岸田首相「金メダル祝電」に批判が殺到 「歴代総理」の“露骨な人気取り”に識者も「国民の政治不信がさらに強まる」

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率直に言って、速報を流すような内容だったのだろうか──。TBS NEWS DIGは7月28日、「【速報】岸田総理がパリ五輪日本勢金メダル1号・角田夏実選手にお祝いの電話」との記事を配信した。パリ五輪の柔道女子48キロ級で、日本勢初となる金メダルを角田夏実選手が獲得。岸田文雄首相が28日に祝福の電話をかけたのだ。
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まるで美談のように報じる記事から、一部をご紹介しよう。
《今大会日本勢メダル第1号となった角田夏実選手について、岸田総理は「見ている方も気持ちがいいぐらい素晴らしい勝利だった」と快挙を称えました。角田選手は「勝利をゆっくり噛み締めたい」と応じました》(註:改行を略した)
だが、インターネット上では岸田首相に批判が殺到した。Xからご覧いただこう。
《メダリストにわざわざ電話して人気取りするなよ》、《俺が角田選手の立場なら岸田の電話ブチ切ってますわ》、《血の滲ような努力の結果、勝ち得たメダル保持者をも自分の政争の具に利用するのか》(註:原文ママ)──このように枚挙に暇がない。
批判は当然だと言えるが、実はオリンピックの金メダリストに祝福の電話をかけた首相は相当な数に上ることをご存知だろうか。担当記者が言う。
「1992年のバルセロナ五輪で、女子200メートル平泳ぎで岩崎恭子さんが金メダルを取りました。これに当時の宮澤喜一首相が激励の電話をかけ、大きく報じられたのです。一部の新聞は、日本選手団が《アメリカでも大統領は金メダル第一号の選手にお祝いの電話をしている》ことから、宮澤首相に電話を依頼したことを伝えました。宮澤首相は要請に応じ、選手村に国際電話をかけ、『恭子さん、すごかったねえ』などと称賛したのです」
これには後日談がある。岩崎さんはその後、100メートル平泳ぎの予選に出場したのだが、観客席の応援団に手を振る余裕もないほど緊張してしまい、13位に終わってしまったのだ。
「岩崎さんの敗退後、朝日新聞の記者が署名記事で『岩崎選手が緊張してしまったのは、宮澤首相の電話が原因ではなかったのか?』と指摘しました。記者が日本選手団に取材したところ、『首相が金メダルを取った選手に電話で労を労うのは当然』と一蹴されたそうです。しかし記事の末尾で《首相の国際電話が政治的な思惑からの応援なら、程度は低い》と批判しました(註)」(同・記者)
新聞記事のデータベースで「首相が日本人金メダル第1号の選手に祝福の電話をかけた」という報道がどれくらいあるのか調べてみた。夏季と冬季のオリンピック、パラリンピックを合わせて検索すると宮澤氏以外に、細川護煕、橋本龍太郎、森喜朗、小泉純一郎、福田康夫、鳩山由紀夫、安倍晋三、菅義偉──以上の8氏が表示された。
もちろん、他にも電話した首相がいた可能性はある。これほど多くの首相が電話をかけたことを考えると、一種の慣例になっているのかもしれない。他にも金メダリストを首相官邸に招いたり、国民栄誉賞を与えたりした首相もいた。歴代政権は「金メダリストの政治利用」に積極的だったと言えるかもしれない。
この問題を考える際、興味深い新聞記事がある。東京新聞が2004年8月に掲載した「スコープ 連夜のTV観戦、祝福 首相 支持率回復へ五輪効果に期待 歴代内閣も恩恵」との記事だ。
「東京新聞が夏季五輪の前と後で内閣支持率の変化を調べると、三木武夫、中曽根康弘、竹下登、橋本龍太郎、森喜朗の5氏が首相だった際、支持率が上昇したそうです。東京新聞は《国民の五輪への高い関心や、選手の健闘が、政権への不満を一時的に和らげる効果があるのかもしれない》と分析。金メダル獲得一号の選手にお祝いの電話を入れたり、国民栄誉賞などを贈呈するなど、五輪を利用してイメージアップを図る首相が後を絶たない理由ではないかと指摘しました」(同・記者)
だが、インターネットやSNSの普及で、「首相によるメダリストの政治利用」を苦々しく見る層も可視化されるようになり、世論は徐々に変わっているようだ。
