(写真はイメージです:Ushico/PIXTA)
小中高生の不登校の子どもの数は40万人を超えるといわれています。自身もわが子の5年(中学1年の3学期から高校まで)に及ぶ不登校に向き合ったランさんは、その後、不登校コンサルタントに転身。子どもの不登校に悩む親と接すると、相談の入り口は子どもや学校に関することであっても、その背景には、さまざまな悩みや人間模様がありました。
本連載では、ランさんが、子どもの不登校を経験した親に話を聞き、問題の本質、そして相談者自身が見つめ直すことになった人生に迫ります。
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親は、子どもが将来苦労しないように、自分の親から教えてもらったことや育児書を頼りに子育てをします。それでうまくいく場合もありますが、裏目に出てしまうこともあります。今回ご紹介する真由美さん(仮名、47歳)はその壁にぶつかったお母さんのひとりです。
真由美さんには2人のお子さんがいます。上のお子さん(男の子)は小学校高学年から中学校卒業まで、下のお子さん(女の子)は小学校の2年間と中学生になった今も不登校です。
「上の子は小学5年の頃から学校に行けない日が増えてきて、中学校では別室登校。給食を食べに行くだけの日もありました。家でもふさぎこんでいる様子で、学校に行けない自分を責めていましたね」
真由美さんは息子さんを学校に行かせようと必死でした。朝起きてこない息子さんを何度も起こし、車で学校に連れて行く日もありました。しかしそんな中、今度は娘さんのほうも小学校に行けなくなったのです。
「兄妹ふたりとも不登校になるなんてショックでした。最悪だなって。周りの子たちは元気で学校に行っているのに、なぜうちの子だけ行けないんだろうって。制服姿の生徒さんを見ると胸が苦しくなって涙がこぼれました。学校に行っている子たちが心底うらやましかったです」
私が真由美さんに出会ったのはちょうどそんな頃でした。
「ランさんに出会って不登校の話を聞いた時、愕然としました。私は子どもを見ないで世間体を気にしていたんです。一般的にいい子と言われるような子どもに育てようとしてたんだなって」
真由美さんは、お子さんが小さな頃から育児書を熱心に読んでいました。そして、年齢に応じたことができるようにしなければとか、大きくなってから困らないように先取りしておかなくてはなどと一所懸命でした。
早いうちからスイミングをさせたり、将来英語でつまずかないように低学年から習わせたりしたのも、そうした考えから。とにかく他の子ができることを、自分の子どももきちんとできるように親が導いてやらないと……と思っていたようです。
しかし、結局それは、真由美さんが世間の目を気にしていただけということに本人が気づきます。
「私が世間体や周囲の目を気にするのは、母の子育ても影響していると思います。『勉強はできたほうがいい』と言われ、私は母に喜んでもらいたくて勉強しました。『結婚も収入が安定した人としなさい』と言われ、親の期待に沿う人と結婚しました。私はずっと、親の考えを軸に生きてきたんです。それが染みついていると思います」
自分の気持ちを無意識に抑えて親の期待にこたえる。真由美さんの習慣ともなっている思考パターンは、お子さんとの関係の中でもかたちを変えて表れてきます。
「娘の話を笑って聞けないんです。不登校の娘は学校に行けなくても家では元気なんです。それはありがたいことかもしれませんが、学校に行っていないのに楽しそうに“推し“の話をしているのを見るとイライラするんです。私のイライラをぶつけてはいけない……娘の話をちゃんと聞いてやらねば。そう思うと苦しくてたまりませんでした」
なぜそうなるのか真由美さん自身もその時はわからなかったそうです。しかし、今になって思えば、自分が楽しく生きていなかったから、子どもが楽しそうにしているのが嫌だったのだろうと当時を振り返ります。
「親や世間を気にして、私が自分を満たすことができていないからだ」そう気づいた真由美さんは真剣に自分自身に向き合い始めます。
真由美さんはいろいろなことを「これは自分が本当にやりたいことなのか」と考えるところから始めました。たとえば「料理や掃除は主婦や母親としては大事だけれど、自分はそうじゃない」と正直に認めることからです。
そして本当に自分がしたいことを考えて、小さなことでも自分のやりたいことをしていきました。すると、それをさせてもらえる環境に感謝の気持ちが湧いてきます。自分で自分を満たすことを始めたら、子どもへの見方も変化。子どもの“ある“に目を向けるようになりました。
「私の息子は、ものすごく好奇心が旺盛でなんでも調べたがるんです。サービス精神も旺盛です(笑)。娘は、協調性があって友達思いの優しい子なんです。子どもには個性があります。得意なこともあれば苦手なこともあります。私は“できない“ことを“できる”ように導いてやるのが親の仕事だと思っていました。でも次第に、できないことがあるってそんなにいけないこと?と思うようになったんです」
