国税庁「令和4年分民間給与実態統計調査」によると、日本人の平均年収は「458万円」となっています。「平均を超えていれば安泰だろう」と思いがちですが、55歳管理職の桑田さんは「まさかのダブルパンチ」により困窮状態に陥ってしまいました……いったいなにがあったのでしょうか。ルポライター増田明利氏の著書『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)より、働く日本人の“生の声”をみていきましょう。
<登場人物>桑田秀彰(55歳)出身地:福島県郡山市/現住所:千葉県船橋市/最終学歴:大学卒職業:建設資材会社勤務/雇用形態:正社員(管理職)収入:年収約600万円/住居形態:持家ローン返済額は月5万2,000円(他にボーナス時払いあり)家族構成:妻、長女、次女支持政党:特になし/最近の大きな出費:定期健診でのCT撮影(6,700円)
<登場人物>
桑田秀彰(55歳)
出身地:福島県郡山市/現住所:千葉県船橋市/最終学歴:大学卒
職業:建設資材会社勤務/雇用形態:正社員(管理職)
収入:年収約600万円/住居形態:持家
ローン返済額は月5万2,000円(他にボーナス時払いあり)
家族構成:妻、長女、次女
支持政党:特になし/最近の大きな出費:定期健診でのCT撮影(6,700円)
この3年弱の間で一気に金銭的余裕がなくなった。格差社会とはいえ自分たちは安全圏にいると思っていたが、それはまったくの自惚れだった。「何だかんだ解約、払い戻してもらった定期預金、定額貯金は合計すると200万円にもなるんです」
爪に火を点すような生活で何年もかけて蓄えてきたものだが、出ていくときはあっという間に消えていった。「贅沢した、無駄遣いしたというわけじゃないんですがね」
解約した預貯金の使い道はすべて医療費。本当に医療費は高いと思う。「最初に体調を崩したのはわたしでして。18年の梅雨明け頃からものを飲み込むときにつかえるような、はさまるような感じが出てきて、それから胸やけ、食欲不振、胸痛なども感じるようになりました」
糖尿病を診てもらっている近所のクリニックから大学病院を紹介してもらったところ、即日入院するように勧められ、とりあえず検査入院。「食道造影、食道鏡検査などを受けまして。18年の9月中旬に食道ガンだと告知され、手術を受けたわけです」
主病巣は切除できたがリンパ節に小さな転移があったため抗ガン剤による化学療法を受け、入院期間は3ヵ月にも及んだ。「入院したのが秋分の日の翌日で家に帰れたのが12月25日でしたね」
まずこの期間の医療費等で100万円近いお金が出ていった。「純粋な医療費は高額療養費の限度額適用認定証を提出したので、わたしの場合は10万円程度で済みました。だけど入院中の食事代や寝巻のレンタル代、術後の1週間使ったおむつ代などは自腹ですからね」
最大の出費は差額ベッド代。これが高かった。
「最初の3週間は2人部屋で1日の差額ベッド代が1万6,500円もかかりました。その後は4人部屋に移ったのですがやはり差額料が必要で、1日で1万1,000円でした。差額料が必要ない6人部屋の病室に入れたのは退院前の2週間だけだったから大層な金額になりましたよ」
差額料の総額は驚きの102万3,000円。窓口で支払った医療費の総額は約28万円、食事代と諸々の雑費が16万円ほど。「大袈裟でなく150万円ぐらい出ていっているはずです」
疾病保険に加入していたので後日申請し手術給付、入院給付の合計で約52万円が保険会社から支払われたが、それらを差し引いた実質の負担は約100万円になった。これでまず信金に預けてあった定期預金を解約した。
「徐々に身体を慣らし、とりあえず出勤できるまで回復したのですが安心したのも束の間でした。今度は妻が大ケガを負ってしまい長期療養が必要になってしまいました」
奥さんはもともと更年期障害があってレディスクリニック(婦人科)に通院していたが、これ以外に慢性疾患や生活習慣病はなく、さほど大きな医療費は必要なかった。「それが自宅の階段を踏み外して転げ落ちてしまい、全治3ヵ月の重傷を負ってしまったんです」
