「金のことは俺に任せておけ」──そんな夫の言葉を信じて40年。長年家計を“頼れるパートナー”に任せてきた結果、恐ろしい事実が明るみになり……。60歳の相田美代子さん(仮名)に突然起きた「まさかの事態」とは? 夫婦の家計管理と落とし穴について、FPの青山創星氏が詳しく解説します。
美代子さんが結婚したのは20歳のときでした。夫はメーカー企業の課長で年収600万円。当時からすると十分な高給取りで、恵まれた結婚相手といえました。
「『お金のことは心配するな、君は家事と育児に専念してくれ』と言われて、素直に従ったんです。主人は11歳年上で頼れる人でした。主人が稼いで、私が家庭を守る。それが当たり前だと思っていました」
毎月生活費を受け取り、その中でやりくりする暮らし。決して少なすぎる金額でもなく、家庭に必要なものがあれば追加でもらうこともできたので、その方法に大きな不満はなかったといいます。
子育てがひと段落した40代半ばになると、美代子さんは「何もしないのは時間がもったいない」と、自主的にスーパーのパート勤務を始めました。月収8万円のうち2万円を自分のおこづかいに。残りは家計や老後の足しにと夫に渡していました。
当時、年金や貯金の残高を聞いたこともありましたが、「投資もしていて、順調に増えているから心配しなくていい」としか教えてもらえませんでした。
家計支出を夫が一手に握り、妻は詳細を知らされない──。そうした環境で生きてきた美代子さん。しかし、その裏側に隠された真実は、美代子さんの想像をはるかに超える深刻なものでした。
真実がわかったのは、美代子さんが60歳のとき。健康診断で夫に深刻な病気が見つかったため将来が不安になり、初めて家計について詳しく聞いたのです。
「主人の顔が真っ青になったんです。そして震え声で『実は……』と重い口を開きました」
夫が明かした内容は衝撃的でした。
・退職金1,500万円を株式投資とFX取引で完全に失っていた・自宅を担保に500万円を借り入れていた・年金は月18万円受け取れるが、預金は50万円のみ
・退職金1,500万円を株式投資とFX取引で完全に失っていた
・自宅を担保に500万円を借り入れていた
・年金は月18万円受け取れるが、預金は50万円のみ
「それまで『順調だ』『心配ない』と言われていたのは全部嘘だったんです。私のパート代まで投資の損失補填に使われていました」
夫はプライドもあったのか美代子さんに一切相談せず、一人で投資の失敗を取り返そうと、さらにリスクの高い取引を続けていたのです。この事実を知った美代子さんは3日間眠れなかったといいます。
「40年間信じてきた人生が、一瞬で崩れ去りました」
「家計を夫に任せていたら、実は資産がほとんどなかった。自分だけの貯金もなく、八方ふさがりになってしまった」──実は、こうした事態に陥ることは、決して珍しい話ではありません。お金を完全に管理され、気づくと相手に頼るしかない状態が固定されてしまうのです。
美代子さんのケースでは、以下の問題が複合的に作用していました。
・情報の非対称性:家計の詳細を知らされず危険性を察知できない・経済的依存:自立できる収入がないため離れる選択肢がない・偏った価値観:「稼いでいる夫がお金の管理するのは当然」という思い込み・金融リテラシーの欠如:金融(投資)知識がなく、夫の「資産は増えている」という言葉を盲信
・情報の非対称性:家計の詳細を知らされず危険性を察知できない
・経済的依存:自立できる収入がないため離れる選択肢がない
・偏った価値観:「稼いでいる夫がお金の管理するのは当然」という思い込み
・金融リテラシーの欠如:金融(投資)知識がなく、夫の「資産は増えている」という言葉を盲信
「あまりにショックで、離婚したいと思いました。でも私一人の収入では生活できません。結局、嘘をつき続けた主人と一緒にいるしかないんです」
そう諦めかけた美代子さんでしたが、その「夫と生きるしかない」という考え自体が、思い込みです。実際には選択肢はいくつもあり、自分で選び取ることができます。
夫がついた嘘は許せないけれど、これまで人生を支えてきてくれたのは事実。パートで月8万円以上稼ぐ気力や体力がない。総合的に考えて、やっぱり夫と生きていくのが無難。――そういう考え方もあるでしょう。
少なくとも夫には月18万円の年金があります。美代子さんも月8万円の勤労収入があり、65歳になれば自分の年金も月7万円ほど(国民年金+厚生年金の概算)で受け取れる予定です。世帯の年金額が月25万円(美代子さんが働き続ければ、その勤労収入もプラス)というのは、決して少なくありません。
大きなネックになるのが500万円という多額の借金。これをクリアできる可能性としては、家を売って賃貸に引っ越すこと。もちろん売却額にもよりますが、借金を返済し、生活資金を手元に残したうえで、安くて小さな家に買い替えられる可能性もあります。また、任意整理や個人再生、自己破産といった選択肢もあります。
一方で、「夫と離婚したい」という気持ちが本当に強いのであれば、夫と離婚合意(あるいは調停)を経て、一人で生きる道も模索できます。まずは別居するという方法もあり、精神的に苦しい思いをしながら「それでも一生、この夫と一緒にいなければならない」と諦める必要はありません。
現代の60歳は決して“年寄り”ではありません。特に女性は90代まで生きるのは当たり前。シニアの労働環境も整備されてきています。
・パート日数を増やす・転職・ダブルワークなどで収入を増やす努力をする・生活費を見直し、できる限り節約する・夫との離婚が成立すれば、財産分割/年金分割を受けられる可能性・自治体の窓口で離婚や生活再建の相談
さまざまな工程を経る必要はありますが、一人で生きていく選択をすることもできます。ただし、当然ではありますが、相応の努力や覚悟は欠かせません。いずれにしても、自分だけで決めるのではなく、自治体の担当者や信頼できる専門家に相談することが大切です。
美代子さんの体験から、私たちが学ぶべき教訓を4つの行動指針としてまとめました。
1. 月1回の家計会議を習慣にする収入・支出・貯蓄・投資の状況を夫婦で共有し、「お金の話はタブー」という雰囲気を作らない
2. 「誰にも奪われない老後資金」を確保するパート収入の一部で自分名義の貯金を作っておく。手元資産によってはiDeCoやNISAを活用するのも1つの手
3. 重要な金融取引は必ず夫婦で決める住宅ローンや投資など、家計に大きな影響を与える判断は必ず相談してから決める
4. 緊急時の相談先を事前に調べておく市区町村の男女共同参画センターや消費生活センターなど、夫婦関係や経済問題の相談窓口を把握しておく
「夫にまかせっきりになんてしなければ……」そう後悔しても、過去には戻れません。ですが、未来は自分で選択することができます。どれを選ぶのかは自分次第。美代子さんは、悩みながら自分にとってのベストな老後を模索しています。
夫婦の一方が家計を完全に管理するスタイルがうまくいくこともゼロではありませんが、夫婦が対等に家計を把握し、リスクを分散するのが基本です。
あなたの家庭の家計管理は透明ですか? パートナーとお金の話をタブー視していませんか? 美代子さんのような悲劇を避けるためにも、今日から夫婦の経済的対等性について話し合いましょう。そして、もし現在美代子さんと同じような状況にある人は、「未来は選択できる」ということを忘れないでください。
ファイナンシャルプランナー青山創星