ある保育園では昼食後のお昼寝の時間に、スマホのアプリを使って寝かしつけをしている。「寝かしつけアプリ」といって、キャラクターが子守歌をうたってくれたり、羊の数をかぞえてくれたりするアプリである。保育士は、横たわる子どもたちにそれらを見せることで眠らせるのである。
ここの園の園長は次のように話す。
「最近は、家庭での寝かしつけの際に、アプリを使う親がいるんです。私自身は、親や保育士が一緒に横になって背中をさすって寝かしつけをするのが一番だと思うのですが、一部の子はアプリに慣れてしまって、それをされるのを嫌がります。保育士が子守歌をうたうと、『先生、へた』と言ってスマホを欲しがる。それで仕方なくお昼寝にアプリを用いているんです」
園の先生方によれば、1歳くらいですでにスマホが手放せなくなっている子も少なくないそうだ。そういう子は、園で先生から「自由にしていいよ」と言われると「スマホどこ?」と聞くという。
現在の子どもたちとスマホのかかわり方はどうなっているのか。保育園から高校まで、200人以上の教育関係者にインタビューをし、子どもたちが抱える困難を浮き彫りにした近著『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)から、今の未就学児たちのスマホ事情について考えてみたい。
現在、保育園の送迎の際に子どもが自転車の後ろに乗ってスマホを見ていたり、レストランで家族全員がスマホを見ながら食事をしていたりする光景は珍しくなくなっている。ベビーカーや車のベビーシートにスマホホルダーが付けられていることも少なくない。
保育園でも、スマホを欲しがる子どもは珍しくないそうだ。都内の保育園の園長は言う。
「家でスマホばかりやっている子は、外遊びができなくなっています。園庭や近所の公園へ連れて行って『遊んでいいよ』と言っても、他の子のように遊ぼうとしないのです。何をしていいか分からないといったように、立ちすくんでしまう。スマホを操ること以外の選択肢が浮かばないのでしょう。中には先生の袖を引っ張って『スマホ貸して』と言ってくる。スマホだけが遊びになってしまっているのです」
今回取材していて園の先生方が口をそろえたのは、「子どもが外遊びをすることが少なくなった」ではなく、「そもそも遊びに興味を示さない子が増えた」というエピソードだった。
子どもが外遊びをしなくなった要因はさまざまだ。公園での遊戯が禁じられている、コロナ禍で交流の場が減った、夏の高温で外にいることが難しくなった、親が多忙で連れ出せなくなった……。
こうしたことが重なり、子どもたちは外遊びをするより、自宅でスマホやタブレットを閲覧している時間が長くなっている。そうなれば、子どもが遊びそのものに関心を持たなくなるのは必然だろう。親やスマホだけでなく、数多の社会要因がそうさせているのだ。
事態が深刻化する中、園の先生方が懸念しているのはスマホによる犹彪稈翔猫瓩世箸いΑ1歳くらいから過激なショート動画などを何時間も見て育っている子は、その刺激がスタンダードになってしまうので、なかなか日常の些細なことに興味を示さなくなるそうだ。
たとえば、園の先生が散歩の時に「この虫、きれいだね」「水遊びをしようか」と言っても、子どもはまったく関心を抱かず、やろうともしない子がいる。スマホから得られる刺激と比べると、それらに魅力を感じないのだ。
先の園長は言う。
「子どもたちの遊びへの関心は年々薄れていると実感しています。すべてがスマホのせいとは言いませんが、スマホの影響が少なからずあると感じるのは、親御さんがお迎えに来た時です。園ではボーッとしていて何も興味を示さないのに、迎えに来た親御さんがスマホを渡した途端に目をキラキラとさせてのぞき込み、それに没頭するのです。そういう光景を見る度に、この子にとって保育園って何なんだろうと暗い気持ちになります」
私はスマホが絶対にいけないとは思っていない。スマホにはスマホでしか得られないものがある。だが逆に言えば、外遊びには外遊びでしか得られない力がある。たとえば雑多な人間関係の中で身体運動を伴って得られるコミュニケーション力、運動能力、共感性、自己肯定感といったものだ。どちらか一方だけに偏ってしまえば、子どもの全人的な能力の育成に歪みが生じかねない。先生方が危惧しているのはその点なのである。
一体、日本の子どもたちのスマホの利用頻度はどれくらいなのか。
こども家庭庁「令和5年青少年のインターネット利用環境実態調査報告書」によれば、子どものインターネット利用率が58.8%と過半数を超えるのは2歳となっている。0歳児であれば15.7%、1歳児であれば33.1%だ。
2歳といえば、ようやく言葉らしい言葉を発しはじめた時期である。それを踏まえれば、多くの子どもたちは日本語を話す前からスマホに慣れ親しんでいるといえるだろう。
本書で取材した園の中には、子どものスマホ利用時間とその特徴を調べたところがある。そこで驚くべきことが判明したという。園長は次のように話す。
「スマホの利用時間が長い子であればあるほど、夜更かしをするなど生活のリズムがバラバラになっていました。しかも、周りの子とうまく付き合えないとか、トラブルを起こすといったことが有意に多かった。コミュニケーション全般に問題が出ているように感じています」
東北大学東北メディカル・メガバンク機構の栗山進一教授らの論文にも似たようなことが見て取れる。7097人の子どもを対象にした調査で、1歳児が経験したスクリーンタイムの長さ次第で発達の遅れが現れるというのだ。
論文によれば、スクリーンタイムが4時間以上の子どもは、1時間未満の子どもと比較すると、2歳児の時点でコミュニケーション領域の発達に遅れが生じる割合が4.78倍、問題解決の領域で2.67倍とされている。
2歳児でこれであれば、4歳、5歳となれば、より問題が顕著になるかもしれない。そういう意味では、先の園での調査結果にもうなずける点があるといえるだろう。
園長はつづける。
「もう一つ感じるのは、園の中で発達特性が強いと思われている子であればあるほど、スマホの利用時間が長かったことです。発達特性が強いからスマホの時間が長くなるのか、スマホの利用時間が長いから発達特性が強くなるのかは分かりません。ただ、系列の園全体で行った調査で、それは共通して当てはまることでした」
精神科医の中には、スマホを長時間使用することによって、発達障害に似た特性を持つことがあると指摘する人もいる。先天的な発達障害ではなく、スマホによって発達が阻害されることによって似たような問題が生じるというのだ。
詳しくは本書を参照していただきたいが、現場の先生方によれば、こうした傾向はとどまるどころか加速しているという。【後編:ルポ・アプリ育児に頼る親たち】では、育児が「アプリ」に取って代わられている実態について見ていきたい。
取材・文:石井光太’77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対貧困』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『格差と分断の社会地図』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。