コンビニや自販機で目にするエナジードリンク。子供でも飲みやすい甘い味付けは、カフェイン本来の苦みを隠すためだという。薬物依存の専門家である精神科医の松本俊彦さんは、「子供の頃からカフェインで気分を変えることが習慣になると、薬物依存の入り口になる」と警鐘を鳴らす。
カフェインの急性中毒で救急搬送される人、そして死亡する人が2013年から増えています。多くが20代の若者です。
実はカフェインを取りすぎると、急性中毒で死亡することがあります。事故に至る可能性が出てくるカフェインの量が5g。この量をコーヒーで取ろうとすると100杯近くを短時間で飲まないといけないため、普通はできません。急性中毒になるほとんどの人は、市販の風邪薬や眠気覚ましのカフェイン錠を大量服用(オーバードーズ)しています。
風邪薬のオーバードーズで死に至る原因は、解熱鎮痛成分であるアセトアミノフェンか、カフェインによる急性中毒であるケースが多いのです。
風邪薬や眠気覚ましは昭和の初期からあったものですが、なぜそれらによるカフェインの急性中毒が急に増えたのか。私は、これにはエナジードリンクの普及に関係があると推測しています。
2005年に日本で販売されたエナジードリンクは、その後、自動販売機での販売も始まりより身近なものになりました。
中学受験の塾や部活の差し入れとして、親がエナジードリンクを与える。普及とともにそんな話も聞くようになりました。
エナジードリンクには、コーヒーと同程度のカフェインが含まれています。カフェインには眠気を抑え、意欲を増進する効果がありますが、子供にとってカフェインが多く含まれるコーヒーは、苦くてなかなか飲めません。「コーヒーはブラックに限るね」なんていう小学生はいませんよね?
カフェインは本来苦いのです。ところが、その苦さを感じさせないように、甘い味付けをしたエナジードリンクなら子供も飲めてしまう。甘い味で覆い隠してカフェインに慣れさせてしまうのが、エナジードリンクの危険なところです。
多くの子供たちはエナジードリンクを飲んだからといってカフェインに依存してしまうわけではありません。しかし、親とうまくいかない、勉強のパフォーマンスを上げなければならないなど、強いプレッシャーを感じている子供たちの一部が、エナジードリンクのカフェインを頼りにするようになってしまうのです。
カフェインを取り続けていくと、体が慣れていき、だんだん同じ量では効果が得られなくなってくるので、量が増えていきます。
エナジードリンクで効果を感じなくなると、一生懸命検索して、カフェイン錠や風邪薬にステップアップしてしまう…。そんな子供たちが一定の割合でいるのではないかというのが、臨床現場での感覚です。
ある咳止め薬には、カフェインの他に覚醒剤の原料や麻薬成分も入っているので、何十錠も飲むとバキバキにテンションが上がります。でも、それもあっという間に慣れてしまう。飲むのをやめると電池が切れたみたいに身動きが取れなくなって、ベッドから身を起こすこともできなくなるので、毎日何十錠も飲まなければならなくなり、それがないと生きていけない状態になってしまいます。
若い時から、カフェインのような化学物質によって気分を変えるという対処方法を学んでしまうと、つらい時に休んだり、人に相談したり、助けを求めたりすることをせずに、化学物質で気分を変えて前に進むようになってしまう。これが薬物依存への第一歩です。エナジードリンクが、その入り口になっているのではないかと思うのです。
子供の脳は未発達なのでカフェインの影響を受けやすい。そのため大人よりも摂取量を控えたほうがいいのですが、特に中学校を卒業するまでは、ブラックコーヒーとエナジードリンクは飲ませない方がいいと思います。イタリアでは、法律があるわけではありませんが、15歳になるまではエスプレッソを飲ませない親が多い、という話を聞きます。
なお、カフェインが入っているお茶やミルクと砂糖入りのコーヒーを家族と一緒に食卓で楽しむぶんには問題ありません。チョコレートやコーヒー牛乳のような子供たちの好きなものにもカフェインは入っていますが、少量なので気にしなくてもいいでしょう。
ただ、家庭で親が努力してできることには限界があるのも事実。子供が外でエナジードリンクを買ってきて飲むようになってしまったら困ってしまいますね。そうなってしまったら大人がうるさく言うと隠れて飲むようになるだけなので、「かっこいい飲み物ではないよ」「飲み過ぎたら大変だよ」という懸念は示してあげたほうがいいと思います。
私は、社会全体として「高校生になるまでエナジードリンクはやめよう」という機運を作っていくことが大切だと思っています。
松本俊彦(まつもと・としひこ)精神科医。薬物依存症や自傷行為に苦しむ人を対象に診療を行う。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。著書に『自傷行為の理解と援助』(日本評論社 2009)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社 2015)、『薬物依存症』(ちくま新書 2018)、『誰がために医師はいる』(みすず書房 2021、第70回日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『身近な薬物のはなし──タバコ・カフェイン・酒・くすり』(岩波書店 2025)他多数。