おらが町にはスタバは来なかった…誘致で賛否割れた埼玉・行田 “反対派に圧力”記事に取り下げ求めた市の怒り

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「スターバックス」を巡り揺れていた埼玉県・行田市が、出店計画の中止を発表した。誘致反対の意見を受け、建設予定地でのボーリング工事が中断されたままだったが「このまま出店がなくなるのではないか」という市民の懸念通りの結果となった。
【写真】スタバが出店を予定していた駐車場 & 行田市がHPで公開した“怒り”
「このまま、行田市はスタバが来ない街として有名になっちゃうのかしら。多くの人はスタバが来るのを楽しみにしてると思うんですけどねえ」
出店中止前、ある女性はこうつぶやき、憂い顔を見せた。
埼玉県北部の行田市と言えば、日本最大級の円墳「丸墓山古墳」を含む国の特別史跡「埼玉(さきたま)古墳群」があり、県名の由来にもなった由緒ある地。古くから足袋の生産が盛んで、TBS系ドラマ「陸王」のロケ地となった。毎年6~8月には、原始的な形態を持つ古代蓮(行田蓮)がピンク色の花を咲かせ、色とりどりの稲を使った「田んぼアート」でも知られる。
これら古代蓮や田んぼアートは、近くの「古代蓮会館」の展望タワーから眺めることができる。この展望タワーは、映画「翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~」(2023年)でミサイル「行田タワー」と化し、大阪府の通天閣と対立するストーリーが描かれた。これをきっかけに今年3月、名称を「行田タワー」に変更。外壁に「GYODA」などの文字を取り付けるためのクラウドファンディングや企業版ふるさと納税を募集したところ、通天閣を運営する「通天閣観光」から100万円の寄付があったことも話題となった。
数々の観光の目玉があるものの、他の地方都市の例にもれず、行田市も人口減少が続いている。2050年までに20~39歳の女性人口が半分以下に減少すると予測される「消滅可能性自治体」に指定されており、そうした状況を打破するために、2023年4月の市長選で初当選した元参院議員の行田邦子市長は選挙公約に「企業誘致」を掲げていた。同年10月には「企業誘致課」を新設し、今回のスタバの初進出が取り組みの象徴になるはずだった。
スタバが出店を予定していたのは、市中心部の「水城公園」にある市有の公共駐車場「忍・行田公民館駐車場」の一角。関係者の話を総合すると、休日などには多くの市民が集う水城公園に飲食施設・休憩施設を望む声が多かったことから、飲食店誘致について2024年8月、市が市議会に説明した。そして出店者を募ったところ、スタバのみが手を挙げ、審査会を経て出店者に決定。10月18日に出店に向けた基本協定を締結した。
ところが、現状およそ100台が停められるこの駐車場が、スタバ出店によって半減することを懸念する住民らが「忍・行田公民館の駐車場を守る会」を立ち上げた。そして320筆の署名を添え、出店中止を求める要望書を市に提出した。これに先立ち、スタバ本社にも同様の要望書を提出したという。
市としてはもともと、現在の駐車場とは離れた場所に計70台程度が停められる2カ所の代替駐車場を設ける予定だった。だが、「元の駐車場から離れた場所にあっては、サークル活動を行う高齢者らが必要な荷物を持って移動するのは厳しい」と反対派は反論。これを受け、市は公民館の裏側に新たに40台分の「公民館北側駐車場」を新設する約2000万円の予算案を12月の市議会最終日に提出し、即日可決された。結果「駐車場を守る会」は解散したが、今度は「行田の明日を考える会」が「公民館の北側には桜の木もあり、湿地帯もあるため、公園内の自然破壊となる」と反対し、対立姿勢を見せていた。
