。
伊藤さんのほかにも、Xにアカウントを持つ複数の「サレ妻」たちに取材したが、彼女たちは「お金で解決したいわけではないが、お金で解決する以外に方法がない」と答えた。
不倫の疑惑を探したりする過程や、裁判で争い合ううちに、知りたくなかった事実を知り、さらに打ちのめされることも少なくなかったという。
日本において「不貞行為」は民法上の不法行為にあたると判断されているが、刑事上の責任は問われない。そうしたこともあり、行き場のない思いが歪な形になって現れることも。
昨年、ある女性がインターネット上に知人女性の個人情報などを晒したなどとして名誉毀損罪で逮捕され、略式命令を受けるという出来事があった。
不倫した夫と相手女性の個人情報をSNSで公開し、大きな騒ぎになった出来事が関係しているとされる。
「法律で裁けないのであれば、自分で裁いてしまいたい気持ちはわかる」と伊藤さんも同調する。
実は伊藤さんも、とある暴露系インフルエンサーにも情報を提供して、YouTubeでの告発に向けた準備まで進めていたというのだ。
社会的な立場がある相手ほど、社会的な評価を低下させることでダメージを与える価値があると考えたからだ。
結局、その計画は実施されなかったが、ある程度の時間が経って落ち着いた現在は「晒したところでスッキリしなかった」と気持ちが切り替わった。
伊藤さんは、証拠集めや慰謝料請求の情報を求めて、SNS上で「サレ妻」になった。センシティブな情報を周囲に言えないことも影響している。
「不倫のことはリアルの親友にも言っていません。自分のことを誰も知らない場所で、感情を吐き出すためです」
夫との関係修復もできたとは言えず、問題は完全解決したわけでもなく、まだアカウントは消していない。
「私に届く相談のDMには、なるべくすべて返信しています。『元気が出ました』と言ってもらえます」
先ほど紹介した弁護士へのアンケートでは、不貞の相手方に対する慰謝料請求が「依頼人(サレ妻・サレ夫)」にとって”真の利益”となっているかと聞いた。
回答は、「利益になっている 」158人(56.4%)、「どちらとも言えない」94人(33.6%)、「利益になっていない」28人(10.0%)となった。
「利益になっている」と答えた半数以上の弁護士は、「経済的な補償」「精神的な苦痛の慰謝」「気持ちのうえでの一区切りとなる」ことを主な理由としてあげた。
そして、残りの弁護士からは、「不貞の事実の詳細な立証は心理的負担が大きい」「相場の金額では満足できず、憎しみは消えない」などの意見が寄せられた。
実務にくわしい弁護士たちからも「本来的に法的な解決が難しい分野」「この問題はとても難しい。総合的な解決は永久的に無理だと思う」との本音が聞こえてくる。
不倫の「被害」を考えるにあたって、専門家らの意見も決して一様ではない。しかし、サレた人たちのつらさに目を向け続けることは必要なはずだ。時代の意識としては、不倫のショックは軽視されていると考える人が少なくない。