東京屈指の高級住宅街として知られる東京・世田谷区。環状七号線沿いに建つのが地上8階、鉄筋コンクリート造りの「東急ドエル・アルス世田谷フロレスタ」(以下、フロレスタ)だ。
敷地面積はおよそ1560平方メートル、建物の敷地は900平方メートル以上を誇るマンションで繰り広げられたのは住民にとって悪夢としか言いようがない惨劇の数々だった。
前編記事『「鉄筋は切断され、地下には水たまりが…」開かずの間となった「東急不動産の高級マンション」で住民らを襲った「悪夢の光景」』につづき、住民らを悩ます東急グループの対応、そして違法建築が発覚する一部始終をお伝えする。
2019年2月、目を覆うような施工不良を目の当たりにした住民たち。前編で報じた地下ピット内での施工不良とは別に浮上したのが耐震スリット問題だった。
耐震スリットとは建物内の壁や柱にあえて切れ目を入れる施工で、地震の横揺れの緩衝材としての役割を果たすとされている。日本では1981年の建築基準法の改正から新耐震基準として導入されている手法だ。組合関係者が語る。(以下、「」は組合関係者)
「当時、大手デベロッパーの販売したマンションなどで耐震スリット不足が指摘され、ニュースでも大々的に報道されていました。ちょうど地下ピットの件もあり、不安を覚え、東急不動産に『スリットも確認してもらえませんか』と要望を入れました。向こうはいつもの調子で『組合で調べてください。問題があれば対応します』との返答でした」
そして2019年9月、地下ピットの際に依頼した民間会社とともにスリットの調査を開始。組合だけの費用でマンション内すべてを確認するのは難しく、1階だけの簡易検査を行った。
「1階を調べるだけでも『全然ダメです。スリットが入っていません。探しても見つかりません』という結論になりました。すぐに報告書を作って東急サイドに渡すと『こちらで調べます』という対応になりました」
スリット不足の疑念が生まれ、心配する住民を前に東急の担当者は依然として強気な姿勢を貫いていたという。
「東急は『このマンションは世田谷区が認めた建築物です。区の検査だってあるわけですから、問題はないです』と言うばかり。でも地下ピットの施工不良もありましたし、不安は消えませんでした」
実際、フロレスタは優良建築物等整備事業として国、都、区から総額で約1億5000万円の公的補助を受けている。いわば行政のお墨付きがあるマンションと呼べる存在だった。当然ながら補助金はすべて国民、都民、区民らの血税から捻出されている。
あくまでも世田谷区認定のマンションだから安心安全だという説明を繰り返す東急サイドだったが、2020年以降の調査で住民たちはまたしても裏切られることとなる。
「スリットの確認をするにあたり、民間会社とともに区の確認申請の際に提出したマンションの構造計算書と構造図を見比べてみました。構造計算書は簡単に言えば建物を作る際に『こういう構造で作れば大丈夫です』とコンピューターによって試算されたデータ図面で、構造図はその計算書を元に書き起こしたもの。
すると計算書にあるスリットや柱に入っている鉄筋の数と構造図に記載された数字が合わない。計算書では合計110ヵ所のスリットが構造図になると183ヵ所になっている。これでどうやって区の申請が下りたのか不思議で仕方がありませんでした」
図面の調査と並行して行われたのが実際の建物に入っているスリットの確認だ。2020年1月、フロレスタの大規模検査が行われる。だが、ここでも住民らと東急との攻防戦が繰り広げられる。
「今度はすべての階をくまなく調べました。一般的にスリットは30ミリ以上ないと効果がないと言われていますが、フロレスタは10ミリ程度の幅しかなかった。東急の担当者らはスリットの幅を調べるためにアイスピックを使って図っていましたが、住民が確認すると斜めに刺して幅の数値が広くなるような状態で計測していた。
その場で組合関係者が『これ、10ミリもないからダメですよね』と指摘すると担当者も『はい』と答えていました。そもそもスリットが入っていない箇所も複数確認されています」
