(イラスト:奈良裕己)
【図表】定年後、しなくていい5つのこと
定年後の生活は大丈夫なのか──。お金と心の不安は何かと募るが、50代から戦略を立て、必要な知識をしっかり仕入れておけば老後の人生は思ったより楽しい。『週刊東洋経済』6月7日号の第1特集は「定年後の人生戦略」。定年後の疑問や不安を一つひとつ解消してほしい。

現役時代は何かと余裕がなかった人も、引退した途端、退職金を手にしたうえに、あり余る時間を持て余す。だからといって、現役時代にやり慣れていないことに手を出すのは非常に危険だ。そこで、5つの「しなくていいこと」を見ていこう。
まずは、いきなり大きな投資を始めることだ。退職金で1000万円や2000万円という大金を手にすると、気が大きくなりがち。しかも金融機関に「インフレだ」「老後2000万円問題だ」などとあおられて、「収入は大きく減るし、老後の生活を考えれば現金で置いておくのではなく、運用しなければいけないのでは」などと心配する人も少なくない。
しかし、ちょっと待ってほしい。投資の素人が、いきなり大きな金額を運用に回すのは危険だ。株式をはじめとする投資は元本保証はなく、大きく値を下げることもある。そんなときに投資初心者は狼狽して怖くなり、損をしたまま売却しがちで、気づいたら退職金を3割ぐらい減らしていて目も当てられないことにもなりかねない。
購買力維持対策として投資はもちろん有力候補だ。しかし商品のリスクを理解せず、大きな金額、ましてや退職金全額を一気に投資に回すようなことは絶対にやめてほしい。焦る必要はない。まずは新NISAのつみたて投資枠で対象商品から候補を選び、比較検討したうえで、退職金のごく一部を投資に回す。それで十分だ。
一方で、すぐにやるべきは家計の管理だ。第一生命経済研究所の調査結果によれば、お金の安心は資産額よりも、「世帯収支」や「将来の収入・負担」を把握していることとの相関が強いようだ。そのために必要なのは家計の可視化だ。

60歳手前になれば退職金の金額や年金額もおおよそわかり、将来の大きな収入も見通しが立ってくる。ただ、支出に関しては把握できていない人が多い。スマホのアプリで家計簿をつければ手軽にざっくりとした支出額は把握できる。家族がいれば、協力してもらって家計簿づけから始めてみよう。
そうすると、家計の無駄も発見できる。例えば、登録はしたものの使っていないサブスクサービスが見つかったり、携帯電話の料金プランで不必要なサービスが見つかったりする。そうした無駄を削るだけで、月2万円程度は捻出できる。それを原資として、資産運用だってできるのだ。
第2に、無理して再雇用で働き続けないことだ。現役時代は与えられた仕事をやり遂げることが脳内で「やりがい」に変換されるため、達成感も得られる。
しかし再雇用の場合、期待されるミッションが曖昧なうえに、権限も給与も下がることが多く、モチベーションは下がるし達成感も得にくい。そうした状況を我慢して働き続けるのはストレスだ。ならば活躍する場を求めて転職や起業なども積極的に検討してみよう。
第3に、1つのコミュニティー、とくに地域活動だけに全力投球するのもNGだ。定年後に暇な時間が増えると、何かやらなければと焦り始め、身近な場所に居場所を求める人は少なくない。
その1つが、町内会デビュー。会社員時代に大勢の部下を従えた経験がある人ほど、町内会くらいの規模なら楽勝とばかりに、自信満々に新しいやり方で組織運営を推し進めようとしてしまう。しかし町内会では新人であり、長年の調整のうえにつくり上げられた運営方法を長老を無視して変えようとすると、白い目で見られることになりかねない。
さらに1つのコミュニティーだけに絞ってしまうと、人間関係がうまくいかなかった場合、逃げ場がなくなってしまう。そうならないためにも、現役時代から好きなことや気の置けない仲間たちと集まれる居場所を複数つくっておくことをお勧めしたい。

第4に気をつけたいのは夫婦関係だ。仕事にかまけて家庭を顧みなかった男性が、「これまでの罪滅ぼしだ」などと言って妻を豪勢な旅行に誘うというのはよくある話。しかしこれ、妻にとっては迷惑なことも間々ある。
というのも妻は、夫が仕事を優先していた間にいろんなコミュニティーに参加し、自分のペースができあがっている。暇になったからといって急に誘われても、ペースを崩されるだけでありがたくない。しかも旅先で「お茶を入れてくれ」などと頼まれようものなら、それはもう家で過ごしているのと変わりはなく、気が休まらない。そうであればコミュニティーの仲間との旅行のほうがよほど楽しい。
知人夫婦はそうしたことを避けるため、旅行先で2部屋予約をしている。夕食までは一緒に過ごし、その後は「じゃあまた明日」と言って別々の部屋に泊まるというのだ。この夫婦は決して仲が悪いわけではない。互いを尊重し合い、距離を上手に取りながら、楽しい時間を過ごそうとしているわけだ。
ひどいケースになると、夫の言動に妻がストレスを感じ、心身に変調を来すことさえある。医師の石蔵文信氏が唱える「夫源病」だ。退職すると、行く所がないため家にいがちになるが、夫婦といえどもそれぞれの世界を持ち一定の距離感を持って付き合うことが重要だといえる。
そして最後に、やりがちなのが資格の取得。退職後、何かしらの仕事に結び付けようと取る人が多いが、あまり意味がない。
もちろん勉強することは否定しない。しかし、多くの人が持っているような資格を取ったところで差別化は図れず、埋没するだけ。それよりもビジネスには顧客が必要で、その顧客は人脈からもたらされる。であるならば、資格の勉強をしている時間に、せっせと人脈をつくったほうがよほど効率的だといえる。
とはいえ、シニアが集まる名刺交換会などに行っても意味はない。お互いに愚痴を言い合って終わるだけ。それよりもこれまでの仕事とはまったく別の世界の人たちや、若い人たちと会ったほうが自分自身の強みや特長がわかり、ビジネスにつながりやすい。
退職後は金銭的にも時間的にも余裕ができ、さまざまなことにチャレンジするチャンス。無意味なことはやめて、楽しく有意義に過ごしてほしい。
(大江 加代 : 確定拠出年金アナリスト(オフィス・リベルタス))