「『伊藤みちくに候補』を私は応援し、当選に押し上げたく皆様へお願い申し上げます」
選挙の告示前に配布されたチラシにはこう書かれている。浅尾慶一郎環境大臣(61)の名前で配られた上記のチラシ、実は選挙違反の可能性が極めて高いのだ。この内容は、公職選挙法で禁止されている「事前運動」に該当するとみられる。
政治活動と選挙運動の違いは、一般にはあまり知られていない。政治活動は、日常的な政策の訴えや国政報告など、選挙と直接関係しない活動を指すものである。一方、選挙運動は、特定の選挙で特定の候補者を当選させる目的で行われる行為であり、公職選挙法で厳しく規制されている。その一つが、選挙の公示・告示日前に特定の候補者を応援する行為。これは「事前運動」として禁止される行為だ。
問題のチラシは鎌倉市議会議員選挙(4月20日告示、27日投票)の告示前に配布されたものだ。鎌倉市の今泉地区で、4月中旬頃に複数の住民宅にポスティングや郵送で配布され、選挙に立候補した伊藤みちくに氏(倫邦・82歳・結果は落選)を推す内容となっている。3枚セットで構成され、1枚目には浅尾環境大臣の名で、
《伊藤みちくに候補を私は応援し、当選に押し上げたく》
などと記載されており、2枚目には浅尾大臣が街頭演説を行う案内、3枚目には伊藤氏の活動実績が書かれている。このチラシは選挙の告示前に配布されているため、政治運動に関わるものであれば法的な問題はないのだが、浅尾大臣の名前などが記載された「1枚目のチラシ」については特定の候補者に投票を依頼する選挙運動の疑いが濃厚なのだ。
立命館大学法学部で選挙制度や憲法学の研究などを行う小松浩教授はこう語る。
「このチラシには『鎌倉市議会議員選挙』という文言や、『伊藤みちくに候補を応援し、当選に押し上げたく』という記載があります。これは『特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為』にあたると考えられ、選挙運動の可能性が高い。
そして、このチラシが告示前に配布されていることからも公職選挙法で禁止されている事前運動に該当すると考えられます。2枚目の街頭演説への案内だけなら政治活動といえるでしょうが、1枚目の文言がある以上、3枚セットのチラシは公職選挙法違反とみなされる可能性が高い」
浅尾大臣はこのチラシに関してどう考えているのか。チラシ配布の意図と、公職選挙法違反に当たるか否かの見解について浅尾事務所に問い合わせると、以下のような回答が文書であった。
「ご質問の文書末尾には浅尾の署名がありますが、浅尾がこの文書に署名したことはありませんし、浅尾が指示して作成させた文書でもありません。この署名は転写されたように見え、どのような経緯で、誰が作成したのかなど関係者で確認いたします」
なんと浅尾大臣の署名は偽造されたものだというのだ。詳しく聞くためFRIDAYデジタルの記者が秘書へ電話をすると、取材に対して以下のように回答した。
--チラシの1枚目には浅尾さんのサインがありますが、これは偽造されたものということですか。
「浅尾自身はこの1枚目の文章についての認識がなくてですね。『誰が出したんだ?』と驚いているところです」
--誰の行為かは、わかっているのでしょうか。
「ちょっと今すぐにはわからないです。確認をしてるところなんで」
--2枚目の演説会案内については、認識があるのでしょうか。
「あります。これは確かに開催するものですので」
--2枚目は今泉地区に配ったんでしょうか。
「浅尾会の皆さん方に。浅尾会って浅尾の後援会なんですけれども、今泉にお住まいの浅尾の後援会の皆さん方に、こういう案内を送りました。これは確かです」
--後援会の方に送ったんですね?
「はい、そうです。2枚目についてはそうですね」
--送ったのは2枚目だけですか。1枚目を送っていないことは間違いないでしょうか。
「そういう認識はないんです、私にしても浅尾にしても。だから『なんなんだこれは』っていう感じなんですけどね」
--(選挙前の)ポスティングはしてないということですね。
「してないです。それはやらないです」
選挙違反の疑いがある1枚目のチラシに関しては、「署名含め内容にも覚えがなく当然配布はしていない。後援会の人に向け演説会のビラ1枚を送っただけ」というのである。
秘書のこの回答を受けて、さらに地元での聞き込みを行ったが、やはり「1枚目を含む3枚セットのチラシが後援会以外にもポスティングや郵送で配布されていた」という複数の証言を得た。実態はやはり浅尾事務所の話とは食い違っているのだが……。
今回配布された3枚のチラシは、極めて選挙違反の可能性が高いが、違反ギリギリのチラシやポスターは現実的にはかなりある。たとえば、候補者と有力政治家を並べた「2連ポスター」は、事前運動を回避するための手法であり、実質的には選挙運動と変わらないとされている。ただ、「どこが問題なの?」と思う人は非常に多いと思われ、実際、憲法学の世界では公職選挙法自体の問題点も指摘されている。前出の小松教授はこう語る。
「事前運動の禁止や公職選挙法の厳格な規制は、表現の自由や政治活動の自由を制限し、候補者と有権者の交流を妨げています。こういう規制自体が憲法違反というのが私の主張です。日本の公職選挙法は、戸別訪問の禁止やビラ・ポスターの枚数・種類の制限など厳しい規制が多く、諸外国と比べて異常ともいえる状況です。厳しすぎる日本の公職選挙法が、結果として脱法的な行為を誘発しているという見方もできます」
公職選挙法の厳格な規制が、選挙違反のグレーゾーンを生み出している側面は否めない。ただ、浅尾大臣が、自身の名前を冠した3枚組チラシを事前に配布したのだとすれば、事前運動の禁止という明確なルールを破る行為である。また選挙の公正さという観点からも、有権者の信頼を裏切る行為ともいえる。
小松教授は、
「3枚組のチラシを配ったことが事実だとすれば、訴訟になれば浅尾さんは残念ながら勝てないとは思います」
と見立てを語った。大物議員の地元で巻き起こった疑惑の真相はいったい……。