こうした図面確認、そして現地調査で判明したのは住民にとって耳を疑う内容だった。
「まず構造計画書と構造図のスリットや鉄筋の数が合わない。そこにきて今度は構造図では183ヵ所あるはずのスリットが実際には126ヵ所しか入っていなかった。つまり計算式のもと『これで大丈夫です』とコンピューターが算出した構造計画書から書き起こした図面がなぜか変わってしまい、さらに建築時には構造図とも違うマンションが建てられていたということになります。
もはや誰がこのマンションの本当の構造を理解しているのか分からない状態になっていたんです。それは同時に誰もフロレスタの安全性の担保ができていないことを意味しました」
この結果を受け、東急不動産と東急建設は2020年6月に住民説明会を実施。構造計算を再試算した結果を提示した。
「説明では『構造計算を再試算した結果、一次設定の判定ではNGが出たが、二次設定の判定ではOKが出た』とのことでした。一次設定はいわゆる中規模地震で一部崩壊するかどうか、二次設定は大規模地震で建物が崩壊、倒壊しないかを計る基準になります。東急側は『マンションにはスリットが何ヵ所入っており、倒壊崩壊の危険はないとの判断がコンピューター上でも出ている』という話でした」
しかし、この計算を不審に感じた組合側が検証を求めると、ここでもまた驚くべき事実が次々と露呈していく。
「東急側が出した数字に違和感を抱き、細かく資料を見比べると、その度に担当者の説明が二転三転しました。そこで3ヵ月間かけて何度も再計算を要請し、実はコンピューターで再計算した数値を東急側がわざわざ手入力で入れ替え、判定結果を出していたことが判明しました。
手入力を行ったことは東急の担当者も当初には説明していません。どうしてコンピューターで計算した数値をあえて手で入力しなおさなければならないのか。そうしなければならなかった理由があったとしか思えない」
これまで「区の認可が下りた建物だから大丈夫」と話していた東急不動産の担当者も結果を受け、こう口走るようになったという。
「手のひらを返したかのように『どうして区はこんなマンションを建てたんだ』と言い出した。もう唖然とするしかなかったです。行政に申請を出したのは東急不動産。どうして書類を出したはずのあなたたちが被害者のような態度を取れるのか。理解に苦しみます」
すると2020年12月、東急不動産は部屋の買い取りを含めた大規模補修を行う方針を表明。しかし、ここからトラブルは国や区を巻き込んだ大騒動へと発展していく。
「大規模補修を行うと言っても、そもそもフロレスタはすでに構造上の問題がある建物です。どうやってその安全性の認可を取るのかが不明でした。そこで住民の一人が確認にために国交省に連絡を入れると『フロレスタはすでに住民からの通報を受けており、世田谷区に下ろしています。すぐに区に電話してください』との答えがあった。
言われた通りに一報をいれると今度は世田谷区から『すぐに来てほしい』と急かされる。実際に区役所に行くと、8人ほどの職員が出迎え、『区を訴えたりしませんか?』と切り出してきました。住民も呆れながら『訴える暇なんてありません。とにかく助けてください。区としてすぐに対応してください』と伝えました」
その後、組合、東急不動産、世田谷区の3者による面談を開催。施工不良の現状と今後について話し合いを重ねた。
「その場には東急建設の当時の現場主任も出席していました。本人は泣きながら『すみません』と謝罪していましたが、実際に組合関係者が『現場で何が起こっていたのか』と尋ねると『覚えていません』と答える。結局、納得できる説明はありませんでした」
こうして数ヵ月におよぶ協議の末、ようやくマンションの建て替えが決定した。
「建て替えも東急は『社内で検討した結果、同じ建物が建設可能との判断が出た』と言い出して、目が点ですよ。組合も『いやいや、そもそも構造計画に問題があった可能性が高いから、同じモノは無理ではないか』と伝えましたが、東急は聞く耳を持たず。結局、同じ建造物を建てるということで計画がスタートしました」
