1月2日に皇居で行われた「新年一般参賀」に初めて出席された悠仁さま(19)。秋篠宮さまの貴重な肉声をつづった『秋篠宮』(2022年/小学館)などの著書をもち、現地に赴いたジャーナリストの江森敬治氏は、宮殿のベランダに立つ悠仁さまの姿から、ある出来事を思い起こしたという。それは、7年前にさかのぼり……。
【画像】「手の角度が同じ…!」ターコイズブルーの華やかなワンピースとデコルテの装飾が美しい佳子さま、悠仁さまとのツーショット(写真多数)
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「新年おめでとうございます。新しい年を、こうして一緒に祝うことをうれしく思います。(略)いろいろと大変なこともあるかと思いますが、本年が皆さんにとって穏やかで良い年となるよう願っております」
2026年がスタートしたばかりの1月2日、皇居で、新年恒例の一般参賀が行われ、天皇、皇后両陛下と長女、愛子さま、それに上皇ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と次女、佳子さまらが宮殿のベランダに立った。昨年9月、成年式を無事に終えた悠仁さま(19)が初めて出席し、脚光を浴びた。
2026年1月2日、新年一般参賀でお手振りをされる佳子さま、悠仁さま 時事通信社
陛下は冒頭のようにあいさつし、今年一年、国民が穏やかな毎日を過ごせるように願ってやまなかった。一般参賀は午前と午後の計5回、行われ、悠仁さまは全てに出席した。宮内庁によれば、今年は約6万人が訪れたが、悠仁さまは姉の佳子さまの隣に立ち、参賀者たちからの祝意に、満面の笑顔で手を振って応えていた。
これに先立ち元日には、皇居・宮殿で天皇陛下が皇后さまとともに皇族方や三権の長らから祝いの言葉を受ける「新年祝賀の儀」が行われた。毎年恒例の国事行為の儀式で、これにも悠仁さまが初めて出席した。

午前11時、皇居・宮殿「松の間」で、衆参両院議長らが参列した儀式が開かれ、両陛下と愛子さま、秋篠宮ご夫妻に佳子さまらが出席した。陛下は、燕尾(えんび)服に勲章を身につけ、皇后さまや佳子さまたち女性皇族は、ローブデコルテ姿で、頭にはティアラが輝くなど、新年らしい華やかな雰囲気に包まれた。燕尾服に勲章をつけた悠仁さまは、終始、厳粛な面持ちで式に臨んでいた。
1月2日朝、悠仁さまの一般参賀デビューをこの目で確かめたいと、筆者は皇居を訪れた。皇居前の広場に到着すると、人、人、人、見渡す限り参賀者たちが列を作っている。手荷物と身体チェックを済ませ、列に並んだ。午前10時40分ごろ、筆者たちの列がやっと動き出した。大勢の参賀者たちに揉まれながら、皇居正門を抜け参賀会場に到着し、筆者はベランダ中央付近の最後部で見ることにした。
午前11時ごろ、天皇ご一家や秋篠宮ご一家らがベランダに姿を見せた。「どこどこ?」「右から3番目よね」。40代くらいの女性は、同行の男性に悠仁さまの立ち位置を盛んに確認していた。悠仁さまは向かって右から3番目に立ち、隣にいる佳子さまと時々言葉を交わしながら、にこやかに手を振っている。初めての参加なのに、悠仁さまは実に堂々としていた。どうしてなのか? それには深い理由がある。
「誕生日にあたり、大勢の皆さんからこのように祝意を受けることを、まことにうれしく思います」
話は、7年ほど前にさかのぼる。2018年12月23日、上皇さま(当時は天皇陛下)の85歳の誕生日を祝う一般参賀が皇居で行われ、上皇さまは、前述したように、力強くあいさつした。翌2019年4月30日に、天皇陛下の退位を控えていた。「平成」の最後となる天皇誕生日とあって、参賀者は平成最多の8万2850人にのぼった。

