短い診察時間の中で、患者はできるだけ多くのことを医者に尋ねたいと思うものだが、最低限、何を質問すればいいのか。『患者の前で医者が考えていること』(三笠書房)の著者で小児外科医の松永正訓氏はこうアドバイスする。
予後という言葉があります。医者にとってはごく普通に使われる(ある意味で自明な)言葉ですが、本を書くと必ず編集者から「予後」の意味を説明してくださいと注文が付きます。一般の人には馴染みの薄い言葉なのでしょう。
予後とは、この先、病気がどういう経過を辿り、命を含む見通しがどうなるかを表す言葉です。予後がいいといえば、治る可能性が高いという意味です。たとえば、前立腺がんは、転移さえなければ生存確率が80%以上で、予後のいい病気です。一方、スキルス胃がんは根治が容易ではなく、大変予後が悪い病気と言えます。
患者さんが一番知りたい情報は予後ではないでしょうか。それは重い病気に罹り大病院を受診したときも、風邪をひいてクリニックを受診したときも同じでしょう。
がんは、今や日本人の2人に1人は罹る病気になりました。高齢化が影響していることは間違いありません。長く生きることで細胞の中の遺伝子DNAに傷が入り、正常細胞ががん化してしまうのです。
では、「がんです」と言われたら、患者は医者に何を質問すればいいでしょうか。そうです、予後です。「治りますか? 治りませんか? 何%くらいの確率で治りますか?」と聞いてみてください。
すると、この質問がきっかけとなって医者はいろいろな説明をしてくれるはずです。
予後を知るためには、まず病期(ステージ)を確定させなければなりません。
病期を確定させることには二つの意味があります。
一つは、その病気(がん)が、患者の体の中にどこまで広がっているかを、あまねく知るという意味です。つまり、病気の全体像を知るということです。全体像が分からなければ治療になりませんよね。
それからもう一つは、病期が分かれば予後が分かるということです。当然のことながら、ステージが早い段階であれば予後はいいわけだし、ステージが進めば予後は不良となります。
ただ、ステージだけで最終的な予後が決定されるわけではありません。病理検査でがん細胞の悪性度も非常に重要な予後因子になります。また最近では、がん遺伝子検査の結果が抗がん剤などの薬の効き方に密接に影響していることも知られています。
こうしたものをすべて組み合わせて、病気の予後が分かります。予後とは、ステージだけでは分からない「リスク分類」と言ってもいいでしょう。
ですから「診断はがんです」と最初に医者に言われた段階では、リスク分類上どこにいるのかはまだ明らかではありませんので、医者は具体的な予後の説明をすぐにはしません。
しかし「予後はどうですか」と質問することで、次にどういう検査が必要で、最終的にリスクがどの程度で、いつごろになれば平均的な予後も分かってきます、と医者から説明があるはずです。
そういう意味で、最初の段階で医者に予後を聞くのは「無茶振り」に近いのですが、私は聞くべきだと思います。その先の検査の流れが分かりますから。
予後を尋ねるというのは、がんのような重い病気のときだけに限ったことではありません。たとえば、風邪。風邪をひいてかかりつけの医者のところに行ったときも、この先の見通しに関して医者に質問してください。
風邪というのは、風邪ウイルスがのどや鼻に感染して炎症を作っている状態です。はっきり言って特効薬はありません。自然に治っていく病気です。
しかし100%自然治癒するかというとそうではありません。一部の子どもや高齢者では、風邪から肺炎に変化していきます。それは、人間の持っている免疫の力によります。免疫が下がれば、風邪ウイルスは勢力を増すのです。
ではどういう人が肺炎になるのか? これを知る方法はありません。未来を診療する方法はないのです。
たとえば、患者家族が「この風邪はこの先、どうなりますか?」と聞いたとしましょう。医者によっては「先のことは誰にも分からない」と言うかもしれません。
でも、いい医者であれば、肺炎にならないために、何に気をつければいいかを教えてくれます。答えは、「無理せず」「よく休み」「体を労り」「ゆっくりする」ことです。
開業医の医者に向かって「この風邪はいつ治りますか?」と尋ねるのは、これも「無茶振り」なんです。でもそこから対話が始まるはずです。重い病気でも日常の病気でも、患者さんの一番知りたい予後をまずは必ず聞くというのは、医師とのコミュニケーションの糸口として大変重要であると私は考えます。
予後と並んで大事なことをもう一つあげておきます。それは診断です。「え、そんな基本的なこと?」と思われましたか? 実は、医療の現場では診断を詰めきれないことはけっこうあるのです。
内科は、体の外から体の中に起きていることを推測しているだけですから、真実が分からないことがあります。
外科はどうでしょうか。外科の世界には「開けてみれば分かる」という言葉があります。そのため、外科では内科以上に診断があいまいなことがあるのです。緊急に開腹が必要だと判断できても、その原因を詰めきれないケースは確かに存在します。
私は医者としてまだ若い頃、尊敬する先輩から「医療で一番重要なのは診断だ」と教えてもらいました。ですから、「開けてみれば分かる」という発想は持っていません。
私が日々クリニックで診療を行なっている中で、確かに診断に苦慮することはあります。そういうとき、患者家族は不安になって「原因は何でしょうか?」と尋ねてきます。これは、診断をはっきりしてほしいということでしょう。はっきりと答えられないこともあるし、大学病院などに紹介状を書いて精密検査を受けてもらうこともときどきあります。
でも、患者家族から「診断は何ですか」とプレッシャーをかけられれば、こっちも診療後に医学書を読んだり、仲間の医者に相談したりと、勉強ができます。したがって、患者さんはそうした質問を積極的に医者にするべきです。
絶対にすべき医師への質問とは「予後」と「診断」です。後者に関して答えはないかもしれませんが、医者もがんばって詰められるところまで詰めようと考えてくれます。
また予後に関しては、生存率の全国平均の数値と、その施設での数値の両方があるはずです。そうした数値の比較もこれからの治療の参考にしてください。
病気の軽重を問わず、「予後」を尋ねて未来の自分を診療してもらおう
あいまいな診断をされたら、「診断」を尋ねて医者の頭を働かせよう
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