【久坂部 羊】「息子家族の二泊三日の旅行」に悩む「うつ病の81歳女性」が漏らした「悲観の言葉」

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老いればさまざまな面で、肉体的および機能的な劣化が進みます。目が見えにくくなり、耳が遠くなり、もの忘れがひどくなり、人の名前が出てこなくなり、指示代名詞ばかり口にするようになり、動きがノロくなって、鈍くさくなり、力がなくなり、ヨタヨタするようになります。
世の中にはそれを肯定する言説や情報があふれていますが、果たしてそのような絵空事で安心していてよいのでしょうか。
医師として多くの高齢者に接してきた著者が、上手に楽に老いている人、下手に苦しく老いている人を見てきた経験から、初体験の「老い」を失敗しない方法について語ります。
*本記事は、久坂部羊『人はどう老いるのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。
うつ病になると、判断力や決断力が鈍り、物事を決められなくなったりします。
T′さん(81歳・女性)も、うつ病で堂々巡りをしていました。三日ほど前に舌の先が割れて、痛くて食事が摂れないので、身体が弱るのではないかと心配なのです。加えて同居している息子さんの家族が、夏休みを利用して二泊三日の旅行に行く計画があり、それが悩みの種でした。
「息子と嫁には世話をかけてばかりだから、息抜きに旅行に行かせてやりたいんです。けど、息子がおらんとわたしは不安でたまりませんの。けど、それを言うと、息子らが旅行を取りやめてしまうでしょう。旅行には気持ちよく行かせてやりたいんです。けど、息子がおらんとわたしは心配で心配で。舌が割れているので、ご飯は嫁に特別に作ってもらわんと食べられないでしょう。それも味がわからないので、せっかく作ってもらっているのに申し訳なくて、でも食べないと身体が弱るし、寝たきりになったらますます息子らに世話をかけるし、おむつを使うようになったらお金もかかるし、夜中にも何度も目が開くんです。いやな夢も見て、結婚式がはじまるのに着付けができていなくて、どうしようと思うと目が覚めて、またうとうとすると同じ夢を見て、自分では何もできないのに、心配ばかり増えて……」
安易な慰めはできないし、もちろん状況を改善することもできず、私はただ聞き役に徹して、ため息をつくばかりでした。
Bさん(79歳・女性)は、極端に悲観的な性格で、生まれてこの方、大笑いなど一度もしたことがないという感じの人です。身体は元気で、特に不幸というわけでもないのに、デイケアでもよく「なんでわたしだけ、こんなつらい目に遭わんといかんのやろ」とぼやいていました。
咳が続くというので、胸部のX線検査をすると、結果を聞くのが怖いと言って、診察室に下りてきません。デイケアルームに行くと、私の顔を見るなり、「どうせ悪いんでしょう。もうアカンのでしょう」と、覚悟を決めたような顔で言います。
X線写真に異常はなかったので、「大丈夫でしたよ」と言うと、「ほんとに?ほんとうは悪いのに隠してるのとちがう」と、疑わしそうな目を向けます。なぜ、私が嘘の説明をしなければならないのか。私は診察室からX線写真を持ってきて、窓にかざし、「ほら、どこにも影はありませんよ。肺はきれいです」と証拠を見せました。Bさんは見てもわからないだろうに、ためつすがめつしてこうつぶやきました。
「けどなあ、肺がきれいでもほかがなあ。ほかに悪いところがあるんとちがう?」
咳が問題なのだから、肺さえよければ喜べばいいのに、すぐまた別の心配をしはじめるのです。
幸い、そのとき同時にした血液検査も心電図の検査も異常はなかったので、「大丈夫。頭のてっぺんから足の先まで、どこにも悪いところはありません」と、太鼓判を押すように言いました。これで安心するかと思いきや、Bさんは私をチラと横目で見上げて、こう言ったのです。
「今がようても、先がなあ。明日はどうなるかわからんし」
ここまでネガティブ思考を続けられるのは、逆にすごいと感心しました。物事を悪いほうに考えることにかけては、まったく余人の追随を許さない。本人も不愉快そうでしたが、実はそういう考え方が好きなのかもしれません。
さらに連載記事<じつは「65歳以上高齢者」の「6~7人に一人」が「うつ」になっているという「衝撃的な事実」>では、高齢者がうつになりやすい理由と、その症状について詳しく解説しています。
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