こんなふうに話す真由美さんは、子育てはもちろん料理も掃除もちゃんとされるお母さんです。でも、世間一般の見方から距離を置き、「それは私には重要じゃない」と自分の気持ちを優先させたんですね。
「今は子どもにできないことがあっても、できることもたくさんあるよねと思うようになりました。“ある“を見て、その子の個性を伸ばしたほうが幸せだよねって。その頃から娘の話も笑って聞けるようになったんです」
そんな真由美さんの変化はご主人との関係にも表れてきます。以前は「どうせ言っても無駄だろう」という思いから、子どもの話は最小限しかしませんでした。
「夫は『子どもを甘やかすな。車で学校に送ることもしなくていい』と言っていましたし、『なぜ学校に行けないんだ』と息子に詰め寄ることもありました。その一方で、突然パソコンやタブレットを息子に買い与えるんです。なんなの?それは甘やかすことじゃないの?って」
心の中でご主人に否定的な感情を持っていた真由美さんですが、ある時ふと、ご主人の考えも聞いてみようという気持ちになります。
ご主人の話はこうでした。「自分は考えながらやっている。今のままでは息子は将来仕事に就くのも難しいだろう。でも、パソコンやタブレットを手にすることで広がる世界があるかもしれない。どこから芽が出るかわからなくても、種をまいておくことが大事なんだ」
それを聞いて真由美さんの心には謝罪の気持ちが生まれました。ご主人のことを否定してきましたが、真由美さんとはやり方が違うだけで、愛情を持ってお子さんのことを考えているのは同じだったからです。
こうした過程を経て、お子さんたちも変わってきました。
中学卒業まで不登校だった息子さんは通信制高校に入学。普段は自宅で勉強して、年に2回、新幹線に乗ってスクーリングに通いました。その高校にはいつでも入れるオンラインスペースがあって友達と話ができます。最初はなかなか人と関われなかった様子でしたが、少しずつ友人もできて楽しく過ごせたようです。
「その高校を無事卒業して大学を受験しましたが、どうしても行きたい大学は残念ながら不合格。今は浪人中です。プレッシャーを感じているのか、時々、精神的につらそうにしていますが、先日は公募制推薦の試験に出かけていきました。本人が行くと決め、願書も自分で取り寄せて出しました。息子にとっては背水の陣だったと思います」
真由美さんはそんな息子さんを頼もしく感じています。
「結果はどうなるかわかりませんが、ひとつ行動を起こしたことがすごいと思っています。きっとこういうことの積み重ねが大事なんですね」
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娘さんへの気持ちも変わってきたようです。中学2年生の娘さんは今も不登校で、勉強はしていませんが、推しに夢中で、家で元気に過ごしているとのこと。たまに家の手伝いをしてくれるそうです。
「私もまだ不安が消えたわけではありません。つらいと思うこともあります。でも、子どもは自分で生きていく力を持っているので、その子らしくしっかり生きていけばいいな。子どもを幸せにするために、まず自分が幸せになる。泣いている場合ではありませんね」
【ランの視点】
私のところに相談に来られる親御さんは一所懸命な方が多いです。子どもをいい子に育てようとまじめにやってきたからこそ不登校になるとショックが大きいのです。
真由美さんのお話に世間体や育児書のことが出ましたが、社会で生きていくためには世間の価値観を知ることは必要ですし、専門家のアドバイスが豊富な育児書も重要です。ただ、それらを追いかけ他人軸で生きるようになると、自分自身が不在になるので生きづらさを感じるようになります。
真由美さんはある時期から徹底して自分の内面に目を向けていかれました。世間一般のよい母親像をいったん脇に置いて、本当の自分の気持ちを見ていったのです。
「それ、私にとって本当に大事?」という問いかけは、自分軸を立てていく作業になりました。結果、それが親子の境界線を引き、お子さんたちの価値観を尊重することにつながっていきました。
同じような境遇の親御さんにメッセージをいただけますかと真由美さんにお願いしたところ、こんなお返事をくださいました。
「社会の常識でものごとを考えると、生きづらい子がたくさん出てくると思います。学校もそのひとつ。でも常識にとらわれず、自分はどう思うのかを考えてみることが大事だと思うんです。できないところや苦手なことは人に助けてもらえばいいし、やれないことがあってもいい。その子が社会に出る時に生きやすいようにして送り出してあげる。それができるのは親だし、家庭だと思います。私もまだその途中なんですけどね」
出会った頃の真由美さんは、不安気で自信なさそうに涙されることもありました。今回、自然体でお話しされる真由美さんを見ていると、お子さんに何があっても受け止められる安心感を覚えました。
親がそうなると子どもは安心して自分の人生を生きていくことができます。自分に矢印を向け素晴らしく子どもをサポートされている真由美さんにエールを送りたいと思います。
(ラン : 不登校コンサルタント、ブロガー)