我慢の限界がくる前に、関係がそこまでこじれていなくとも、人生リスクを鑑みて離婚を決意する人が増えているという。将来のリスクを予測し対策を図る“リスクヘッジ離婚”について、離婚問題に詳しい弁護士の後藤千絵氏に話を聞いた。
【画像】経済的自立、子どもがいない…「リスクヘッジ離婚」を選ぶ女性の特徴
離婚というと、我慢の限界に達して決断するものというイメージがある。しかし実際には、モラルハラスメント(モラハラ)気質の配偶者に対する不信感や、義実家との関係が悪く将来的に不安があるといった理由で、将来のリスクを考えて離婚を選ぶ人もいるという。
そんな「リスクヘッジ離婚」について、後藤氏は次のように説明する。
「男性は現状維持を好み、意識が会社や社会に向いているため家庭には癒しと安らぎを求めがちです。一方、女性は現状を冷静に見極めて、離婚が得策かどうかを判断する傾向があります。そのため“リスクヘッジ離婚”を決意するのは圧倒的に女性が多いんです。特に、子供がいない、経済的に自立している、実家に経済力がある、離婚に対する恐怖感がない、すぐに次のパートナーが見つかる…といった特徴を持つ女性が離婚を決意するケースが多いです」(後藤氏、以下同)
リスクヘッジ離婚は、コロナ禍に入ってから顕著になった現象なのだとか。「コロナ禍による外出規制などで家庭内不和が増え、『コロナ離婚』が増加しました。離婚に至らなくとも、コロナ禍を経て配偶者への不信感や価値観の違いに気づき、結婚生活を続けていけるか不安を感じて相談に来る人が最近増えているんです。不安定な社会状況の中で、配偶者の収入までも不安定になり経済的な心配を抱えて実家に戻る人もいます。また、不倫が増えているため、将来配偶者が不倫するかもしれないと不安に感じる人も多く、さまざまな要素を鑑みてリスクを避けるために離婚を選ぶ人が増えている印象を受けます」
コロナ禍を経て、これまで我慢してきたことに対する見直しが進み、冷静に夫婦生活を見直す人が増えてきているということか。さらに言えば、モラハラに対する理解が深まった5、6年前から離婚の考え方は変化してきたというのだ。「モラハラの周知が広まったことにより、夫婦問題についてどう対処すればいいかわからず我慢していた人たちが配偶者の問題に気づき、離婚を決断しやすくなったのも一因といえます。限界まで我慢して熟年離婚に踏み切るケースを除き、20代から40代の人たちは今後続くであろう結婚生活のリスク不安を感じており、意識せずリスクヘッジを行なっているのでしょう。そのため、『リスクヘッジ離婚』と呼ばれる、我慢の限界に達する前に離婚を選ぶケースが多くなってきたのかもしれません」
「リスクヘッジ離婚は積極的におすすめしたい」と後藤氏はいう。「結婚生活に不満や我慢がたまっているなら、従来の結婚制度に固執して離婚をためらうのはもったいないです。近年ではマッチングアプリで新しいパートナーに出会う方も増えていますし、事前にしっかり準備して離婚調停に臨めば、ほとんどの場合、3年以内に離婚が成立します。特に若い世代では、財産分与で揉めることも少ないですし、たとえ揉めたとしても、長い人生で貴重な時間を無駄にせずに済むのは大きなメリットです」
また最近、増えている、婚姻期間が20年以上の夫婦や50代の熟年離婚でもリスクヘッジ離婚はおすすめなんだとか。「離婚時の財産分与や年金分割で揉めたり、一人で生活できないため離婚に応じなかったりするケースもあります。我慢の限界に達しているのに、生活の不安から離婚できないという方も実は多いんです。
さらに熟年離婚の場合、年齢的にも離婚後に次の仕事を見つけるというのは困難で、経済的に厳しい状況に陥りがちです。我慢の限界に達する前に離婚が選択できる環境があるならば、“リスクヘッジ離婚”を検討してみてもいいですね」
夫婦間で埋めきれない溝が発生する前に、リスクヘッジ離婚できるのであれば、円満な形で縁を切ることもできるだろう。ただし、子どもがいる場合、リスクヘッジ離婚は子どもに大きな精神的ダメージを与える可能性がある。また離婚すれば、片方の親が経済的に厳しくなるケースも多く、離婚を後悔する可能性もゼロではない。そして、不倫やDVといった明確な離婚理由がない場合、離婚を切り出された相手が離婚に応じないこともあるだろう。原因が性格の不一致だけでは、離婚成立が難しいのが現状だ。
「明確な離婚理由がないと相手は納得できないことがほとんどですので、すぐに離婚が成立するわけではありません。離婚調停が長引くと、少なくとも1年程度は時間がかかり、離婚調停から離婚訴訟に移ることもあります。リスクヘッジ離婚の場合、明確で具体的な離婚原因がないため、離婚訴訟に負ける可能性はあり得ることです。訴訟に負けてしまうと3~5年程度、次の訴訟期間を待たないといけないため、最悪のケースではかなりの時間がかかることも考えられます」
では離婚原因が明確でない場合はどうすればいいのか?「別居期間が3年程度になると離婚原因として認められ、一般的に離婚が可能とされています。この場合では、相手の生活費を3年分支払うことで和解することが多く、お互いの収入にもよりますが、大体300万~400万円程度工面する必要があるため、金銭面的にも大きな負担となるでしょう」
ただリスクヘッジ離婚を切り出したい側からすれば、3年なんて待ってられないだろう。なので、離婚調停が長引くことを想定して金銭を準備し『3年分の生活費、400万円を工面するので別れてください』と先に提案して、すんなりと離婚したいものだが……。
「最初、相手は離婚相場がわからず『400万円程度なんて少なすぎる』と主張して、提案には応じないと思います。ですが、いざ訴訟になって裁判所から勧告を受けると、相場はこんなものかと納得するかもしれません。こういうケースで、リスクヘッジ離婚の交渉をする際には、なにをどう切り出すか、タイミングが重要になってくるので弁護士と相談することをおすすめします」取材・文/逢ヶ瀬十吾(A4studio) 写真/shutterstock