時空の歪みとして捉えられた謎の重力波の存在。世界に衝撃を与えたこの観測事実から宇宙誕生に迫る最新の宇宙論を紹介する話題の書籍『宇宙はいかに始まったのか ナノヘルツ重力波と宇宙誕生の物理学』。この記事では観測された謎の重力波「ナノヘルツ重力波」の正体に迫るため、その観測手法のもととなった電波天文学について紹介します。以前の記事「偶然が生み出した天文学「電波天文学」 宇宙から届く謎の電波の正体は!」で紹介したように、ベル博士が偶然見つけた電波を発する天体「パルサー」がどうやって誕生するのか、ここで見ていきましょう。
*本記事は、『宇宙はいかに始まったのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
先に、パルサーの正体を紹介します。
パルサーは「中性子星」とよばれる星です。いきなり、中性子星といわれて驚いた方もいらっしゃると思います。この中性子星は、いま天文学でもっとも注目されている天体の一つです。そこで、中性子星の成り立ちについて、簡単に解説します。
中性子星は、宇宙で最初に誕生するものではありません。ある恒星の終状態として生まれます。その過程を順番に見ていきましょう。
まず、恒星は宇宙空間におけるガス(気体状態の物質)が重力で集まることで生まれます。恒星の内部は、中心に向かうほど物質密度が高くなり、その結果、核融合を起こします。
この核融合による熱エネルギーと引力である重力のエネルギーが釣り合った天体が恒星です。私たちにとっては、太陽がもっとも身近な恒星です。
では、恒星が核融合の燃料を使い果たすとどうなるでしょうか。
核融合の燃料を使い果たした星は、引力である重力を支えることができないため、内部へ収縮を始めます。
このとき、恒星の質量がその運命を分けます。太陽の10倍から30倍までの質量をもつ恒星の場合、急激な収縮である重力崩壊を起こし、内部が圧縮された際に大量の熱エネルギーが放出されて、恒星自体が吹き飛ぶとされています。この現象を超新星爆発とよびます。
このとき、恒星の物質のすべてが外側に吹き飛ぶのではなく、中心部分に固いコアが形成されると考えられています。このコアとして残される部分が、中性子星です。
1987年に発見された超新星爆発の中心部分に中性子星が存在する証拠が、2024年に見つかりました。
一方、太陽質量の30倍以上の恒星は、中心部分で爆発が起こる前にブラックホールとなってしまいます。
ですから、このブラックホール形成の場合では、外側に物質が吹き飛ばされることはありません。
一方、質量が太陽の10~30倍くらいまでの恒星の場合は、その中心部が圧縮されて中性子星が形成されると考えられています。
原子は、中心に正の電荷をもつ原子核があり、その周りを負の電荷をもつ電子が回っています。ところが、重力によって強力に圧縮された結果、その中心部の密度が原子核の密度くらいになると、もはや電子が原子核の周りを自由に移動できなくなります。そして、電子と陽子が反応して、中性子に変換されます。そのため、中性子星には、通常の原子は存在しません。
また、このときの反応で中性子以外に作り出されるのが、ニュートリノです。
超新星爆発からのニュートリノを検出したのが、カミオカンデとよばれる検出器です。この初検出の成果で、2002年、小柴昌俊博士(東京大学)がノーベル物理学賞を受賞しました。
さらに、小柴博士の愛弟子の梶田隆章博士は「ニュートリノには質量がない」という定説を覆す発見をしました。2015年、梶田博士もノーベル物理学賞を受賞しました。ちなみに梶田博士は、現在、我が国の重力波望遠鏡KAGRAの代表も務めています。
ところで、恒星の寿命が尽きたすべての恒星が中性子星になるわけではないと説明しました。太陽の10倍くらいまでの質量の恒星では、どうなるのでしょうか。
この場合、中心が中性子になるほどの高密度までは圧縮されません。核融合による熱エネルギーがなくても、電子どうしの反発力で自身の重力を支えることができるからです。こうした天体を白色矮星(はくしょくわいせい)とよびます。同様に、中性子どうしの反発力で支えられる重力にも上限があるため、もとの恒星の質量が太陽の30倍までの場合に、最終的に中性子星になると考えられています。
もちろん、もとの恒星の進化段階で表面からの質量放出が続くため、最終的な超新星爆発によって大部分の質量が吹き飛ばされた結果、中性子星の質量は、はじめの恒星の質量の10分の1くらいになり、その半径はおよそ10キロメートルになります。
くり返しになりますが、太陽質量の30倍以上の恒星は最終的には強力な内部重力により、ブラックホールが形成されると考えられています。
中性子星は通常、磁場をもっています。これは、中性子星になる前の恒星(親星:おやぼし)が磁場をもっていたため、超新星爆発で中心部分が爆縮される際、その磁場が中性子星に残存したからだと考えられています。
ただし、中性子星の大きさは、もとの恒星に比べて5桁以上も小さくなります。そのため、磁力線の本数が保存されれば、単位面積を貫く磁力線の本数(数密度)は、おおよそ星の半径の2乗に反比例しますから、中性子星表面での磁力線の数密度は親星のものより10桁以上増幅される勘定となります。
こうして、中性子星の表面磁場はとても大きくなる特徴があります。
磁力の単位には「テスラ」があります。近年発見された中性子星のなかに、10の8乗から10の11乗テスラにもおよぶ非常に強力な磁場をもつものがあります。リニアモーターカーを浮上させる磁力でさえ1テスラになりません。この磁力がいかに強力かわかると思います。
このように強力な磁力を放つ中性子星は、「マグネター」とよばれています。
この非常に強い磁場の原因は、親星の磁力線の圧縮だけでは説明できないため、現在も研究が続いています。
中性子星での実際の磁場の形状は非常に複雑ですが、ここでは簡単のため棒磁石で中性子星の磁場を表現してみましょう。
一般に、中性子星の自転軸と磁場の向き(地球でいえば、方位磁針でN極が指す方向)とは異なります。この状況は、棒磁石の場合、棒磁石を回転させたときの自転軸が、棒磁石の軸と一致しない状況に対応します。
図を見てください。右図は自転軸と磁場の向きが平行な場合です。棒磁石の自転軸が棒磁石の軸と完全に一致する場合、棒磁石が自転しても、周りの電磁場は全く変化しません。つまり、電磁波は発生しません。
左図のように、棒磁石の自転軸が磁場の向きからずれている場合は、周りの電磁場は時間変動します。これは、電磁波の発生を意味します。
この現象が、中性子星から送られてくる電波パルスの正体だと考えられています。
1967年にベルたちが捉えた未知の信号は、このパルサーからの電波信号だったのです。
この棒磁石の自転モデルで発生する電磁波は比較的広い方向に放射されます。しかし、パルサーからの電波パルスは、もっと特定の方向に絞り込まれたものだということが知られています。この理由はなぜでしょうか。
実は、電波の方向を絞り込む物理機構は、まだはっきりと理解されていません。このように、中性子星はまだまだ謎だらけの天体で、中性子星の磁場の根本部分、つまり、磁場と中性子星の表面との相互作用の理解が待たれます。
変動周期「23時間56分」で宇宙から届く謎の電波の正体はなんだったのか?偶然が生み出した天文学「電波天文学」