市は〈懸念されているような樹木の伐採は行いません〉(市のホームページ上での経緯報告)と明言し、提出された署名についても〈主に、公民館の駐車場が減少することへの懸念が書かれており、署名の時期によっては新たに(駐車場を)増設することが書かれていないものもあった〉と“誤解”があると指摘。〈いち早く説明しなければならないと考え、要望書提出者をはじめ、署名者に説明のため訪問いたしました〉としていたのだが、こうした行為が新たな火種となってしまっていた。
「市が署名者へ撤回届渡す」「市民団体反発『表現の自由侵害』」 「『脅しと圧力感じた』」「職員、反対署名の発起人宅訪問」
こんなセンセーショナルな見出しが躍ったのは、2024年12月27日付の東京新聞だった。
記事は「市が『署名撤回届』を用意した」と報じたうえで、「駐車場を守る会」の発起人代表らを取材。撤回届について「市の圧力や脅しを感じ、怒りが込み上げる」などとする市民のコメントを紹介している。
これに対し、先に触れた市の経緯説報告では〈反対署名をした市民に翻意を促す説得活動をしたのではなく、新たに整備が決定した駐車場のことや一部事実に基づかない要望書の内容の説明などを含め、正確な情報をお伝えしたもの〉〈(※編集注:東京新聞が見出しなどで指摘した)表現の自由を侵害したとは考えておりません〉と、報道に真っ向から反論していた。市は東京新聞に記事の取り下げを求めていたといい、深刻な事態となっていた。
昨年末に「駐車場を守る会」が解散したのは先述のとおりだが、これを「行政の脅しで解散させられた」と主張する市民団体「行田の明日を考える会」が反対運動を受け継いだ。
「考える会」は、昨年12月に行田市長や職員が「駐車場を守る会」の発起人らの自宅を訪問したことについて、「市と協定を結んだ企業が出店しないことになれば、損害賠償金が発生すると脅され、解散を要求された」と主張。一連の経緯を〈問題点〉としてまとめた文書「埼玉県行田市における忍・行田公民館駐車場に出店について再検討のお願い」を、「スターバックス コーヒー ジャパン」の水口貴文社長宛てに送付した。結果、2月から着工予定だったスタバの工事は、一部のボーリング調査を行っただけで、中止されたままとなっていた。もっとも「考える会」は、出店予定地そばの交差点が朝夕のラッシュ時を中心に混雑することも踏まえ、「別にスタバの出店に反対しているわけじゃない。古墳のある埼玉地区など道路が混雑しない場所にも出店できるところはある」とも主張していたのだが……。
一方で、市民からは「スタバの出店どうなったの?」との声も出ていた。有志による「出店を求める市民の会」は2000人を超える署名を集め、出店を求める嘆願書を2月19日に行田市長に提出した。
今年の3月議会では、行田市長がスタバ問題の状況を説明。市民の不安を打ち消そうと躍起だった。「何とか出店に向けて頑張ってくれ」「一部の反対の声だけで出店できないなんて。応援します」といった意見が市側に寄せられていた。
とはいえ、反対の声を懸念するスタバの姿勢は頑なだった。実際に出店を辞退した例もある。2022年に静岡市葵区の城北公園に駐車場やドライブスルーを併設した店舗を検討していたところ、やはり住民から樹木伐採を危惧する声が上がり、出店を取りやめたのだ。その理由について「このまま出店したとしても、スターバックスが目指している地域社会の一員として、地域に貢献できる存在となり、地域や周辺住民の方々をつなぐ場としての役割を果たせないと判断」と説明している。
「スタバはコンプライアンス意識が非常に高いので、基本、揉めてるところには出店しないらしいです。今回の行田もほぼ撤退らしいということも聞こえていました」(事情に詳しい関係者)
ちなみに隣の羽生市には、行田市よりも人口が少ないが、スタバが4店ある(「イオンモール羽生」内には1階と3階に2店舗も)。いずれも多くの市民でにぎわっており、地域に根付いた人気ぶりがうかがえる。
「これからも、スタバ行こうと思ったら、羽生市に行かなくちゃならないんですかね」(行田市民)
デイリー新潮編集部

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