「転換点だと思われるのが、2021年の東京五輪です。日本勢初の金メダリストとなった柔道男子60キロ級の高藤直寿選手に、当時の菅義偉首相が首相公邸から電話。『試合後の男泣きを見て、多くの皆さんが感動したと思う』と祝福したと報じられました。ところが電話の様子が当時のTwitter(現在のX)で生配信されたこともあり、ネット上では『露骨な政治利用』、『自分のおかげで東京五輪が開催できたと自慢したいのか』などと批判が殺到したのです」(同・記者)
岸田首相も角田選手に電話をかける様子を動画で記録し、それをXに投稿した。あれだけ菅氏に炎上したにもかかわらず前例を踏襲し、同じように炎上してしまったわけだ。
政治アナリストの伊藤惇夫氏は、「以前から相当数の国民が『また露骨な人気取りをやっているよ』と見透かしてきたにもかかわらず、岸田首相は角田選手に電話をかけたことになるわけです」と言う。
「国会議員が世論に鈍感で、我々には信じられない行動を取ることは珍しくありません。理由として考えられるのは、『とにかく1票でも票が増え、1%でも支持率が上がるならやってみよう』と考える政治家や首相の心理です。さらに岸田首相が3代続く世襲政治家ということも大きいでしょう。地方議員出身のような叩き上げの政治家は幼い頃から様々な世界、様々な社会階層の人々に接して成長します。ところが世襲政治家は敷かれたレールを進むだけですから、市井の人と交流することの少ない人生だと言えます。今、一般市民が何を求め、何を考えているのかという点に関して、鈍感なところがあると思います」
似たケースに「アベノマスク」がある。2020年4月、政府はコロナ対策として布マスクを全世帯に2枚ずつ配ったが、たちまち批判が殺到したことは記憶に新しい。
当時の安倍晋三首相も世襲議員。また「全国民に布マスクを配れば不安は消えます」と進言したとされた総理大臣秘書官も灘高から東大、経産省という、庶民とは別世界の“超エリートコース”を歩んでいた。このため「これでは一般市民の気持ちに沿った政策が実行されるはずがない」と呆れる声が多数を占めた。
「私は国会議員に『国民の声を聞いていないでしょう?』と質問することがあります。すると必ず彼らは『選挙区で地元の声に耳を傾けています』と答えます。しかし、彼らが話すのは選挙区の“取り巻き”に過ぎません。スーパーで半額の値札が貼られた商品を買う人とは会話したこともないのです」(同・伊藤氏)
特に自民党の国会議員が、どれほど“井の中の蛙”であり、世論に鈍感なのか、如実に示したのが裏金事件だった。
「裏金事件が明らかになっても、国民が何を求めているのかキャッチすることができず、自民党は稚拙な対応に終始しました。岸田首相が『また人気取りか』と呆れられても金メダリストに電話をかけることと、自民党の国会議員がコンプライアンス(法律遵守)を無視して裏金を作り続けてきたことは、軽重の度合いが異なるとはいえ、本質的には同じ行動だと言えます」(同・伊藤氏)
もし岸田首相と角田選手が以前からの知り合いであれば、祝福の電話をかけても批判されることはない。
だが実際には首相官邸や五輪関係者が協議してお膳立てを行い、角田選手は半ば“業務”として応じたわけだ。岸田首相は「ひょっとすると角田選手は自分と電話したくないかもしれない」と考えることはなかったのだろうか?──やはり相当の鉄面皮でなければ政治家は務まらないと見える。
また日本のスポーツ界では東京五輪以降、助成金や強化費の減額が相次いでいる。少なからぬ競技団体が資金難に苦しんでいるわけだ。「岸田首相はお金を出し渋っているくせに、金メダリストが生まれると電話を要求する」──こう批判されても仕方ないだろう。
「岸田さんは7月、憲法改正に意欲を示しましたが、これは大問題です。岸田さんが以前から改正に意欲的なら理解できますし、私も改憲議論は、もっと盛んにすべきだと考えています。しかし岸田さんは首相になるまで、改憲に意欲を見せていたでしょうか? 所属派閥も“軽軍備・重経済”の宏池会です。今、岸田さんが改憲に意欲を見せている理由はただ一つ、自民党総裁選で再選されるため、“党保守派”の支持を取り付けたいからです。憲法とは国民の権利や自由を守るための最高法規です。その改正の動機が総裁再選という私利私欲──こんな首相は前代未聞です。そんな岸田さんが支持率アップを目的に金メダリストに電話をかけるわけです。国民の政治不信がさらに強まるのは当然ではないでしょうか」(同・伊藤氏)
註:何だった?宮沢首相の国際電話(バルセロナ日記)(朝日新聞1992年8月1日夕刊)
デイリー新潮編集部

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