映画『はたらく細胞』(武内英樹監督)のスマッシュヒットに沸く、ある映画会社は今、簡単には見過ごせない“わだかまり”を抱えているーー。
「2024年12月に公開された『はたらく細胞』は、佐藤健さんと永野芽郁さんのW主演作という話題性もあって、興行収入はすでに50億円を突破。ワーナー ブラザース ジャパンが手がけた邦画史上No.1ヒット作になりました」(映画ライター)
東京都港区にオフィスを構える「ワーナー ブラザース ジャパン(以下、WBジャパン)」は、『ハリー・ポッター』シリーズなどで知られる米国の老舗映画会社「ワーナー ブラザース(以下、WB本社)」の日本支社。
2024年4月、WBジャパンのオフィスで“異常事態”が発生した。同社関係者はこう話す。
「きっかけは、3月末まで日本代表を務めていた高橋雅美氏が退任したことでした。その後、WB本社は外部からバディ・マリーニ氏を招聘し、職務執行者として日本代表に着任させました。すると、これまで“営業畑”だった上席執行役員の山田邦雄氏が映画事業の統括責任者になったんです。
その後、山田氏らによる不可解な人事がおこなわれ、それまで高橋氏に重用されていた幹部社員が続々と降格させられました。
なかでも、それまで邦画製作部長として、制作統括をおこなっていた関口大輔氏を役職なしのプロデューサーに降格させ、山田氏と距離が近い小岩井宏悦(ひろよし)氏をその立場に昇格させたのは露骨な“側近”の重用でした」
WB本社による海外映画の配給のみならず、2010年から邦画製作へ本格参入したWBジャパンで、近年、その屋台骨を支えたのが関口氏だ。
「どちらも中途入社の関口氏と小岩井氏の関係性はWBジャパン以前からです。お二人ともフジテレビの出身で、小岩井氏が先輩になります。一方で、関口氏はフジテレビ時代から『ウォーターボーイズ』(矢口史靖監督)、『それでもボクはやってない』(周防正行監督)などヒット作を連発。映画プロデューサーとして名を馳せていました。
小岩井氏の後に入社した関口氏は、WBジャパンでもその手腕を発揮し、2022年には『余命10年』(藤井道人監督)で興業収入30億円以上のヒットを飛ばしています。それらが評価され、2023年1月からは小岩井氏を追い抜く形で、邦画製作部長に就任したんです」(前出・WBジャパン関係者)
だが、その関口氏が今、WBジャパンを相手取り「不当解雇」の訴訟を起こしているのだ。
1月30日に東京地裁で口頭弁論がおこなわれることを把握した本誌が関口氏に取材を申し入れると、無念の気持ちを滲ませて、こう話した。
「私は突如、身に覚えのない疑いをかけられてWBジャパンから懲戒解雇を告げられました。しかも、反論の機会もないまま追い出されたのです」
そして関口氏は、降格人事以降の「屈辱の日々」について告白したのだった。物腰の柔らかい口調で当時を振り返る。
「降格が告げられると突然、私が企画立案から携わっていた映画の現場や会議から外されたり、メールを無視されるというハラスメントが頻発しました。何本か潰された映画企画もあるので、2025年夏以降、WBジャパンは公開できる邦画がほとんどない状況だと思います。あまりの酷さに人事部にも2回ほど相談しています」
さらに、関口氏のプライドを傷つける出来事が公開中の『はたらく細胞』に関連して起きていた。
人気漫画を原作とした映画『はたらく細胞』は「白血球」役の佐藤健と「赤血球」役の永野芽郁がW主演を務める作品(写真・田中昭男)
『はたらく細胞』の制作当時、中心人物として動いていた関口氏のクレジットが、今は小岩井氏に差し替えられているのだ。再び、WBジャパン関係者。
「当時、製作統括だった関口氏は撮影直前から『はたらく細胞』に携わりました。もともとこの映画は製作費が高く設定されていたにもかかわらず、すでに撮影前の時点で予算がオーバーしていたんです。そこで、関口氏と現場プロデューサーの2人で、エキストラ数を減らすなど、細かな調整をおこない、予算オーバーを大幅に縮小させました。
ちなみに、この映画は撮影段階で、ある配信会社と独占配信の事前交渉をおこない、関口氏は金額提示まで受けていました。ところが当時、営業部統括だった山田氏が介入し、別の配信会社との契約をまとめようとしたんです。もちろん、先に話をしていた配信会社は激怒。
すると、山田氏は製作部を前にしたオンライン会議で『馬鹿野郎。ふざけるな。(関口氏らに向かって)テメェのケツはテメェで拭け! 何とかしろ!』と声を荒らげて、恫喝したんです。やむなく関口氏が当初の配信会社に頭を下げたところ、もう1社より高い金額を提示してもらい、なんとか契約はまとまりました」
山田氏はトラブルになりかねない行動の責任を関口氏に押し付けようとしたという。
「仁義を欠いたのは山田氏のはずなのに、関口氏に発端があるように話していました。しかも、契約金額が上がったことを自分の手柄のように吹聴していたのです。
その後、2024年5月に突如、撮影前から奔走していた関口氏が『はたらく細胞』の現場から外され、公開された映画には新たに邦画製作部長になった小岩井氏の名前がクレジットされています。小岩井氏はいっさいこの作品に関わっていません」(同前)
そもそも“実権”を握った途端、WBジャパン社内をかき乱している山田氏とはどのような人物なのか。
「山田氏はお父様がかつてのWBジャパン営業部長だった“二世社員”。WB本社の幹部社員とも親しいことが知られていましたが、映画製作の実情に詳しい人物ではありません。プロデューサーである関口氏の下では、監督や役者だけでなく、100人以上のスタッフが働いているわけです。それが突如、関口氏が現場から外されたため『はたらく細胞』も含めて、制作陣からは困惑の声があがっていました」(同前)
