警察庁が7月初旬に発表したデータに衝撃が広がっている。認知症やその疑いで行方不明になった人が昨年、過去最多となる1万9000人を突破。数年後には年間自殺者数(約2万1000人)を抜くとの予測もあるなか、「介護の現場」で起きている“新しい危機”を関係者が証言する。
***
【写真を見る】急増中「あてどなく漂流する」高齢者たちのリアル
2023年の行方不明者の総数は延べ9万144人となったが、うち全国の警察に「認知症やその疑いがある」として届け出されたのは同1万9039人。これは12年に統計を取り始めて以来、「過去最多」になるという。
「認知症が原因と見られる12年の行方不明者数は9607人だったので、およそ10年で2倍に達したことになります。年齢別の内訳では70代以上が1万8062人と過半を占め、男女比では男性55.7%に対し、女性44.3%。1万9039人のうち95%(1万8175人)は所在が確認されたものの、250人は昨年中に発見されることはありませんでした」(全国紙社会部記者)
また502人については死亡後に見つかっており、「届け出から3日程度」が発見できるか否かを分ける“境界線”の一つと指摘されている。
「現在、自治体などが認知症やその疑いがある高齢者の服や靴などにGPSを付ける取り組みを推進しており、実際、GPSの活用によって埼玉県で行方不明になった人が仙台市(宮城県)で発見されたケースもあったそうです」(同)
「不明者」急増の理由に挙げられるのが、高齢化の進展による「母数(高齢者人口)の増加」だ。しかし事情を知る関係者によれば、話はそう単純でないという。
「認知症は老化現象の一種ですから、高齢者が増えれば、疑いも含めた患者数も増加します。ただ認知症の治療などで病院に入院することはできないため、家族に代わってケアしてくれる専門施設は特養や老健、民間の介護付き有料老人ホームなどに限られます。ところが絶対的に施設数が不足している特養への入所は、都市部だと“10年待ちも珍しくない”と言われるほどハードルは依然高い。また老健施設についても、運営理念として『リハビリ』に重きを置いているため、3か月から半年程度で退所を促されるケースが多い」
こう話すのは、都内で高齢者医療や地域医療に携わる新潟大学名誉教授の岡田正彦氏だ。では民間の有料老人ホームはどうかといえば、かかる費用が特養の「最低でも2倍以上」となり、望んでも入れない人が多い事情は同じだ。
「家族の側が施設に入れたくてもそれが叶わず、自分たちで面倒を見ざるを得ないケースが近年、増えています。施設なら専門のスタッフが24時間、目を光らせてケアしてくれますが、家族だけではおのずと限界もある。この“施設難民”の増加といった要因も行方不明者急増と密接にリンクしていると考えます」(同)
問題は家族による介護が増えたことで“新たな混乱”が生じ、さらに行方不明者数を押し上げる要因にも繋がっている点という。
現役のケアマネージャーがこう話す。
「認知症を患っている高齢者のお世話はすごく手のかかるケースが少なくありません。人によっては暴力的になり、自分の便を部屋中に撒き散らすなんてことも。家族が意思疎通を図ろうにも『黙れ』や『バカ』などと暴言を吐かれ、そのうち家族側が疲弊していき、当人の動向に“無関心”になっていくケースを複数目にしてきました。実際、食事も満足に摂っていないために痩せこけ、お風呂にもしばらく入っていないことで皮膚の大半が湿疹に覆われた高齢の認知症患者を知っています」
いわゆる「介護ネグレクト」の状態というが、家族側の疲労困憊が理由となるだけでなく、相続で揉めている家庭内でもしばしば見られるケースという。
「同居する高齢の父親の姿が見えなくなっても、実際に警察へ相談に行ったのは2~3日後だったという事例を知っています。ただ家族と同居している高齢者はまだ“異変”が起きれば気づかれやすい存在です。むしろ本当に注意が必要なのは独居の高齢者。忽然と姿を消した認知症疑いの独居高齢者の部屋に入ったことがありますが、足の踏み場もないほどモノが散乱した“ゴミ屋敷”と化していました」(同)
前出の岡田氏がこう補足する。
「たとえば同じ認知症でも脳卒中を起こした後などに発症すれば、そのまま施設に入所となるケースは珍しくありません。しかし、そういった大きな病気とは無縁で“健康”に見える高齢者ほど本人や家族も気づかないまま認知症を発症し、徐々に重症化――。表面化しにくい分だけ、こちらのほうが深刻な面があります。認知症と認識されないと周囲との軋轢は深まるばかりで、また行方が分からなくなっても切迫した事態と受け止められないことがあるからです」(前出・岡田氏)
問題の背景にひそむ“ステルス認知症”。今後も「認知症行方不明者」は増加の一途をたどると見られ、国が対策に乗り出すことが望まれている。
デイリー新潮編集部