宮殿のベランダには、上皇ご夫妻や天皇、皇后両陛下(当時は皇太子ご夫妻)、それに、秋篠宮ご夫妻と結婚前の小室眞子さん、佳子さま姉妹が並び、参賀者たちに手を振った。
「お誕生日、おめでとうございます」「天皇陛下、ありがとうございました」
誕生日を祝福する大勢の人々は、長年国民と苦楽をともにしてきた、上皇ご夫妻への厚い感謝の思いと別れを惜しむ言葉を口にしていたが、実はこの人混みの中に、悠仁さまの姿があったのだ。
当時、悠仁さまは12歳。お茶の水女子大学附属小学校6年生だった。翌春、お茶の水女子大学附属中学校への進学を控える中、一般参賀を“お忍び”で訪問していたのである。12歳の少年の目に、宮殿のベランダに立つ、祖父母や両親、姉たち、そして、伯父や伯母の姿はどのように映ったのだろうか。参賀者たちに揉まれながら、人々の熱狂や上皇ご夫妻に寄せる熱い思いを、少年はどのように理解したのだろうか。

天皇と国民との密接な結びつきや皇室に対する大衆の深い尊敬、揺るぎない信頼などを、肌で感じ取ったはずである。この一般参賀訪問は悠仁さまの強い希望で実現したものだったが、この時の感動や経験が、約7年後の今年1月2日、両親や姉たちと一緒に宮殿のベランダに立った時、大いに役立ったはずである。本番でのあの堂々とした悠仁さまの振る舞いに、見事に反映されていたのだ。
「長所は興味のあることを徹底して追求することができるところだと思います。言い換えると、心惹かれるものに対して没頭できるということです。たとえば夏の休日に、お昼過ぎから林のなかや池のまわりでトンボを観察していますと、気が付いたら日が暮れてしまっていた、ということもよくありました。ただこれは、見方を変えてみますと、短所と捉えることもできます。それは時としてこだわりを持ちすぎてしまうということです」
昨年3月3日、成年皇族となった悠仁さまの初めての記者会見が行われた。この中で、悠仁さまは自分の長所について前述のように、「心惹かれるものに対して没頭できる」と、素直に答えていた。トンボなど、自分が興味あるもの、好きなものに熱中する性格は秋篠宮さま譲りかもしれないと、筆者には思えた。「ただこれは、見方を変えてみますと、短所と捉えることもできます。それは時としてこだわりを持ちすぎてしまうということです」とも、悠仁さまは、説明している。こうした言い方、多角的な考え方も秋篠宮さまに似ていると筆者は考えている。

物事のプラスとマイナス、あるいは、長所と短所など、さまざまな側面から見て、より客観的に、より慎重に対処しようとする姿勢が二人に共通している。このような複眼思考というか、多角的な視点から物事を考えようとする姿勢は、とても大事なことだと思う。前述したように悠仁さまは、小学校6年生の時、お忍びで祖父の誕生日の一般参賀を訪れたが、これもまた、国民の側から自分たち皇族がどのように見られているのかを知ろうとする、悠仁さまの複眼思考や貪欲な探求心の表れではないだろうか。
数年前、当時高校生だった悠仁さまが「東京大学に進むのではないか」と世間で騒がれていた頃のことだった。秋篠宮さまは親しい関係者に次のように話していたという。
「東京の大学以外でもかまわない。宮邸からの通学が難しければ、下宿暮らしをしてもいいではないか」
さらに、悠仁さまが希望すれば、海外留学の可能性もあったらしい。昨年4月、悠仁さまは、茨城県つくば市にある筑波大学生命環境学群生物学類に入学し、東京・元赤坂の秋篠宮邸からの通学も続けているという。

今月9日には、新春恒例の講書始の儀に初めて出席している。皇族数が減り、特に男性皇族が少ない今、皇位継承順位2位の悠仁さまの存在は大きい。大学時代は学業を優先させるとはいえ、天皇陛下や秋篠宮さまの次世代の皇室を担う悠仁さまの将来を考えると、学業と調整しながら積極的に公的な活動にも取り組んでもらいたいと思う。多くの国民もまた、それを願っていることだろう。こうした意味でも、東京から通学可能な筑波大学に入学したことは、一つの正解だったのではなかろうか。

小学校6年生の悠仁さまがお忍びで祖父の誕生日の一般参賀を訪れたと、先ほど紹介したが、「生きた帝王教育」とはまさにこのことである。こうした体験を迷わずに許すところが秋篠宮さまの真骨頂であると、常々筆者は考えている。参賀者の人波にもみくちゃにされながら悠仁さまは、周囲の人たちから皇室に対する生の声を直接、聴くなど、多くのものをつかみ取った。これからも国民に教えられ、育てられ、悠仁さまはより大きく成長するに違いない。
(江森 敬治)