「就職先の病院を選ぶとき、迷わず今の美容外科クリニックに決めました。だって1年目から年収が2000万円近くて普通の勤務医の2倍以上ですし、面倒な当直もありませんから。せっかく苦労して医学部を卒業し医者になったんだから、なるべくコスパがいい職場で働きたいと思って何が悪いんですか?」
国立大学の医学部を卒業し、昨年4月に都内の大手美容外科クリニックに就職した20代の男性医師は、本誌の取材に対してこう答えた。
今、医学界で「直美(ちょくび)」と呼ばれる人々が急増している。直美とは「直接美容外科」の略称で、6年間かけて医学部を卒業し病院での2年間の臨床研修を終えた後、保険診療をほとんど経験せずそのまま美容外科クリニックに就職する医師を指す。
こういった道を選ぶ医学生が増え続ければ、日本の医療制度そのものが崩壊してしまうかもしれない。
前編記事『1年目から年収2000万、当直もナシ…直接「美容外科」に就職する医学生が急増している!』より続き、日本の医学界を揺るがす大問題について論じる。
日本美容外科学会理事で北里大学病院形成外科・美容外科主任教授の武田啓氏によれば、直美という現象は決して新しいものではなく、1990年代から研修後すぐに美容外科に就職する学生は存在した。
しかし当時その数はごく限られており、急増したのはここ数年のことだという。日本全国で美容外科クリニックが増えて、新しい就職先が生まれたからだ。
「おそらく日本社会全体で美容医療へのハードルが低くなっていて、まるでメイクの延長線上かのように考える人が増えているのでしょう。
対するクリニック側もクーポンサイトで割引券を配布するなどして、なるべく敷居を低く見せているわけです。飲食店や美容院を予約するような気軽さで美容外科へ通う人が増えれば、直美への需要がますます高まってもおかしくありません」(以下、「」内は武田氏)
もし美容外科にかかる場合でも、実は担当医師が直美かどうか見抜く方法がある。現在、日本専門医機構は内科や精神科、小児科など19の基本領域について専門医を認定しており、美容外科と隣接する外科や形成外科、皮膚科もそこに含まれる。
専門医の資格を取るには専門のプログラムがある病院で3~5年の研修を受ける必要があるため、所持している医師は保険診療で経験を積んでから転職してきた可能性が非常に高い。
さらに武田氏はこの専門医制度を拡充させることが、ひいては「直美対策」につながるのではないかと指摘する。
「基本領域の専門医は広告が可能で、外部に向けて『私は○○の専門医である』と表示していいことになっています。実は美容外科にも専門医制度はあるのですが、まだ広告可能にはなっていません。
もし可能になれば、しっかりと臨床経験を積んだ美容外科医は自らが専門医であることを積極的に発信していくはず。直美の医師とも見分けやすくなるはずです」
しかし制度が整備されるのを待っている間にも、直美はどんどん増え続けていく。このままでは日本の医療そのものに深刻な危機が訪れてもおかしくはない。
「美容医療や美容外科クリニックを否定したいわけではありません。美しくなりたい、若返りたいという人間の気持ちは自然なものですし、それに医療が貢献できるのはすばらしいことです。
ただそれは充実した保険診療があったうえでのこと。不安を抱えることなく美容外科クリニックにかかる人が多いのも、これまでの医師たちが築いてきた『日本の医療機関は安心安全だ』という信頼があるからです。そこにただ乗りし、そもそもの土台をないがしろにしていては本末転倒でしょう。
国公立大学はもちろん、私立であっても医学部には国からの補助金が入っています。だからこそ卒業して医師になったら保険診療の分野を経験して、ある程度は国民の健康と福祉に還元する義務があると言えるでしょう。
このままラクな仕事と高い給料に引き寄せられる医学生が増えていけば、そのうち日本の医療が根本から崩れてしまうかもしれません」
国民皆保険をベースにし「世界一」とも言われた日本の医療制度が今、土台から揺らいでいる。
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「週刊現代」2024年11月30日号より
1年目から年収2000万、当直もナシ…直接「美容外科」に就職する医学生が急増している!