〈もしやミサイルの種別を混同している…? 「日本航空123便墜落事故」の陰謀論があまりにも“ズサン過ぎる”納得の理由〉から続く
1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故。事故から40年を経た現在、墜落に自衛隊が関わったとする陰謀論が広がっている。そうした主張の中でも、もっとも大きな影響を及ぼしているのが、元日航客室乗務員の青山透子氏による一連の著作だ。
【閲覧注意】遺体が散乱していたあまりにも壮絶な事故現場。ペディキュアのぬられた足の指が生々しい
しかし、青山氏の著作での主張は、様々な専門家から疑問視されている。ここでは、元航空自衛隊関係者から話を伺い、青山氏の主張について検証していきたい。
橋本昇
筆者がまず話を伺ったのは、元航空自衛官でF-15戦闘機のパイロットを務め、T-7練習機の開発にも携わり、退官後は航空に関する教育事業に携わるうさぎ教育航空株式会社代表を務める船場太氏だ。船場氏には元戦闘機パイロットの視点から、青山氏の主張について伺った。
――青山氏は著作の中では、2つの目撃証言から直線でも約200kmの距離がある静岡県藤枝市と群馬県吾妻郡を5分でF-4ファントムが飛行したことになっています。それは可能でしょうか?
船場太氏(以下、船場) (F-4より新型の)F-15だろうがF-35だろうが絶対無理ですね。
――絶対無理ですか。
船場 音速飛行って、皆さん車で時速100km出すようなイメージを持っているかもしれませんが、もっと時間かかるんですよ。F-15も音速の2.5倍出ることになっていますけど、実際に配備されているF-15は外装物の抵抗や塗料とか重量といった問題でマッハ1.5が限界です。事故当時のF-4だともっと厳しい。なにより、超音速に至るには加速力がいるんですよね。5分で到達するなら、スタートの段階で音速超えてないと駄目ですけど、静岡で目撃された段階で加速が終わっていたとしても、それでも厳しい。あと、地上から目視できる高度で音速出したら、地上ボコボコですよね。
――稜線沿いを飛ぶんですから、大変なことになりますよね。では、稜線沿いを超音速で飛行可能でしょうか?
船場 まず、性能の話が出てくるんですよ。V^2 / (g * tanθ)という航空機の旋回半径の式があるんですけど、これに音速を当てはめると旋回半径が何十kmにもなるんですよ。なので、日本の複雑な稜線に沿って飛ぶのは無理で、どうしても大まかな飛び方になります。まあ、「稜線に沿って」って言い方をどこまで捉えるかにもよりますけど(注:ここでの質疑応答では「稜線沿い」としたが、青山氏の著書では「稜線ギリギリ」とある)。あとは地上から目視できる高度、F-4クラスなら5000~6000フィート(約1500m~1800m)かなあ。5000~6000フィート以下で飛んだとしたら、空気抵抗が出てくるんで、音速出すにはちょっと条件厳しい。それに急激な操作するとすぐ音速切ってしまうんで、稜線沿うような高機動は無理かな。
――青山氏は自衛隊機が開発中のミサイルを積んで、日航機をソ連の爆撃機に見立ててターゲットにしたという仮説を立てていますが、自衛隊機の訓練等で民間機を標的に見立てるような事はありましたか?
船場 ないですね。これは即答です。訓練でターゲットが必要な時は、ターゲット機を出すんですよ。T-4(練習機)であったり、F-15同士だったり。どっちが敵役、どっちがファイターって、後でそれを交代したりね。そんな訓練をしますけど、その辺を飛んでいる飛行機をターゲットにするのはまずしないです。それはもちろん常識というか、人道的な面もあるんですが、それ以前の話で訓練の効率です。いつどこで民間機が飛ぶか分からない状況下で、そんな不確定な要素で訓練に航空機上げてたら、「上がったけど何もなかったから訓練できなかった」というオチもあるじゃないですか。
――想定と異なる飛行をする可能性もあるわけですからね。
船場 だから、そんな非効率なことはしないです。F-15だと1時間の飛行で200万円くらいかかると言われています。それだけの税金を使って、そんないきあたりばったりな訓練やるかっていうと、ちょっと効率的にどうですかね。
――こんな質問するのも申し訳ないんですが、地対艦ミサイルのSSM-1で航空機を狙えるでしょうか?
船場 シーカー(誘導装置)が違うから無理じゃないですかね。まあ、レーダーシーカーですけども、船を追いかけるロジックと、航空機を追いかけるロジックは全然違うので……。難しい話をすればキリがないですが、大きさが全然違うしスピードも違う。飛行機の速度からすれば、船相手は地上の静止物を撃つに近いんですよ。相手が飛行機の場合、相手の進路の予測位置に向かって飛んでいかないと当たらないんですよ。SSMにそれが出来るかって言われたら、ロジック違うから多分無理ですよね。
自衛隊の運用上の話ですが、実弾でも発射できる模擬弾でも、とにかく飛行機からモノを発射するときに携わる人の数って膨大なものですよ。
――では、もしF-4が2機で民間機を追尾するようなミサイルの試験をしたとします。それに要する人員は総勢でどのくらい必要でしょうか?
船場 試験飛行というくくりにした場合、まず通常の航空機の運用に携わる人数は必要です。パイロット、機付の整備、飛行隊の人がいて、運航、管理、整備、運用ですね。それに命令を下す指揮系統の航空団もしくは群の人、要するに一個基地分ですよね。試験だから、それにプラスしてメーカーの人たちであったり、データを追いかけるテレメータとかの係の人。さらに実運用では管制が絶対に必要ですし、あとは地上で航跡を追う人とか……。
まあ、ざっと1000人は下らないんじゃないでしょうか。直接手に触れる形で携わっている人でいえば100人200人かもしれませんが、全体ではやはり1000人近くいるんじゃないですかね。昔よく言われたんですが、「お前飛ばすのに1000人は要るんだぞ」って。これはあながち変な数字ではないと思います。試験に携わってなくても知っている人も入れれば、もっと多いかもしれません。
――仮にそんな秘密のミサイル試験があったとして、それだけの人が口をつぐんでいられるかと言ったら、ちょっと無理ですよね。
船場 無理だと思います。それに、当時でも無線オタクがいたと思うんですよ。通信を聞いていた方もいるんじゃないですかね。通常の管制通信は昔も今も(傍受可能な)アナログ無線だと思うんですよ。
――青山氏の仮説では、自国民が死にかけているのを前にして証拠隠滅を自衛隊員が行っている訳ですが、自衛隊ではそういう非情な作戦を行うためのマインドにする訓練って行っているんでしょうか?
船場 そういうのはないです。ある意味で中途半端な組織なのかもしれないですけど、「服務の宣誓」にあるくらいですよね。身を挺して国を守りましょう、国民を守りましょう。もうこれだけがベースです。
――そういった非情な作戦向きのマインド訓練もないのに、多くの隊員が関わって国民を見殺しにして不祥事の証拠隠滅を行う。そんな命令を受けた場合、必ずどこかから漏れてしまいますよね。
船場 漏洩するでしょうね。命令だから従わなければいけないという部分、人道的というか常識人的な部分で葛藤はありますので、仕方なく命令を守ったとしても、私ならリークするだろうと思います。そういうことをなくすため、世論という力をもらうため。そうじゃないとひとりで対抗できないんでね。逆にそんな秘密を守り通せる人なんているんでしょうか。
〈「123便の陰謀論が流布される背景は…」元航空自衛官があえて指摘する“自衛隊が本当に苦手なこと”とは〉へ続く
(石動 竜仁)