合わせて行われたのが住民らの転居だった。東急不動産はマンションへの安全性が担保できないという理由から全住居の避難を提案。2021年には住人全員が退去を完了させ、建物は鉄骨補強が行われた。
かくしてフロレスタは文字通りの「開かずの高級マンション」へと様変わりしたのである。だが、変わったのは建物の無人化だけではない。欠陥住宅だったレジデンスはある出来事をきっかけに違法建築物へと姿を変える。
「建て直し計画にあたり東急不動産は2021年12月に再度、敷地の測量を行いました。しかし、いくら待っても肝心の測量結果を出してこない。設計を請け負った東急設計コンサルタントも痺れを切らして、測量図を催促する始末でした。東急不動産は『出します』と口ではいうものの、その後も数ヵ月にわたって測量図を提出しない。結局、組合側が『いい加減にして欲しい。測量図がないと話が進まない』と急かして、やっとの思いで図面を提示させました」
だが、そこに記されていたのはマンションが「違法」であることを裏付ける決定的な証拠だった。
「測量図を受け取った設計会社の担当者から『大変なことが起きている。北向きが違う』と組合の関係者に連絡が入りました。実際に組合関係者が測量図を確認すると真北が実際の建物よりも西に14度ズレていることが発覚。これによりフロレスタは建築基準法の高さ制限を超えている建造物となりました。
仮にマンションを正しい方角で建てるとなると部屋数は現在の49戸から30戸程度しか確保できないという試算結果がこの時点で出ています」
一転して違法建築という烙印を押されてしまったフロレスタ。組合関係者はすぐに東急不動産へと連絡し、事情を説明。すると問題発覚から1ヵ月後となる2022年9月、東急が切り出したのは「住民の方々に説明する場を用意したい」という言葉だった。
「とは言っても発覚から1ヵ月しか経っていない。一体何を説明するのか意図を図りかねました。東急側は『社長を交えた社内調査委員会を作った』とは言うが、肝心の内容については『説明会で話をします』と繰り返すだけでした」
同月、2日間にも及ぶ住民説明では東急建設の寺田光宏社長(62)や同社の副社長、さらに東急不動産からは当時の岡田正志社長(62)を筆頭に常務なども出席し、謝罪が行われた。しかし、違法建築の原因については到底、住民らが納得できるものではなかったという。
「説明会では、建物のズレについて社内調査委員会の弁護士が『真北測量のミスで、その測量士はすでに亡くなっており、会社も現在はない』と説明しました。いわば死人に口なしで、真相は分からないという結論です。当然、説明会は紛糾。結局、12月にも同様の場を設け、東急側が調査を行ったうえ、報告書を住民に共有することで決着がつきました」
この取り決めにより東急不動産、東急建設の両社がそれぞれの報告書を作成。すると、そこにはこんな奇妙なやり取りが残されていた。
「開発当初の議事録を見ると関係者による『フロレスタは思い描く建物が作れず、事業化は難しいだろう』という旨の発言が記録されていました。しかし、具体的な理由は書かれていないものの、ある時を境に突然『建つようになった』と空気が様変わりしています。なぜ事業化が難しかったはずのフロレスタが突如、建築できるようになったのか。不思議としか言いようがない」
報告書の開示を終え、ここから再度、建て替え計画へと舵をきったフロレスタ。しかし、ここでもまた新たな問題が再燃することとなる。
つづく後編記事『「まるで脅しのようなやり方だ!」…確認作業では隣のマンションと取り間違え「世田谷・違法高級マンション」でこだまする住民らの「悲鳴」』では違法建築を巡って巻き起こった住民らと東急との間に勃発した新たなトラブル、そしてなぜ東急不動産は2006年に行った構造チェックで組合に対して「問題はない」と回答したのか。その主張を詳しくお伝えする。
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「まるで脅しのようなやり方だ!」…確認作業では隣のマンションと取り間違え「世田谷・違法高級マンション」でこだまする住民らの「悲鳴」