救急車で搬送されたのは隣の市にある公立の総合病院。「骨盤にヒビが入り、右足の内側靱帯も部分断裂。更に左手の手首も脱臼という重傷です」
靭帯は手術して接合したので丸4週間入院する事態だった。「医療費はわたしと同じく1ヵ月10万円程度で済んだのですが、やはり差額ベッド代が高くてね」
差額料不要のベッドは少なく、また空きがないということで20日間は1日1万4,300円の個室に入れられたので総額28万6,000円の差額料が必要だった。限度額の医療費と諸雑費を合算すると42万円近く支払ったということだ。
「公立病院は1ヵ月で退院できたのですが、その後の6週間はリハビリ専門病院に転院して機能回復訓練しなければならなかったんですね」
このリハビリ専門病院でも差額料が必要で、1日6,600円。6週間42日だと27万7,200円の負担。医療費、食事代、その他雑費の合計で約48万円。「妻も郵便局の簡易保険に入っていたので給付を受けられたけど、自己負担は25万円と少しかかりましたよ」
奥さんはその後の2ヵ月は週3日、ないし4日、通院でリハビリを続けたので更に医療費がかかっている。往復の交通費まで含めると5万円は払っているはずだ。
「こういう事情で定期性の預貯金を下ろして医療費の足しにせざるを得なかった。1口当たり20万円とか30万円の小口のもので、積立定期とかボーナス時に天引きしたりしてコツコツ貯めたのですが、使うのは簡単だった」
医療費に加えて生活費の補填で更に蓄えを吐き出すことにもなった。「わたしは建設資材会社に勤めていまして、病気で休職するまでは営業を担当していました。退院後も2ヵ月間自宅静養してから復職したのですが、担当業務が変わりまして。これで月収も減ったわけです」
会社は体調をおもんぱかって、時間が不規則で長時間勤務になることもある営業から外し、工場の庶務課に異動となった。会社の温情には感謝しているが収入が減ったのは痛い。
「営業部にいたときは営業職手当が月に4万5,000円出ていたのですが、内勤に異動したのでこれがなくなったわけです。年間にしたら54万円でしょ、大きい金額だと思います」
今いる部署はそう忙しくはなく、残業はほとんどない。そのうえ働き方改革で全社を挙げて労働時間を減らそうとしているので残業代をあてにすることはできない。
「会社の業績も芳しくなく、賞与の支給額も3期連続で減り続けていましてね。この冬も前年比減が決まっています。業績が良かったときと比べると年間で30万円ほどの減額になります。月給の減額分と合わせたら今年の年収は4年前から85万円の大減収です。頭がクラッとする」
特に心配なのは住まいの維持費。25年前に建売り住宅を買ったのだが、毎月のローン返済額と年間に課される固定資産税の合計が約80万円。住まいの維持費がほとんど消えることになるから一大事なのだ。「ボーナス時払いのお金を工面するために、また定期預金を解約しちゃいましたね」
住宅ローンはあと5年半残っている。これから先、ちゃんと払っていけるのか自信がない。たまにテレビニュースの中で取り上げられる住宅ローン破綻者のドキュメント映像を観ると、明日は我が身かと暗い気持ちになってしまう。
「これまでは妻のパート収入で助けられていたのですが、ケガをしてからの1年間は養生していたので収入はなし。改めて妻の頑張りが大きかったんだなと思い知らされました。妻は通院でのリハビリも終了し、今はほぼ元通りに戻ったのでまた働き口を探しているのですが、このコロナ禍ですから簡単には見つからないみたいです」
以前から奥さんはフルタイムの短期やパートタイムで就労していた。2月半ばから3月半ばまでは、派遣会社経由で確定申告の会場での案内や書類作成のアシストを、5月から10月一杯までは図書館サービス会社からあちこちの図書館に派遣され特別整理の補助、12月はデパートのギフトや正月用品の販売といった具合だ。
「年収にしたらほぼ100万円というレベルなんですが、これがあるのとないのでは確実に違う、特に精神的にもね。こんなことを言うと卑しいと思われるけど、お金は精神安定剤的な要素もあると実感しますよ」
増田 明利ルポライター