電車に飛び込んで、鉄道会社から補償金として約77万円を請求されたというXでの投稿が、4500以上リポストされるなど話題となっている。
投稿者によると、「9月に電車に飛び込んだ」という。同アカウントは9月12日付で、「今日、踏切から電車に飛び込み電車とぶつかって左腕と左足にケガをしました。幸い、命に別状はありません」とも投稿していた。今回請求されたのは、この時の補償金とみられる。投稿者は「どうやって払えと、、、」とも記しており、補償金の支払いに苦慮しているようだ。
事故当時の詳細は不明だが、「踏切から電車に飛び込み」とあることから、走行速度はともかく、走行中の車両とぶつかった可能性が高い。
ケガで済んだのは幸いかもしれないが、車両とぶつかった以上、運行に支障が出たことは想像に難くない。事故の時間帯などは不明だが、約77万円の補償金というのは妥当なのだろうか。鉄道に詳しい甲本晃啓弁護士に聞いた。
──電車へ飛び込んだことで鉄道会社から請求された補償金とはどのようなものでしょうか。
法的には不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)にあたります。
正当な理由なく鉄道会社の運行を妨害したときは、これによって鉄道会社に生じた損害を賠償する責任を負います。
なお、正当な理由とは、たとえばホームから転落した人がいたので非常ボタンを押したというような場合です。
自分の意思で列車に飛び込んで列車を止めた場合だけでなく、落としたスマホを拾うために非常ボタンを押したり、無理な駆け込み乗車をしたりして列車を遅らせた場合も、責任を問われる可能性があります。
──約77万円という額はどのように捉えることができますか。
法的には人身事故と関係のある損害のうち社会通念上相当と言える範囲に限って賠償責任が生じます。
少なくとも事実関係が不明である今回のケースについて、請求金額の妥当性や相当性を評価することは難しいです。
──鉄道会社の損害とはどのようなものでしょうか。
一般論としては、乗客のやりくり、車両・職員のやりくりに関する出費等が損害となります。
乗客のやりくりについて、主なものは、他社線への振替輸送の運賃支払と、運賃や特急料金の払い戻しにかかる損害、そして、運転見合わせの間、運賃収入がなくなることによる逸失利益です。
一例としては、高頻度で運行する首都圏の小田急線の場合、人身事故が発生すると、ロマンスカーなどの特急列車は最寄り駅で運転打ち切りとなります。
これは、座席指定制で運用の柔軟性が低い特急列車を除外して、まず通勤用の電車のみで列車整理を行うことで、早期に正常なダイヤに復帰させることを目的とするものです。
ロマンスカーの定員は578名(MSE・EXE10両編成の場合)で、新宿~小田原の特急料金(1000円程度)をもとに、乗車率70%で計算すると、1列車あたり約40万円の払戻が発生します。
──車両・職員のやりくりについてはどうでしょうか。
車両自体に損傷が発生したり、乗務員が負傷したりすればそれに伴う損害が発生します。
案外知られていないのですが、ダイヤが乱れただけでも鉄道会社には損害が発生します。それには、運行の仕組みを理解する必要があります。
列車は、編成ごとに予め決められた運用計画に従って運行され、乗務員もそれに併せて効率的に乗務するようにシフトが組まれています。しかし、ひとたびダイヤが乱れると、遅延や途中駅の折り返しで変則的な運用が生じ、乗務員の残業や補充などで追加の人件費が発生します。
その日の運行終了後には、翌日からの運用計画に合わせて列車を駅や基地間で回送する必要も生じます。また、ダイヤの乱れによる混雑や誘導のために駅係員を通常より増員して対応すれば、それにも人件費が発生します。
──鉄道会社が損害賠償を請求するというのは珍しいのでしょうか。
基本的には、どの鉄道会社もきちんと必要な請求はされていると思います。
というのは、鉄道会社も営利を目的とした民間企業であり、その経営の善し悪しは株主によって注視されているからです。法的に言えば、会社が損害を受けたのに必要な請求を怠った場合には、株主代表訴訟を起こされる可能性があるからです。
人身事故に関して、請求があまり公にならないのは、個人への請求について今回のように加害者側が自ら公開するのはレアケースであるからだと思われます。
死亡事故について、損害賠償義務は遺族に相続されるため、裁判で遺族に対して請求が行われたケースもあります(たとえば、最高裁まで争われ、2016年に判決のあった認知症徘徊による踏切事故に関する訴訟など)。
──人身事故により迷惑を被った利用者からも、何か請求できないのでしょうか。
事故を起こした本人に損害賠償を請求できるケースとしては、人身事故が原因で急停車した際に転倒して負傷した場合のように、直接被害を被った場合です。
ですが、列車が遅れてコンサートに間に合わなかった、飛行機に間に合わなかったというような場合にチケット代の請求は難しいと思います。
仮に裁判で争ったとしても、社会通念上相当な範囲の損害とは言えないと裁判所は判断すると思います。
──ケガで済んで幸いというケースでした。
悩みは人それぞれだと思いますが、たまには、いつもと違う方向の列車に乗って、知らない駅で降りて新しい景色に出会ってみてください。
【取材協力弁護士】甲本 晃啓(こうもと・あきひろ)弁護士理系出身の弁護士・弁理士。東京大学大学院修了。丸の内に本部をおく「甲本・佐藤法律会計事務所」「伊藤・甲本国際商標特許事務所」の共同代表。専門は知的財産法で、著作権と特許・商標に明るい。鉄道に造詣が深く、関東の駅百選に選ばれた「根府川」駅近くに特許事務所の小田原オフィスを開設した。事務所名:甲本・佐藤法律会計事務所事務所URL:https://ksltp.com/