映画作りに心血を注いでいた関口氏は現場の混乱を受けて、処遇改善を人事部に相談する。しかし、それが新体制のさらなる反感を買ったのか、相談するたびにハラスメントは酷くなったという。
そして、2024年7月に突然、関口氏に対して“冤罪”の尋問がおこなわれた。関口氏が話す。
「ある日、人事担当役員に呼び出されると、そこにはWBジャパンの代理人弁護士も同席していました。そこで、私の2019年の海外渡航が“私的旅行”であり、私が会社のカネを横領しているという事実無根の疑いをかけられたんです。
『なにかの間違いです』と弁明しても取り合ってくれず、その場で会社から貸与されていた携帯電話、PC、そして入館証を取り上げられ、社屋からの退去を命じられました。
WBジャパン側に『弁明があるなら今日中に』と告げられたので、急いで自宅に戻り、当時の資料を確認し、証拠とともに処分の取り消しを求めましたが、聞く耳も持ってくれませんでした」
30日からの裁判でも、関口氏の名前が記載された行程表などの証拠を示しており、業務上の出張だったことは明らかだ。それにもかかわらず、WBジャパンは関口氏に自宅待機と社員および社外の業務関係者との連絡禁止を命じたという。
「関口氏を会社から追い出した翌日には緊急集会が開かれ、山田氏が関口氏の冤罪を事実のように話し、一部の会議では『関口の行為は刑事事件になるかもしれないから連絡を取るな』と社員に告げていました。
酷かったのは、小岩井氏による関口氏の悪評の流布でした。『関口が懲戒解雇される』と小岩井氏が広めていたことを社内でなく、社外の関係者から聞かされました。まったく根拠のない“デマ”を積極的に話すなんて……」(前出・WBジャパン関係者)
その後も、WBジャパンからヒアリングされたものの「まるで私を解雇することを前提としたかのような粗探しが続き、その間も小岩井氏らに悪評が流布されていたと聞いています」(関口氏)と、状況が改善する兆しは見えなかった。
「ワーナー ブラザース ジャパン」の本社オフィスが入る港区のビル(写真・田中昭男)
そこで、関口氏は米国のWB本社のハラスメント対応窓口に通報。のちに『はたらく細胞』の配信契約騒動での山田氏による“恫喝”はWB本社からパワハラ認定を受けている。
「しかし、WB本社は証拠隠滅をはかったのか、私が提出したパワハラ被害の録音データの削除を要求してきました。それを私が拒否すると、翌日にメールで解雇通知が送られてきました。私を2024年9月28日付で解雇するという内容と、またもあらぬ疑いの解雇事由が記されていました。
海外渡航は私が“勝手に行った”うえに横領まがいのことをした、私が邦画製作のなかで取引先に過大な制作費を支払って会社に損害を与えた、といった内容でした。
いずれも事実無根ですし、WBジャパンがそれを証明できる証拠を提出してきたことはありません。反対に私は当初から証拠を提出し、無実を主張し続けていました」(関口氏)
WBジャパンとWB本社が示した関口氏の“冤罪”解雇事由に異を唱えるのは本人だけではない。当時の社内事情に詳しいWBジャパンの元幹部社員が、本誌の取材に応じてくれた。
「関口氏の海外渡航については、当時日本代表の高橋氏にも報告されていた業務上の渡航でした。そのため、関口氏の渡航の事実は当時、社内でも知られていましたが、問題になることはありませんでした。現体制のWBジャパンが挙げている過大な制作費というのも、もちろん当時、WBジャパンで正式に承認されているのですから、今になって関口氏の責任として問題になるのはおかしいです。こうした事実を無視した、無理やりな懲戒解雇処分は私も不当だと感じています」
関口氏の疑惑を指摘するWBジャパンだが、当時の経緯を知るこの元幹部社員に対して、確認をおこなっていないという。「当時日本代表だった高橋さんの元にもWBジャパンは当時の経緯を確認していないそうです」と、関口氏は憤っている。
また、突如の関口氏の降格人事についても、前出の元幹部社員は首を傾げている。
「当時の経営陣の一人だった私に確認がありませんでしたが、最初から調査する気があったのでしょうか。にもかかわらず、関口氏を現場からすべて外すというのは行きすぎた業務命令だと思っています。そもそも関口氏を邦画製作部長から降格させたことがおかしいです。2023年1月にそのポストに昇進して、わずか1年ほど。大ヒットの『はたらく細胞』を支えていたうえに、特に問題などありませんでした。
しかも後任には、外部から誰かをヘッドハンティングするわけでもなく、もともと関口氏の部下だった小岩井氏を据えたわけですから、合理的な降格人事でなかったことは明白です」
こうした山田氏による関口氏へのパワハラ、小岩井氏による悪評の流布、そして、不当解雇について、本誌はWBジャパンとWB本社のどちらにも「質問状」を送付した。すると、両社合わせての見解として「裁判のなかで適切に対応してまいります」とだけ回答があった。
最後に関口氏がつらい心情を明かす。
「私は不当解雇の撤回を求めて裁判を起こしているわけですから、別の会社で社員プロデューサーとして、仕事をすることができません。今まで人生を懸けてきた映画作りができない状況が続いています。それでも“冤罪”を晴らす戦いを続けようと思えるのは応援してくださる方がいらっしゃるからです。かつて、一緒に仕事した『それでもボクはやってない』のチームも裁判を応援してくれています」
またひとつ、エンタメ業界の“暗い闇”が明かされようとしている。