11月24日、東京都足立区で発生した11人が死傷したひき逃げ事故。この事故により、フィリピン国籍の女性会社員テスタド・グラディス・グレイス・ロタキオさん(28)と、杉本研二さん(81)の2人が死亡、9人が重軽傷を負う惨事となった。キー局社会部記者が当時の状況を解説する。
【写真】途中でなぜかゴミを拾うような姿が… 防犯カメラに映っていた37歳の男の姿
「事故発生は12時30分ごろでした。男は自動車販売店から車を盗み、警察の追跡から逃走を図っていた最中でした。暴走した車は、横断歩道を渡っていたテスタドさんをはね、そのまま止まることなく歩道に乗り上げ、そこにいた杉本さんをはね死亡させました」
警察は、車を運転していた足立区在住の37歳の男を逮捕した。しかし現在に至るまで、男の実名は公表されていない。警察当局が「男には精神疾患があり、刑事責任の有無を慎重に捜査している」としているためだ。男の身に何が起きていたのか──NEWSポストセブン取材班は、逮捕された男の母親ら親族に接触した。
取材班に対し、男の母親は開口一番、被害者遺族への謝罪を口にした。
「遺族の方には、本当に申し訳ないです」
そして母親は、息子が抱えていた病と、これまでの運転事情について以下のように明かしたのだった。
「息子は5年前から統合失調症を患っています。かつては父親の仕事を手伝っていましたが、職場でいじめに遭ってからは無職で、実家暮らしでした。実は、11月21日に病院を変えたばかりで、11月23日(事故前日)の夜に飲んだ薬が新しい薬だったので、それが合わなかったかもしれません。本人的には意識が朦朧としていたのだと思いますが、それは本人にしかわかりません。
免許は持っていたものの、医師からは『運転しないように』と止められていました。最近は日常的にハンドルを握ることはなく、過去に事故を起こしたこともないと思います」
しかし母親とはまた別の証言も得られた。2~3年ほど前まで容疑者に駐車場を貸していたというオーナーは容疑者は近所で有名だったと語る。
「ある時、容疑者が国産車のSUVでブロック塀に衝突して壊したことがありました。最初はシラを切っていましたが、防犯カメラの映像を見せるとようやく認め、弁償はしました。ただ、その時も謝罪は一切ありませんでした。
それ以前にも、他の契約者の邪魔になる場所に車を停めてトラブルになったことがありましたが、クラクションを鳴らされて出てきても、無言で車を動かして立ち去るだけ。私は注意こそしましたが、相手の声を聞いたことがない。近所では『拾った吸い殻を袋に入れず、一箇所にまとめて置いていく』という行動も目撃されていて、変わった人物として有名でした」
ネット上では、精神疾患を抱える容疑者がなぜ運転免許を保持・更新できていたのかについて、疑問を呈する声があがっている。この点について、佐藤みのり弁護士は以下のように解説する。
「統合失調症だからといって、一律に免許が取り消されるわけではありません。症状には個人差があるため、判断の基準になるのは『医師の診断』です。
原則として、医師が『”安全な運転に必要な能力”がなくなるおそれがない』旨の診断を行った場合には、運転免許を取得したり、維持したりすることができます。こうした医師の診断がない場合には、運転免許を取得したり、維持したりすることはできません」
そして、今後の捜査の焦点となるのが刑事責任能力の有無だ。実名が公表されていない理由もここにある。佐藤弁護士は法的基準をこう説明する。
「誤解されがちですが、『運転できる能力』と『刑事責任能力』は別物です。刑事責任能力は『善悪を判断する力や、その判断に基づき行動を制御する力』です。『安全な運転に必要な能力』とは別のもの。したがって運転免許を持っているかどうかは、刑事責任能力の有無や程度の判断に直接的な影響を及ぼさないと思われます。
責任能力が全くないと判断されれば『心神喪失』で無罪。著しく低いとされれば『心神耗弱』で刑が軽くなります。刑事責任能力の有無や程度は、動機の了解可能性、犯行の計画性、違法性の認識、犯行後の行動など、さまざまな事情を総合的に考慮して判断されます」
これらを総合し、捜査当局は慎重に刑事責任の有無を見極めることになる。