都心を中心に地価の上昇が続く中、家賃の値上げを要求されるという問題がSNSで報告されています。ある投稿によると、物件のオーナーが今年1月に変わって、8月から月額8万5000円を月額19万円にするという「通知書」が届いたそうです。
続く投稿にはさらにショッキングな写真もありました。「現在オーナーからの嫌がらせで半年間エレベーターを止められております」として、封鎖されているエレベーターの様子が投稿されていました。
こうした高額の家賃値上げの通知にどう対応したらよいのでしょうか。不動産トラブルにくわしい秋山直人弁護士に聞きました。
──一方的に家賃の値上げをすることは可能なのでしょうか。
現在の賃料で合意したときから、ある程度の期間が経って、その間に経済情勢の変動などがあって、明らかに安すぎるとなった場合、賃貸人(オーナー)は、借地借家法32条1項に基づいて賃料の増額を求めることができます。
たとえば、賃貸人が、2025年8月1日からの賃料を「相当賃料額」まで増額する旨の賃料増額請求をすれば、法的には、2025年8月1日から相当賃料額、つまり適正な賃料に増額されることになります。
賃料の増額は、契約更新時と思われがちですが、法的には契約更新時に限定されるものではありません。増額の理由があればいつでもおこなえます(もちろん遡っておこなうことはできません)。
──月8万5000円から月19万円という極端な値上げも問題ないのでしょうか。
実際に適正な賃料がいくらであるかは、賃貸人と賃借人(借主)の間で合意等が確定するまでは、未定になります。
なお、今回のケースでは「家賃値上げの通知書」に「改定いたしたくお願い申し上げる」「家賃値上げのお願い」といった表現があり、確定的な賃料増額の意思表示といえるか、議論の余地があると思います。
仮に今回のケースで、法的な賃料増額請求がされているとしても、現行の月8万5000円から月19万円に増額するというのは、賃貸人が妥当と考えるという主張であって、先に述べたように、それは法的には確定していません。
したがって、賃借人としては、賃貸人の通知書に不服であれば、月19万円までの増額には応じられないと反論したうえで、適正な賃料が確定するまでは、現在の賃料を支払っていれば契約違反にはなりません。
しかし、適正な賃料が確定すれば、増額請求の時点から増額分を遡って支払う必要があります。この場合、借地借家法32条2項では、増額分に年1割の利息を付加して支払うという規定があります。
──オーナー側にとって、法的に適切に増額するには、そのような手続きをすべきでしょうか。
賃貸人はまず、賃料を増額するという意思を文書で表明して、賃借人と交渉する必要があります。先ほども述べた通り、交渉が成立すれば、それで増額が決まります。
問題となるのは、交渉が成立しない場合です。
増額に不服のある賃貸人は、賃料増額請求の調停を申し立てることができます。調停でも話がまとまらない場合には、調停は不成立となり、裁判に進みます。
裁判では、裁判所選任の不動産鑑定士の資格を有する鑑定人による継続賃料の鑑定(裁判鑑定)が実施されることが多く、裁判鑑定の結果は判決にも大きな影響を与えます。
このように、賃貸人は、調停や訴訟という法的手続きで賃料増額を求めることができますが、逆にいえば、賃借人が合意しない限り、調停や訴訟という手続きを踏まないと賃料増額は実現しません。
調停や訴訟となれば、賃貸人にとっても、弁護士費用、鑑定費用などのコストが相当かかることになります。
──そのまま借主が賃料増額に応じなければどうなるのでしょうか。
一般的な建物賃貸借の契約(普通借家契約)では、契約更新時に賃貸人が賃料増額を求めて賃借人が応じない場合、合意更新(更新の合意書を作成して更新すること)はできませんが、契約に自動更新の規定があれば自動更新になりますし、ない場合には、法定更新と呼ばれるものになります。
法定更新とは、借地借家法26条1項に基づく制度で、賃貸人が更新を拒絶しても、よほどの事情(正当事由)がない限り、法律上は当然にこれまでの契約と同じの条件で契約が更新したとみなされるものです。
賃借人が賃料増額に応じないことは「正当事由」には該当しませんので、賃借人は、これまでの賃料を支払っている限りは、契約の更新が認められないということはありません。
