ハムスターが負った小さな傷。そこからわかった「友情」の問題とは(写真:kaka/PIXTA)
飼っている動物が病気になったら、動物病院に連れていきますよね。動物病院には外科、内科、眼科など、さまざまな専門領域の獣医師がいますが、獣医病理医という獣医師がいることを知っていますか?
この記事では、獣医病理医の中村進一氏がこれまでさまざまな動物の病気や死と向き合ってきた中で、印象的だったエピソードをご紹介します。
ネコと鳥、イヌとウサギ、ネコと魚、フェレットとハムスター、カメとヘビ、ヒトとチンパンジー ……。テレビの動物バラエティー番組やYouTubeの動画などでは、異なる種の動物たちが一緒に過ごす姿が頻繁に紹介されます。
種を超えて「情」を交わしている(ように見える)光景に、多くの人は心が癒やされ、思わずほほ笑んでしまうことでしょう。だからこそ、そうした映像は視聴数を期待される番組や動画の定番になっています。
しかし、動物の遺体を日々解剖する獣医病理医である僕にとって、それはほほ笑ましいどころか、反対に思わず顔がこわばってしまう恐ろしい光景です。
生物として種が異なれば、その姿形だけでなく、習性、運動能力、情報の認知や処理の方法もまったく異なります。かかる病気も違ってきます。そんな生き物同士が同じ空間にいると、命に関わる事態がしばしば起こるのです。
ある瞬間に、種を超えた友情のように見える振る舞いをすることもあっても、次の瞬間には致命的な事故が起こる可能性もあり、実際そのような事故は、みなさんが想像する以上に頻発しています。
代表的な事例をご紹介します。
あるとき、ペットとして飼われていた1歳半のゴールデンハムスターの病理解剖を依頼されました。飼い主さんは、「昨日まで元気だったのに、朝になったら死んでいました。なぜ死んでしまったのか、どうしても知りたいんです」とのこと。
寿命が2~3年と比較的短いハムスターが死んだら、たいていは「寿命」とみなされます。わざわざ病理解剖をして、正確な死因を特定しようとする飼い主さんはそう多くありません。飼い主さんは、この小さなげっ歯類を家族同然に大切にしていたのでしょう。
体長20センチにも満たない小さな遺体を慎重に解剖していくと、まず背中の皮ふの下に黄色い膿(うみ)がたまっていることに気づきました。膿は体に侵入した病原体と、それと戦った免疫細胞(好中球)の死骸が混ざったものです。
さらに内臓をすべて取り出して観察すると、脾臓(ひぞう)と肝臓が腫れていて、肺炎も見られました。何らかの病原体による感染症が起き、それが全身に広がっていた可能性が高いと考えられました。
ここで、飼い主さんに「亡くなる前、この子に何か変わったことは起きませんでしたか?」と改めて尋ねてみました。すると、「1週間ほど前に、一緒に飼っている仲のいいネコが、この子を爪で引っかきました。ケガをした様子はなかったので、今の今まで気にしていなかったのですが……」とおっしゃいます。
飼い主さんは「2匹は仲がよかった」と話しておられましたが、ここまでの病理解剖の結果とこの証言から、僕の頭の中には「不幸な事故」が起こった可能性が浮かびます。
膿がたまっていたところの皮ふを切り出し、顕微鏡で詳しく調べます。すると、修復されかかっている極小の傷跡を見つけました。さらに、膿や腫れた臓器の中からは、黄色ブドウ球菌という細菌が見つかりました。化膿した傷でよく見られる細菌です。
ネコの歯や爪にかぎらず、動物の歯や爪は雑菌だらけです。おそらく、一緒に飼われていたネコに引っかかれてできた傷から、黄色ブドウ球菌が体内に侵入して、増殖したのでしょう。
その結果、このハムスターは細菌感染症で、命を落としたのだと考えられます。
飼い主さんが言うように、ケガ自体は小さなもので、傷もすぐにふさがった。しかし、体内では皮ふのバリアを突破した病原体が増殖を続けており、体が小さなハムスターではそれが命取りとなりました。
このような感染症は、体の小さなハムスターにかぎらず人間にも起こりうるもので、ときには重症化して死に至ることがあります。
