内部文書告発問題をめぐり、齋藤元彦前兵庫県知事が失職したことを受けた知事選が混迷を極めている。
今回編集部は、齋藤氏の元側近であり、県の百条委員会でも証人尋問を受けている片山安孝前副知事に独占インタビューを行い、問題の深層に迫った。
ーー片山さんは百条委員会で、昨年行われた阪神タイガースとオリックス・バファローズの優勝パレードの協賛金キックバック疑惑について非公開の尋問を受けました。本件について、改めて主張を聞かせてください。
「協賛金の集まりが悪いので、(但陽信用金庫理事長の)桑田氏に県内11の信用金庫から拠出してくれるよう、昨年11月21日にお願いしたのは事実ですが、キックバックの計画も具体的な金額を提示したこともありません」
ーー片山さんの指示で補助金が増額されたと指摘されていますが。
「疑惑を持たれたのは、もともとこの補助金事業(県の新型コロナウイルスに関連する令和6年度の補助金事業)の予算計上作業における増額と、信金側への協賛金の依頼の時期が重なったためですが、そもそも、両者の間には何の関係もないことは前提として申し上げておきます。
この事業自体は、コロナ禍に政府方針で金融機関が行った実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)の返済にあわせて、融資先への支援(経営改善など)を行うことで、1件につき7万5000~10万円が県から金融機関に支給される仕組みです。
令和4年度からの3ヵ年事業で、初年度の4年度が12億円、次年度の5年度が8億円でした。最終の令和6年度をどうするか調整する中で、当初案で1億円だったのを4億円に増額したのですが、これは国の財源から4億円を確保できるメドが立ち、それなら増額したほうが県内の中小企業のためになると考えたためです」
ーー信金サイドからの協賛金の支払いが、パレードが開催された昨年11月23日より後の12月になったことで、「PRとして意味がなかったのではないか」とも指摘されています。
「これは私の信金サイドへの依頼がパレード2日前という直前だったためで、手続きに時間がかかったためです。協賛金の受付期間は昨年12月末までだったため、問題はありません。各信金の皆さんには地域を盛り上げるためにご協力いただき、感謝しています」
ーー片山さんが元県民局長へ聴取を行ったときの音声が一部報道機関に流出し、その際の姿勢が高圧的だったのではないかと批判されています。
「確かに、私も聴取の際に肩に力が入ってしまっており、また、相手が元部下であることから、口調や態度が厳しくなってしまったことは反省しています。
ただし、この文書の作成や配布が『齋藤政権の転覆』という不正な目的のために行われたことを私は聴取の時点で把握していましたし、そうした文書が県庁の外部にばら撒かれていたことを考えれば、どういう経緯や意図で文書が作成されたかについて、早期に明らかにする必要があったことはご理解いただきたいと思っています」
ーー内部通報制度に照らして、文書への対応が適切だったか否かも問題視されています。
「4月上旬に内部通報される前の文書は、外部通報となります。外部通報として法的な保護を受けるには、真実相当性があること、または不正な目的でないことが必要とされていますが、この文書は真実相当性がなく、不正な目的であることから法的保護の対象とならないことをご説明してきました。
告発者本人を探すべきではなかったという批判もありますが、県庁内外の関係者の実名が挙げられている中傷文書を放置することはできないと考えました」
ーー片山さんが辞職会見を開いた7月12日から4ヵ月が経過しましたが、いまの気持ちは?
「退任会見の際も『最後まで齋藤氏をお支えできずに無念だ』と申し上げましたが、その気持ちは今でも変わっていません。当時の世論は『元県民局長を死に追いやったのは齋藤知事と片山副知事』という、こちらから見れば非常に一方的に決めつけるような扱いが大勢で、非常に辛かったです。
当事者として振り返ってみて、今回の告発文書問題で非常に深刻だと思うのは、土台となる事実認定を客観的に確定させるプロセスがないまま、議論が強引に進められていったことです。
百条委員会が設置されたのは今年6月ですが、その頃にもまず弁護士からなる第三者委員会で事実関係をはっきりさせるのが先という声も少なからずあり、私もそのほうがいいと主張していました。
というのは、私は人事の責任者として元県民局長の公用パソコンの中に倫理上問題のある文書があることはわかっていたため、百条委員会となると元県民局長を含む職員の負担が大きいと思い、百条委員会の設置を見合わせていただけないか自民党の長老県議にお願いしたのですが、断られてしまいました。
実際、その後の百条委員会では秘密会で公開されてはならないはずの情報がねじ曲がって新聞やテレビにリークされており、職員が必要以上に精神的負担を負った可能性は高いと思います」
ーー騒動に関する報道についてはどうでしょうか。
