〈クリスマスの季節、“ケーキでスキップ”の女性と“腸閉塞に怯える”私。「なぜこんなにも大きな差が……」難病作家が直面した“カフカ的孤独”〉から続く
新著『痛いところから見えるもの』が話題を呼ぶ、難病の当事者で文学紹介者の頭木弘樹さん。大腸の手術後に「麻酔のミス」により壮絶な痛みで七転八倒、看護師さんにいくら訴えてもなかなか医師を呼んでもらえなかった悲劇の後日談とは?
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(※本稿は、前掲書から一部抜粋したものです)
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頭木弘樹氏 撮影・杉山拓也(文藝春秋)
では、もし自分の痛みを本当に理解してくれる人がいたら、どうなのか?
「そりゃあ、嬉しいだろうが、でも嬉しさもしばらくだけで、けっきょく痛みが減るわけじゃないんだから、元のつらさに戻るだけでは」と思うかもしれない。
「このつらい痛みを人にわかってほしいと思うのはもっともだが、わかってもらったところで、しかたないのでは」と思うかもしれない。
しかし、そうではないのだ。
これは私に実体験がある。他でも書いたことがあるのだが、痛みに関する体験なので、あらためて書かせてもらう。
手術のときに麻酔のミスがあり、とても痛かったという話のつづきだ。
そのせいで集中治療室から元の病室に戻るのが遅れたので、戻ったときには6人部屋の人たちが「どうしたの?」と心配してくれた。
痛かったという話をすると、もう手術を終えている人たちは意外そうだった。「へーっ、そんなこともあるんだ」という感じだ。なにしろ、彼らは痛くなかったのだし、「無痛。現代医学に感謝」と日記に書いた人もいたくらいだから。
そういうわけで、手術仲間にも痛みをわかってくれる人はいなかった。痛かった夜に集中治療室にいた2人の看護師さんたちは、「大変だったね」と言ってくれるかと思ったのだが、医師をなかなか呼ばず、痛いままにしていたことを私が恨んでいるかもと恐れたのか、寄りつかない。廊下でも、私がいるのに気づくと、逃げてしまう。
私はべつに恨んでいなかったし、とくに誰かに話したいとも、わかってほしいとも思っていなかった。終わったことだし、このままでよかった。でも、なんとなく、気持ちがもやもやしていた。

そんなとき、以前に同じ6人部屋にいた中年男性がお見舞いに来た。手術を受けて、もうかなり前に退院して、その日は通院のついでに寄ったのだ。私のお見舞いというわけではなく、他の人たちのところに来たのだが、もうその人たちは退院していた。当時の入院患者で、まだ残っていたのは私だけだった。
私とその人は、まるでタイプがちがい、6人部屋の患者どうしだったときも、ほとんど話をしたことがなかった。しかし、せっかく来たのに、顔を知っているのは私しかいなかったのだから、しかたなく、私のところに来て、ベッドの横のパイプ椅子にすわった。懐かしいような、ちょっと気まずいような顔をしていた。私も同じような顔をしていたと思う。
「その後、どう?」
「手術しました」
「そう。どうだった?」
というような会話があり、まあ、他に話すこともないので、手術で痛かったという話をした。そんなに深刻に話したわけではなく、ごく軽く、世間話のような感じで。
ところが、そのおじさんが、急にぽろぽろと涙をこぼしはじめたのだ。
これには驚いた。何事かと思った。
でも、思い出した。このおじさんは、アルコール依存症でもあり、そのせいで麻酔がうまく効かなくて、やはりかなり痛かったのだ。当時、そんな話をしていた。私もそれを聞いていたが、お酒を飲みすぎるからそんなことになるんだと、あまり同情していなかった。なにしろ、自分でも「酒浸り」と自慢気に言っていたくらいだから。

でも、私の目からも急にぽろぽろと涙がこぼれた。えっ、と自分でも驚いた。
それまでは泣くことができなかったのだ。泣きたいとも思っていなかった。でも、初めて泣けた。
私にはわかったのだ。「この人は本当にあの痛みをわかっている」と。おじさんのほうも同じだっただろう。
2人でおいおいと泣いた。
はたから見ると、ずいぶん異様な光景だったと思う。
このことがあってから、私の気持ちはずいぶん晴れた。正体不明のもやもやが、すっかり消え失せた。
そのおじさんが痛みを理解してくれたからといって、何の意味もない。重要な相手でもない。先にも書いたように、まるで気が合わなかったし、普通に世間で出会っていたら、知り合いにさえならなかっただろう。
それでも、私は今もときどき、そのおじさんのことを思い出す。孤独を感じたときに。なぜ、あんなおじさんが自分の心の支えに? と不思議な気にもなるが、私にとってかけがえのない大切な人だ。きっと、おじさんのほうでも同じだろう。気に入らない若僧だったなあと思いながら、でも、孤独を感じたときには支えにしてくれていると、私は確信している。
もう会うことはないだろう。でも、お互いの心の中にいる。
大げさに書きすぎと思うかもしれないが、自分が感じている痛みについて「この人は本当に理解してくれている」と思えたときの感動は、これほどに大きく、その後もずっと残りつづける。
私は話したいとも、わかってほしいとも、泣きたいとも、まったく思っていなかった。でも、たまたま話したら、わかってもらえて、ぽろぽろ泣いた。そして、それが心のもやもやを消してくれて、その後の孤独も支えてくれることになった。何が救いとなるか、自分でもわからないものだ。
じつは、大腸内視鏡検査の痛みの件も、あるとき医師が、「誰とは言えないけど、あなたと同じ事情を抱えた人が、この病院にも他にいる」と教えてくれた。「そうなんですか!」と思わず叫んでしまった。自分ひとりではない、同じ痛みを感じている人が他にもいるということが、ずいぶん心の支えとなっている。
〈 人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。痛みと痛みによって、脆さと脆さによってがっているのだ。

――村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文春文庫〉
(頭木 弘樹/ライフスタイル出版)