ネコとネズミの間に友情は存在するのか?(写真:Nynke van Holten/PIXTA)
そんなわけで、テレビの動物バラエティー番組やYouTubeの動画などで、例えば、免疫が未熟な人間の赤ちゃんとネコがじゃれ合っている映像を見るとき、僕はどうしてもみなさんのようにほほ笑ましく思えず、つい顔が引きつってしまうんですよね……。
赤ちゃんがいる家庭で動物を飼っている方は、赤ちゃんのそばをちょっと離れる際、赤ちゃんと動物だけの状況にはしないでほしいと思います。「うちのペットは咬まないから大丈夫!」という油断が、思わぬ事故につながります。
ハムスターの飼い主さんにこの病理解剖の結果をお伝えすると、「いつもじゃれ合っていて、仲のいい2匹だったので安心していたのですが、こんなに悲しいことが起きるなんて思いもしませんでした」と、絶句しておられました。
大切に飼っていたハムスターが亡くなったという今回の経験は、飼い主さんにとって大変つらいものになったようです。僕としては、次に動物を飼う際に、せめてこの教訓を生かしてほしいと願うばかりです。
今回ご紹介したのは突発的な事故の例ですが、異なる動物が同じ場所にいると、病気の問題を引き起こすこともあります。
前回ご紹介した【関連記事:「鼻が反り返った小さなヘビ」が急死した本当の訳】ヘビとカメの例はその代表です。リクガメがよく保有しているある種のアメーバは、リクガメの健康には大きな害を及ぼしませんが、ヘビに対しては致命的になることがあります。
また、ウサギが上気道や気管に保有しているボルデテラという細菌は、モルモットにはしばしば高い致死率を示します。
ほかにも、人間の口唇などに水ぶくれをつくる単純ヘルペスウイルスは、コモンマーモセットなど、中南米に生息するサルでは致命的になることがあります。このような例は枚挙に暇がありません。
それでも、複数種の動物を飼いたいという方もいらっしゃるでしょう。同じ家の中で異なる種の動物を飼うときの心構えは、次の3つに尽きます。(1)ケージを分けるか、できれば別室で飼う(濃厚接触させない)(2)同時にケージから出さない(3)脱走させない(部屋を分けていても、ネコやフェレットなどはよく脱走して、同居している小動物を襲うことがあります)
とくにイヌやネコのような本来捕食者である動物と、ウサギやハムスターなど被食者となる動物を一緒に飼う場合などは、十分に配慮しなくてはなりません。
人間と動物ももちろんですが、動物と動物の間には、それらの動物の習性に応じて適度な距離感が必要です。 例えば、社会性のある動物と単独生活を好む動物を一緒に飼う場合。
イヌとネコはどちらも捕食者ですが、イヌには社会性があり、ネコは単独生活をしています。そのため、イヌとネコを一緒に飼う場合も、ネコが一人で安心できる場所を用意してあげるなどの工夫が大切になってきます。
テレビのバラエティー番組やYouTubeの動画では、基本的に視聴者が喜んだり癒やされたりするシーンしか放送されません。
しかし、僕の経験上、異なる種の動物たちが一緒に仲良く過ごすシーンの裏に、それよりずっと多くの“一方がケガをさせられたり、殺されてしまったりした”ケースがあると思われます。そのようなシーンを多くの人は見たがりませんから、表に出てこないだけなのです。
「友情」や「愛情」といったヒト固有の情動を、ヒトではない種にあてはめることには、本来、無理があります。
アニメの『トムとジェリー』のように、いつも仲良くじゃれ合っていたネコとゴールデンハムスターですが、その「友情」は、彼らが実際に持っているかどうかわからない「心」を、人間が自身の価値観から一方的に類推していただけにすぎません。
そもそも、ネコとネズミは生物として捕食者と被食者ですから、「仲良くじゃれ合う」という言葉も、関係の実態を正しく反映したものではないでしょうね。
ネコとハムスターにかぎらず、異なる種の動物が同じ空間で暮らすことは、危険を伴う場合があるということを、みなさんに知っていただければ幸いです。
(中村 進一 : 獣医師、獣医病理学専門家)(大谷 智通 : サイエンスライター、書籍編集者)