(写真:筆者提供)
【写真】寿司が養殖ネタばかり。このまま魚が減ると日本の寿司はどうなるのか
農林水産省は、2024年の日本の「漁業・養殖業生産量」は363万4800トンだったと発表しました。昨年に続き、同じ形で統計を取り始めた1956年からの比較で過去最低を更新。世界全体では毎年過去最高の生産量を記録しているのとはまったく対照的で、日本では大半の魚種の漁獲量が減り続ける「異常」な状態が続いています。
もちろん消費者への影響も大きくなっています。外食産業では、供給量が減り仕入れ価格が上がっています。さらに大きくて価値がある魚が減っているため、価値が低い魚を高く仕入れねばならないという構造になってきています。このため水産物の供給に対して危機感を抱いているケースが少なくありません。メニュー価格も当然高くなっていきます。
量販店などでも同様です。このままでは扱う魚種がさらに少なくなり、かつ高くなっていくことでしょう。
未利用魚の活用も試みられていますが、もともとは個々の資源量が少ないため、あまり流通してこなかったという背景があります。このためあまり供給面で期待はできません。また成魚になれば価値がでる幼魚を未利用魚として扱うケースは「成長乱獲」にほかなりません。小さな魚は、言うまでもなく獲らずに大きくなってから漁獲したほうが、経済・資源の両面でよいのです。
この写真はフィンランドのヘルシンキ空港で食べたお寿司です。養殖物のアトランティックサーモンと養殖エビ。アボカドの海苔巻きといった中身です。
ヘルシンキ空港の寿司(写真:筆者提供)
また、次の写真はデンマークのコペンハーゲンで食べたお寿司です。中身は上とほぼ同じで、ほぼ天然物は使用されておらずイクラは養殖トラウトから取り出しています。天然のネタは、解凍されたキハダマグロとホタテぐらいしか使われていませんでした。
【写真】養殖のネタばかりだった寿司。天然のネタは食べられなくなる?
デンマークのコペンハーゲンで食べた寿司(写真:筆者提供)
日本の寿司店では、「旬の魚」や「本日のおすすめ」といったお品書きが目に止まります。しかし欧州の寿司メニューでは、その日に仕入れた普段食べていない鮮魚がでてくる楽しみはほぼありません。このままでは将来的に日本の寿司の姿も変わってしまう可能性があります。
世界では日本食ブームが続いており、また人口増加もあり水産物需要は今後も増えていきます。養殖の水産物の増加がなければ供給は足りません。そこで日本で魚が獲れなくなった分は養殖で補えばよいという考え方があるかもしれません。
しかしながら世界全体の需要が増えているので、天然魚だけでなく、養殖物も年々思うように買えなくなっていきます。世界の水産物は、凸凹はあっても需給バランスから中長期的には確実に上がっていきます。それでは食べたい魚を食べ続けるにはどうすればよいのでしょうか?
国は水産基本計画を2022年に作成し、2030年までに漁獲量を444万トンに回復する方針です。ところが回復どころか毎年減少が続いています。世界で447万と第6位のEEZ(排他的経済水域)を持ち、1970年代から80年代にかけて約20年間世界最大の漁獲量を誇っていた日本。
しかしながら毎年減少が続き、2021年にはEEZが日本の約半分(239万)のノルウェーに生産量(漁業と養殖)で抜かれ、さらに同10分の1(48万)の韓国にさえ抜かれてしまいそうな日本。次のデータを見れば、ノルウェーや韓国が微増傾向であるのに対し、日本が一方的に順位を落としている格好になっています。
(出所)GLOBAL NOTEに掲載の国際連合食糧農業機関のデータを基に筆者作成
国際的な視点から俯瞰すれば、その根本原因は明らかに科学的根拠に基づく資源管理制度の不備にあります。国は国際的に見て遜色がない資源管理システムの導入を目指しています。
しかし海外の成功例と比較して明らかに誤っているやり方で衰退が続いていても、資源管理に関して、社会に正しい情報がほとんど伝えられてきませんでした。このため日本人の資源管理に関する意識もかなり世界とずれてしまっています。このため改善は足踏み状態です。
水産資源を復活させて漁獲量を回復させるための手段は「科学的根拠に基づく資源管理」に尽きます。ところが、我が国では資源管理の手法に対する誤解がいくつも存在しています。神頼みや儀式や効果がない手法では資源は回復しませんし、その効果は限りなくゼロです。
効果があるようでほぼないのが稚魚(種苗)放流です。その一例として、今月神戸市で行われたイカナゴの稚魚(種苗)放流の例を挙げます。稚魚を水槽で10センチくらいに成長させ2000尾ほど放流したそうです。
海とイカナゴ(写真:筆者提供)
