突如、6月20日告示の東京都知事選への立候補の意向を表明した、広島県安芸高田市長の石丸伸二氏(41)。ネットを中心に改革派の旗手として褒めそやす向きがいる一方で、地元では大迷惑を被ったと怒りに震える声も多い。いったいこの男は何者なのか――。【前後編の前編】
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今のところ都知事選では、自民党がすでに独自候補の擁立を見送ったとされており、他の政党もこれといったタマを用意できていない。となると、現職の小池百合子知事(71)が、まだ正式に出馬表明を行っていないとはいえ、このまま順当に3選を果たす可能性が高いとみられている。
カイロ大学卒の学歴詐称疑惑が再燃するなどして小池知事への不信感が高まってはいるが、いまだ彼女に伍する力を持った者は現れない。彼女を支持しない有権者はもはや諦観の境地に至りつつあるといえよう。
そんな中で突如として5月16日、安芸高田市長の石丸氏が自身のSNSで立候補の意向を表明し、話題をかっさらっていった。
「一般にはあまりなじみはないかもしれませんが、この日、石丸氏の意向を報じたヤフーニュースの記事には、瞬く間に6000件を超すコメントが書き込まれ、ネットにおける彼の注目度の高さがうかがえました」(政治部記者)
石丸氏は京都大学経済学部を卒業した後、現在の三菱UFJ銀行に就職し、アナリストとしてニューヨークなどのアメリカ大陸の都市を飛び回った。エリート街道をひた走るキャリアを捨て、自身の出身地である安芸高田市の市長となったのは4年前のこと。
「以降、市議会や市長の会見の映像が公式YouTubeチャンネルに投稿され、話題を集めていきました。政治再建、都市開発、産業創出の3本柱を掲げる若き石丸市長が、市議らを旧態依然とした“敵”だと見なし、過激な言い回しで批判する姿が痛快だと、ネットで喝采を浴びるようになったのです」(同)
今や市議会の映像が投稿される公式チャンネルの登録者数は約4万5000人。また、市長の会見や市のPRに関する映像などが投稿される公式チャンネルは約26万7000人もの登録者数を誇り、自治体としては日本一だという。
安芸高田市の市政関係者に評判を尋ねると、
「石丸氏の本質は政治家ではなく、単なるYouTuberみたいなもの。目立ちさえすれば、それでいいのでしょう。就任早々からケンカを吹っ掛け、ほとんどの市議との間に埋められない溝ができてしまったため、市議会が合意形成の場として機能しなくなりました。人口約2万6000人の小さな安芸高田市を大混乱に陥れた人間に、首都東京のトップを務められるはずがありません」
彼は市長に就任した直後の2020年9月、当時市議だった故・武岡隆文氏が本会議で居眠りしていたことをすぐさまTwitter(現X)に投稿。その後、居眠りを指摘したことで市議会全員協議会に呼ばれ、「敵に回すなら政策に反対するぞ」と恫喝された、などと投稿を繰り返した。
一方の恫喝疑惑をかけられた市議は、石丸氏と安芸高田市に対して名誉毀損での損害賠償請求訴訟を提起し、昨年12月の第一審判決は「恫喝発言があったとは認められない」として市に賠償を命じた。市議と市の双方が控訴し、今は第二審の判決を待つ最中だ。
「議会と対立し続けた石丸氏は副市長人事や市議定数削減、道の駅への『無印良品』出店などの主要な政策を実現できませんでした。現在、給食費無償化実現を自画自賛していますが、これは国全体の目標となりつつあるので、彼のおかげとばかりは言い切れない。他の功績は公式YouTubeチャンネルの再生回数を増やし、その分の収入が得られるようになったことくらいでしょうか」(同)
安芸高田市に起こった大混乱は他にもある。石丸氏の“信者”とも呼べるような熱狂的なファンが、市議らを執拗(しつよう)に攻撃してきたのだ。さる市議は憤りながらこう語る。
「生前の武岡さんは20年9月に居眠りを指摘された後、石丸氏から何度もその説明責任を問われ、22年6月に記者会見を開きました。すると、頼んでもない商品が着払いで頻繁に届くようになったり、留守電に“殺すぞ”といったメッセージが残されたりするようになったそうです。以降の武岡さんは酒を飲んでも吐いてしまい、顔色も悪くなっていきました」
これをきっかけに安芸高田市では、ある対策が。
「HPから大半の市議の住所と電話番号を削除しました。武岡さんだけではなく、私も含めた大勢の市議がネットでの誹謗中傷にとどまらず、同様の嫌がらせを受けてきたのです」(同)
さる広島県のタクシードライバーは、石丸氏の実家を訪れたいと、遠路はるばるやって来たファンを、3人も乗せたことがあるのだとか。
なぜ、彼が一部の人間たちから熱烈にあがめられているのかといえば、非公式の“切り抜き動画”の影響が大きいそうだ。前出の政治部記者によれば、
「それは安芸高田市の公式YouTubeチャンネルの映像から、石丸氏が過激な言葉を放ったところを切り抜き、つなぎ合わせ、センセーショナルなタイトルやテロップを付け、勝手にバラエティー番組のように編集した動画のことです」
YouTubeやTikTokなどのSNSでは、彼に関するこのような非公式の“切り抜き動画”を投稿する専門のチャンネルがいくつも存在し、
「1本あたり数十万もの再生回数を得られることだって珍しくはありません。石丸氏が非公式の動画を容認しているのは、このおかげで自身の知名度が高まったことを理解しているからでしょう。むしろ、動画で切り抜かれることを想定して、過激な言葉を放っているのではないか、とさえ思ってしまいます」(同)
例えば、ある市議が若干たどたどしい質問を行った際、石丸氏は「日本語として意味が分からんところが多いです」「同じ文の中で節が違えど、同じ表現が出てくる。中学生の小論文なら減点です」などと厳しくあげつらう。むろん、“切り抜き動画”の多くは政策に関する議論についても取り上げているが、やはり、タイトルやテロップを用いて強調するのは過激な言葉を放つところばかりだ。
このように“切り抜き動画”が視聴され過ぎた結果、石丸氏はいつの間にやら“広島の論破王”というあだ名まで冠せられるに至った。
彼は都知事選への立候補を表明した動機を“一極集中から多極分散へ。これしか東京と地方が発展する道はない”と自身のSNSに記していたが、もはやエキセントリックな印象ばかりが先んじてしまう。
政治アナリストの伊藤惇夫氏の見解はこうだ。
「石丸氏はこのままではイロモノの枠を出られません。そもそも、政治の世界で論破はダメ。相手を負かせば敵となり、将来にわたって交渉ができなくなってしまう。実際、彼は議会と対立したことで、極めて生産性が低い市長に終始したわけです。大事なのは説得して仲間に引き入れたり、それが難しくても調整を行ったりすること」
後編では、石丸氏が語った市議らが誹謗中傷や嫌がらせを受けていることについての意見や、「無理をしていて自分自身が辛いんじゃないかな、と心配」と語る京大時代の友人のコメントなどを紹介している。
「週刊新潮」2024年5月30日号 掲載