「こちらがいくら事情を説明しても『齋藤と片山は悪者』という前提ありきでニュースが作られていったことは非常に残念です。現場の記者さんに確認すると事情を理解してくださっている方も少なくないように思うのですが、会社全体となると全く違う論調になることは不思議でなりませんでした」
ーー10月25日の百条委員会後の囲み取材では、元県民局長の文書の中身について片山さんが発言したところ、制止・訂正を求める声が記者から上がりました。
「公用パソコンの中の倫理的に問題のある文書は、元県民局長の懲戒処分の理由となる重要な要素なので、百条委員会でその中身について適切な範囲で発言しようと思いましたが、話を始めたとたん、奥谷謙一委員長から発言を止められました。その直後に囲み取材を受けた際、全く同じように発言を制止、修正させられました。
私としては弁護士と十分に相談した上で、公益性の観点からも問題ないと考えて発言しようとしたのですが、元県民局長の文書の中身には絶対に触れさせないという強い意志を感じました」
ーー今回の知事選については。
「選挙中なので、特定の候補についてのコメントは控えさせてください。ただ、一つ言えるのは、これまで百条委員会でも齋藤前知事について法的な問題は一つも証明されていないということです。
現在は私が辞職した当時と比べて世論も相当に冷静になっていると思います。県民の皆様には様々な情報を元にしてどの候補に投票するか、ご自身でしっかり判断してほしいと思います」
ーー知事候補全員が出演したネット番組の生中継討論会で、立花孝志候補が10月25日に片山氏が証言した百条委員会の秘密会の録音データについて「副知事、元副知事からもらった」と発言し、片山氏が立花候補にデータを提供したのではないかとの疑惑が持たれています。
「立花氏との接点はありません。私は秘密会の録音もしていませんし、そのデータを外部に漏らしたことも絶対にありません。これははっきりと申し上げておきます」
知事選の結末がどうなるかにかかわらず、兵庫県政は混迷が続くと予想される。県庁幹部が解説する。
「仮に齋藤氏が知事に返り咲いた場合は、民意をバックに権力基盤が強化されるし、もう一度不信任案が出されることはないだろう。ただ、反齋藤派の県議、県職員、県OBなどが根強く反対することが予想される。
県議に関しては、今回反齋藤の立場の急先鋒に立った議員は、次の統一地方選との兼ね合いもあるだろうが、齋藤氏が議会解散に踏み切らない限りは反発を続けるだろう。齋藤氏も今回の騒動で県の改革が一筋縄では行かないことがわかっただろうが、県政運営は困難な情勢が続きそうだ。
もう一つは、有力候補である稲村和美元尼崎市長が当選した場合。彼女を推す自民党議員は今のところは『齋藤憎し』で動いているようだが、選挙が終われば左派を基盤とする稲村氏と対立する可能性が高い。この場合、知事と議会が対立して予算策定や議会運営に大きな支障をきたすだろう」
これまで兵庫県内の全自民党議員からなる自民党兵庫県連は「齋藤不支持」の姿勢を取り続けていたものの、県知事選で独自候補を擁立できず、最終的に「自主投票だが齋藤前知事は不支持」とする方針を決めた。
その後、一部の自民市議団から「自主投票としているのに特定候補の不支持を決めるのはおかしい」との抗議を受け、自民県連としては齋藤氏を支持することも容認した。
ただ、自民党兵庫県議団の内部では齋藤支持は認められていないなど、党内でも対応が分かれている。この状況を見て、あるベテラン自民党県議は「このままだと、兵庫は第二の大阪になるかもしれない」と懸念している。
「今回の騒動を見ていると、過去に大阪で自民党が大阪維新の会に淘汰された状況と似通っていると感じます。
まず、それまで自民党が毛嫌いしていた左派との協力を進めている点です。稲村和美候補は尼崎元市長ですが、彼女は兵庫県議時代に『緑の党』の源流となった政治団体の共同代表を務めており、保守の自民党とはあまり相性がよくない。
大阪では、自民党が共産党と組んでまで大阪都構想に反対しましたが、その後あっけなく維新に敗北しました。結局のところ、目先の利益に釣られて本来の支持層への配慮を欠いたために、低落気味だった党勢をさらに落としてしまったということです。
今回の兵庫県知事選でも、すでに反斉藤派の自民県議に対して、これまで支えてきた市議など地元議員団から「左派の稲村を支持するなんてどうかしている」と批判の声も上がってきています。これまで保守王国だった兵庫で自民党内の団結が弱まり、維新がその隙をつく形で公募などで集めた候補を立てれば、一気に兵庫進出が進む可能性があります。一部には自民党から維新に乗り換える県議も出てくるかもしれない。
先日の総選挙で、維新は東京では大敗しましたが、関西での自民党の受け皿としては、やはり維新以上の政党はありません。自民党が国政で大敗したこともあり、兵庫が維新の草刈り場になる可能性は高いでしょう」
県知事選の投開票が終わっても、兵庫県政の先行きは当面、不透明な状態が続きそうだ。
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