この写真は兵庫県産のイカナゴです。2~3センチ程度のイカナゴの稚魚が1パック250尾ほど入っていました。写真のパックのイカナゴ8パック分を10センチ程度に育てて広い海に放って、それが果たして広い海の漁業に貢献するようになるのか、非常に疑問です。
大阪湾ではイカナゴがほとんど獲れなくなってしまっています。イカナゴは15センチ程度まで成長する魚です。しかしながら価値があるのは写真のような稚魚です。大きくなる前の幼魚を獲り続けてしまえば成長乱獲が起きて資源は枯渇していきます。
兵庫県での2025年のイカナゴの漁獲量は63トンでした。2016年までの10年間はおおむね1~2万トン漁獲されていましたが、その後激減して今日に至ります。なお減った理由は「海水温上昇」「栄養減」「天敵増」などと報道されています。
ちなみに愛知県、三重県の伊勢・三河湾では、イカナゴが見つからずすでに10年間禁漁になっています。上記と同じような3点セットが原因だったのでしょうか。
また、東日本大震災後には漁獲されていた仙台湾や福島のイカナゴもほぼ消えてしまいました。しかし漁業者ではなく、科学的根拠に基づく漁獲枠がなく、幼魚を獲りすぎてしまったからという「本当の理由」は出てきません。
ちなみに資源管理が進むノルウェーでは、今年(2025年)獲ろうと思えばイカナゴを1隻で1日1000トン程度の漁獲が可能な状態であっても、持続性を考えて禁漁としました。漁獲しようと思えば楽に獲れても、予防的アプローチを適用して資源回復を待つことにしています。
水産資源を回復させる手法は「数量管理」です。稚魚(種苗)放流といった手法は取りません。ちなみにノルウェーではシシャモも同アプローチで禁漁にしました。禁漁にしても漁業者が大騒ぎすることはありません。これは「教育」面での違いが大きいです。彼らは自分で自分の首を絞めません。
資源を回復させることができるかは資源管理次第です。しかしながら、我が国ではほとんど効果がない手法を取ってしまっているため、一向に資源は回復しないどころか悪化が続いています。
放流にはほぼ効果がないということを、東日本大震災後のヒラメの資源量推移で説明します。2011年に起きた東日本大震災で、ヒラメの稚魚放流が止まりました。上のグラフの青い折れ線グラフの赤矢印の箇所をご覧ください。
(出所)ヒラメ放流尾数と資源量推移。水産研究教育機構の資料より筆者作成
もしも放流に効果があるとしたら、資源量は放流が止まったために減少しているはずです。しかしながら、止まったことで資源は減るどころか、上グラフのオレンジの折れ線グラフの通り、逆に激増しています。
増加した原因は、環境の変化などではなく、放射性物質の影響で漁業が止まったためです。漁獲圧力がなくなったことで、資源量が大幅に増えたのです。
我が国では、資源回復のためにシシャモ・ニシンなど約70種の魚種で放流が行われています。しかしながら、漁業を成長産業にしている北欧などの漁業国では、放流をして資源管理をしていると聞いたことがありません。ノルウェーをはじめとする国々で行っているのは稚魚(種苗)放流ではなく、科学的根拠に基づく「数量管理」です。
資源管理に関する問題の本質がずれてしまい、魚が減っていく本当の理由「資源管理制度の不備」は、我が国で魚が獲れなくなっているという「致命的」な問題を日本各地で引き起こしてしまっています。
今さら、これまでの漁業者に任せて行ってきたやり方が、世界の成功例から見て明らかに間違いであったことを言えない状況になっているようです。魚が消えていく問題の本質は資源管理制度にあります。それを環境要因や外国に責任転嫁、もしくは漁業者が悪いとする考え方では何も解決せず、進むのは資源と漁獲量の減少だけです。
海外と比較すると報道されている内容と社会が理解していることとの矛盾が明確に出てきます。ノルウェーは遠く離れた国だとしても、韓国は隣国です。マスコミでは資源管理制度の不備という本質的な問題はほぼ出てきません。そして海水温上昇など誤解しやすい表面的な内容が報道され続けることで、社会が魚が減っていく本当の理由を大きく誤解しています。
その誤解のために、国がようやく「国際的に見て遜色がない資源管理制度のシステム」を作ろうとしても、改革がなかなか進みません。それどころか漁業者が獲りすぎで、自分で自分の首を絞め続けてしまう傾向にあります。このままでは時間の経過とともに、資源管理制度について必ず「何てことをしてきたのか!」と気づいて後悔するときがきます。
筆者は世界の漁業の成功例を30年以上最前線の現場で見てきました。科学的根拠を基にした資源管理制度が機能するように世論が変わるまで発信を続けていきます。
(片野 歩 : Fisk Japan CEO)