なお、定期借家契約の場合には、契約期間満了によって契約が終了します。再契約をするかどうかは賃貸人の判断となります。再契約にあたって賃貸人が賃料増額を求め、賃借人が応じなければ再契約をしないことも自由ですので、賃借人は再契約をしたければ賃料増額に応じざるを得ません。ここは定期借家契約と普通借家契約でまったく違うところです。
──今回の投稿には「半年間エレベーターを止められている」とありますが、こうした行為は法的にどのような問題がありますか。もしも、退去させる目的で共用設備を停止した場合、オーナー側が損害賠償や法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。
賃料増額請求する場合、賃貸人は、できれば退去してほしいと希望していることが多いです。退去してもらえば、新規賃料水準で賃貸できるためです。
しかし、賃借人が賃料増額や退去に応じないからといって、賃貸人がエレベーターを止めるといった強硬手段を取ることは許されないと考えます。
そのようなことをすれば、いわゆる「自力救済」(自己の求める有利な結果を法的手続きによらず実力で実現すること)として不法行為となり、賃借人に対し損害賠償責任を負うことになるでしょう。
また、エレベーターが使用できないのであれば、賃料の減額事由にもなると思います。賃借人からは、仮処分手続きで裁判所に救済を求めることも考えられると思います。
──「土地の価格が上がった」という理由で家賃を上げたいというオーナーは多そうです。
現在、特に東京23区内では、地価が大幅な上昇傾向にあり、それに連れて、賃料も上昇傾向にあることは事実です。私は不動産鑑定士の資格も保有していますが、賃料増額の相談がこの2年で明らかに増えています。
そのため、直近合意の時点から、たとえば4年以上経っていて、その間に公示価格が30%以上上昇しているといったケースでは、賃貸人が賃料増額請求をした場合、ある程度の上昇は避けられないことも多いと思われます。
賃借人としては、まずは現行賃料を支払っていれば契約違反にはならず、契約も自動更新または法定更新されることを理解したうえで、応じられる範囲で賃料増額の対案を提示するといった対応が考えられます。
今回のケースでは、「家賃値上げの通知書」に「当初の契約から1年10カ月が経過」とありますので、両者が家賃に合意してから、まだ2年程度しか経っていないようです。
その程度では、そこまで大幅な賃料増額が認められることは少ないので、賃借人としては、月8万5000円から月19万円までの増額に応じる必要はないでしょう。
賃貸人側は、よく「周辺相場と比べて賃料が安いから賃料を増額すべき」と主張しますが、もともと周辺相場と関係なく賃料水準を決定することは、契約当事者の自由であり、「私的自治の原則」から認められるものです。
賃料増額請求は「周辺相場と比べて賃料が安いから」ではなく、「家賃に合意してからある程度の期間が経過して、経済情勢等に変動が生じたので、事情変更により、賃料の増額を認めるべき」という考え方によります。
そのため、家賃に合意した時点における当事者の合意は尊重されるべきであり、あくまで現行賃料がベースとなって、そこからの上昇率を考えることになりますので、増額事由があるとしても、2倍を超える増額は通常あり得ないところです。
また、賃貸人側は「周辺の賃料相場が坪◯万円だからその水準まで上げたい」と主張することがありますが、新規賃料(新規に物件を賃貸に出す場合の賃料)と継続賃料(すでに賃貸借契約を締結している当事者間での賃料)は、不動産鑑定評価上もまったく概念が異なります。
継続賃料については、契約の拘束力がありますので、仮に新規賃料水準と現行賃料水準との間に乖離があっても、新規賃料水準までの増額が認められることは基本的にありません。この点も誤解が多いところです。
【取材協力弁護士】秋山 直人(あきやま・なおと)弁護士東京大学法学部卒業。2001年に弁護士登録。所属事務所は四谷にあり、不動産関連トラブルに特化して業務を行っている。不動産鑑定士・宅地建物取引士・マンション管理士・賃貸不動産経営管理士の資格を保有。事務所名:秋山法律事務所事務所URL:https://fudosan-lawyer-akiyama.com/